059 戦争開始の炎槍
辺りを渦巻く、カオスながらも何処か悪ふざけが過ぎた雰囲気は一変し、全員の表情が引き締まる。
「全体! 整列!」
スヴェトラーナを含む騎士達はその俊敏さは誇るに値するレベルでの速さで綺麗に整列し、ヘイジルの後からやって来たアルベルトは悠々と歩いて整列する騎士たちの前へと立つ。
「諸君、いよいよ決戦だ。神より授かりしギフトの恩恵の力を、侵略者共へ知らしめてやるのだ」
「「「「「「ハッ!」」」」」」
鳩尾に一発入れられて悶絶していた若干間抜けさを残すアルベルトのイメージとは大きくかけ離れたその言葉に、騎士全員が声を張り上げると共に敬礼で返す。
俺を含む勇者と、二人の姫は蚊帳の外でありながらもしっかりとした姿勢で直立し、その風景を見守る。
「アーシラト王国騎士団第4部隊、出陣!」
「全軍! 前進!」
アルベルトは言葉と共に魔方陣を展開し、騎士団は先頭にいる男の掛け声と共に展開した魔方陣の中へ入ると同時に消えていく。
それはエレアノールエミリーが対象に触れていなければ発動しない転移魔法に相違無く、兄妹との差を見せつける様な規模で展開された魔方陣を何でも無いように保ったアルベルトは騎士全員がその中へ消える前魔方陣を展開したままだった。
第四部隊ということは恐らく、他の部隊は別の所で待機しているのだろう。
一番槍とは第一部隊が相場かと思っていたが、報告と共に一番最初に戦場へ出たのは第四部隊。
まあその辺の齟齬は世界が違うのだから起こり得るだろう。
「勇者達よ、貴方方戦況をは全体を把握することが出来る崖上へ転移させます。よろしいですね?」
「構わないが……エゼリアはどうした?」
俺はエゼリアに背中を任せると約束したのだ。
なれば戦場へ行くのも一緒でなければならない。
「エゼリア様ですか? 彼女は現在信徒達の精神安定の要となっている為戦争投入は難しい状況になっています」
アルベルトが仕事とプライベートをしっかりと分けていることは、その言動の固さから理解出来る。
切り替えの上手な奴は要領も良い。蛙の子は蛙というが、どうにも現国王より王の資質に見舞われた有能者であることは明らかだ。
蛙の子が何になるのか、見物だな。
「そうか。……エミリー、悪いがエゼリアに俺は戦場へ行くと伝えてくれ」
「何故?」
「一緒に戦う約束をしてたんだが……無理そうだ」
「分かった。信徒を殲滅し、是が非でも連れて来れば良いんでしょ?」
「それは違うよ!?」
物騒なことを言うエレアノールエミリーに、俺は驚きの余り柄にもない声を出してしまうも、エレアノールエミリーは現状ふざける場面ではないと考えるアルベルトの怒りを買った。
「エレアノールエミリー、ふざけるのはここまでです」
「約束は守られるもの。ライアーは神罰の対象。信仰の対象にはなり得ない」
「信徒を殲滅、という物騒な台詞が出た気がしますが?」
「何かに依存しなきゃ生きていけないような人間を守るのに他の人間を守る戦力を削ぐのは非効率。そんなものを優先するなら存在そのものを消すべき」
「な……仮にも王族が神を信ずる者達を不必要なモノと言いますか」
「所詮血の繋がり。王政国家自体がもう古いのは勇者達の世界を知れば明らか」
二人の言い争いは論点をずらし、王政国家の必要性についてへ変わる。
どうやら優人達の内の誰かがエレアノールエミリーへ自分達の世界の事を語ったらしく、エレアノールエミリーは話の材料としてそれを口にする。
しかし民主制なんてのは急に受け入れられるものでは決してない。
ましてや王の資質を持った人間たるアンドレアが、王になる為の知識を積み重ねてきているとすれば尚更だ。
言い合いに熱が入りそうになるのを感じた俺は、それを止める。
「今やるべきことは、この国が今後どう変わるべきか話し合う事、か?」
エレアノールエミリーにエゼリアとの約束のことを話してしまったのはミスの部類に入るのだろうか。
自分が悪だと認識した者を断絶する為なら自身の母を消すことも厭わぬ、歪みながらも揺るぎ無い正義を持っているらしいエレアノールエミリーが、約束を違えることを良しとする訳も無いことは、少し考えれば分かる事だ。
……しかし、こうも近くに分かりやすく正義マンやってる優人という人間が居るとどうしてもエレアノールエミリーの他人に理解して貰おうとはしていない正義心のことが頭の中からすっぽり抜け落ちてしまうのだ。
印象の根付き方に大きな差があるだけに、優人の正義マンぶりに押し潰される感じだろうか。
「……取り乱しました」
「…………」
王の様に振舞っている故か、反省はしても謝罪はしない。
そんなアンドレアを不機嫌そうに睨みつけるエレアノールエミリーだが、アンドレアは取り合う様子すら無い。
恐らくだが、今はそんなことをしている場合でないと自分に言い聞かせ、それに伴ってエレアノールエミリーの言動に付き合うべきではないと判断したのだろう。
エレアノールエミリーの無機質な喋り方は、その無表情な顔と合わさり相手の感情を揺さぶる。
それ故感情的になり得ることが多くなるのだ。
「兎に角、エミリーはしっかりと伝えてくれ。アンドレアは転移魔法陣の展開を」
「……分かった」
「準備は出来ています。何時でもどうぞ」
