056 疑似告白は招く
宿屋に戻った俺は物珍しい光景に直面した。
最早帰る場所になりつつある木造建築の中には未だ木の香りが残る宿屋、突き当り左へ進んだその先にある食堂に、二人の女児の姿を捕捉した俺はその組み合わせの意外さに一瞬目を疑う。
一人はこの時間に外を出歩いている筈も無いことから居る事は決定されていた宿屋の娘エウフラージアであるが、もう片方の人物はこの場で出会う事自体が予想外。正直今日はもう出会う予定すら無かった相手である。
「あ、久遠さん。お帰りなさい」
「久遠爺様。あぁ、ここに泊まっていたんだったわね」
弔。若返る前からの友である彼女だが、交流のあった頃とは全然違う雰囲気を纏うようになった女児であり、勇者の一人。
エウフラージアと弔の組み合わせは優人と十の組み合わせ以上に意外さは二人の性格差という点もあるが、それは弔と十にも同じことが言える為に偏見であるのかもしれないが、接点なぞ見受けられないことには変わりない。
「ただいま。二人は知り合いだったのか?」
「えぇ、そうよ」
「弔さんには色々相談に乗って貰ってるんです」
「相談……」
「今、私が相談に乗る事が意外だと考えたでしょう」
いや、別にそうは言わん。
十との関係を見る限り面倒見は悪く無い方なのだろうし、男児を毛嫌いしている節はあるが女児を大切にしている節もあるしな。
だがそれは戦争を明日に控えた現在すべきことであるのか?
「俺も仲間に入れてはくれまいか?」
まあ俺も混ざるんだけどね。
よく分らないが、二人が俺に気付く前から二人の会話の中にはずんだ様子はあっても笑った様子は無かった。
そういった点からそれなりに重要な相談事であるのは明らかだし、エウフラージアの望みはそれなりに叶えてやりたいしな。
孫一号(仮)だしな。
「えぇ!? 久遠さんを、ですか?」
「……その口振りだと俺だけは絶対に駄目みたいだな」
「い、いえ、別にそう言う訳じゃ……」
「久遠爺様、女の子っていうのは男に相談するのを躊躇うものなのよ」
まあ内容によっては逆の場合もそうであるが……。
エウフラージアは盛大に目を泳がせ視点が定まっておらず、膝は笑っているし全体的に落ち着きが無い。
そんなエウフラージアを見ればその議題が正にそういうジャンルのものであることは明らかであり、弔は手に顎を乗せてエウフラージアを見たまま此方に視線を向けようとすらしない。
ただこの状況下で面白くないのは俺である。
仲間外れにされるだけでなく弔からは視線すら合わせられないとは、もしかして俺への嫌がらせの為にわざとその内容を打ち明けないのか? という考えまで出てくる。
まあ二人の性格からそこまで性格の悪いことをしないとは思うのだが……。
弔に関しては性格の悪いことをやるにしてもそのジャンルに違いがある。
「では、ヒントをくれまいか」
「ヒント?」
「クイズだと思えば良い。無論、答えは言わずとも良い」
ただヒントを言うのは弔では無くエウフラージアに限る、と俺は付け足して言う。
案の定エウフラージアは慌てて自分達が話し合っていたことについてのヒントを考え始める。
弔からの異議申し立てがあるかとも思ったが、実際はそんな事も無くエウフラージアが考えているところを眺めているだけだ。
……未だ俺と視線を合わせようとしないのだがな。
「えっと、ヒントは……恋バナ、です!」
「あぁ、優人か」
「ひぇ!?」
「…………」
エウフラージアから体操着を借りた時に感じた恋の匂いは恐らくエウフラージアが優人に向けたものだろうと察しがついたのは、もう結構魔の事になる。
今の最早ヒントでも何でもない答を言ってしまっているエウフラージアから分かる通り、嘘や隠し事を苦手にしているであろうエウフラージアの好意を、俺が見逃す筈も無い。
なんだ、だから戦争前夜にも関わらず弔がわざわざ足を運んできている訳か。
どうやらエウフラージアは城へ行くという選択肢を持たぬ一般市民のようであるし、そもそも弔がこんな夜遅くに力なき女児たるエウフラージアに外を歩かせるような行動を取るとは思えない。
現実、相談を受ける立場であるにも関わらずこの場へ馳せ参じているのが良い証拠だ。
「な、何で分かったんですか?」
「友の恋愛成就は俺にとって最大の甘味」
「え?」
「何で分ったか、そんなのは単純に丸わかりだから、としか言いようがない」
「えぇ!?」
というか、女将にもばれていただろうが。
そういえば女将の姿が無いが……あぁ、エウフラージアが片思い中で弔に相談している場面なんて店主には見せられないから何らかの方法で店主の足止めをしているのか。
……過保護も結構だが娘の恋を素直に応援できぬのは家族失格だぞ。
まあもし俺に娘が居て婿として連れて来た男がクズだったら即沈める けどな。
大丈夫、色んな人間見て来た久遠爺ちゃん、イイ人、ワカル。
ワルイ人、殺ルダケ。OK?
まあ居もしない娘のことなんてどうでも良い。
「で、内容がバレちまった訳だが、優人と仲が良い