エレアノールエミリーは一瞬の内にその場から消え、そんな妹を見てやれやれと言った風な顔をしながらにアンドレアは魔方陣を展開、俺は優人達と顔を見合わせる。
「いよいよだ。準備は良いか?」
「あ、セーブしてからで良い?」
「早くしろ。戦況が気になる」
「……ギャグが、スルーされた、だと?」
結城が何か言っているが、正直今は構っている暇は無いし構う気も無い。
魔王軍の進撃速度がどれ程のものかは分からないが、少なくとも人間同士の進撃よりは早いことは容易に想像できる。
一分一秒が何百人という人を殺すかもしれないのだ。
「わ、私……頑張ります!」
「あぁ、期待している」
「で、ですので、戦争が終わったらオールドファッションをよろしくお願いしますね!」
「……任せろ」
弔は揺るがないな……そんなに好きかオールドファッション。
他のドーナツだって作れるんだぞ? 俺。
というか別にドーナツ専門って訳じゃないんだからもっといろいろな物を注文して欲しいと思ってしまう訳だよ久遠シェフは。
「……久遠爺様」
「弔」
「この戦いが終わったら……話があります」
「……分かった」
死亡フラグだけは、立てるなよ……? これから行く先から考えるにフラグ回収する可能性が高い。
フラグなんてのはただのジンクスともいえるが、俺はもう戦争で友を失うのはご免だからな。
「準備なんて最初から出来てる。行こう!」
「うむ、魔王を無きモノにするのだ」
「……後、人工呼吸ってノーカンだと思う?」
「女々しい。シャンとしろ。男だろ」
というか意識失っている間にやられたこっちの身にもなれ。
話しに持ち出さないことが、聞かないことが、せめてもの優しさだと何故分からない。
……あぁ、鈍感だからか。
俺達は魔方陣へと向かい、歩き出す。
アンジェリーヌキャロンは、言うまでも無く戦力にならない為に見送りだ。
エゼリアの話曰く、エレアノールエミリーは王宮剣術をあの若さでマスターし、剣術だけならアンドレアをも凌駕するらしいから戦えるのだろうが……人は見かけによらぬというかあの細い腕で振るわれる剣を想像出来ないのは俺だけじゃない筈だ。
王族故に家事は全く出来ぬから……恋愛婚を求めるなら家事を万能にこなせて尚且つ懐の広い奴を探さねばならぬだろうな……。
俺が心配する事では無い以前に100年以上生きて来て結婚の経験すら無い俺に言われたくだろうし。
魔方陣へ足を踏み入れた次の瞬間、景色は荒野へと変わる。
そこは、サトゥルヌスと戦った場所であり、もしも研究所が残っていたならば色々と面倒なことになっていただろう。
「何だ……アレは……!」
等と、そんなことを考えていられたのはものの数秒だけで、空は快晴、崖上の為太陽を遮る物は何もない筈のこの場所が暗くなっている事に気付き、上を見上げるとそこには巨大な鳥が飛んでいた。
「グギャァァァァァァァァァ!」
怪鳥、と呼ぶのが相応しいであろうそいつは、騒々しく鳴きながら俺の存在を無視し、街の方へ飛んでいく。
しかし。
「行かせると思うか」
殆ど反射的だった故に、最前の手も後先も微塵も考えてはいなかった。
まだ魔方陣を通って来たのは俺だけで、今続いて弔が来たが、どちらにせよ俺がやらねば町への被害は必須。
あの怪鳥の居る高度へ届く魔法を易々と放てる人間は少なかろうに、その一人であろうエゼリアは現在戦闘に参加していないと来た。
であれば、その選択が過ちでないことを祈るばかりだ。
「『リミット・リワインド』」
全身が朱く光り、力が戻るのを感じる。
Lv10になった今も元の強さとは天と地の差であることはそうなった段階で分かっていた。
故に、見える世界までもが変わるのは必然であろうか。
「『発火能力』」
頭を切り替える為、声に出して言う。
あの鳥、飛行速度が速く、その速度は飛行機をも超えるだろう。
つまりは、後ものの数秒で町へ到着してしまうという事だ。
一撃で決めることを前提に、あの速度へ追いつく事も必須と来る。『バリスタ』では心もとない。
「……『ブリューナク』」
そう口にした瞬間、向きはむしろ逆であるが、隕石や流れ星のような閃光が斜め上に射出され、ロクに狙う事もせずに放ったにもかかわらず、一直線に突き抜けるそれは怪鳥を貫くも止まることを知らず、空をも切り裂く。
怪鳥は自分が何をされたのか気付かない。
そして自分の体がどうなっているのか気付かぬままに、貫かれた内側から一瞬にして回った火は塵も残すことなくその存在を消した。
その巨体がまるで小さな紙切れに火を付けたかのような速度で燃え散り、無かったことになったのだ。
いや、したのだ。
「く、久遠爺様? 一体……」
「な、何だアレは!」
そんな俺を丁度最初からその目に収めた弔は呆然と俺に質問しようとするが、その言葉は優人の声で遮られる。
何事かと振り向き、その先を見ると優人の驚きの声が十分すぎる程に理解出来た。
「城が……飛んでる」
「……徐々に近付いてきているな」
それは、とても大きな城だった。
一見黒々して見えるそれの本質的な色は白であり、美しいといってもなんら遜色ないその城は、空を飛ぶ超巨大な岩の大地に聳え立ち、地面が移動しても微動だにしない。
正直言って、俺達がこれから守ろうとしている国のシンボルたる城がみみっちく見えてしまう程に完成されたその城は、あることを分かりやすく告げている。
あの城の中に、魔王が居ると。




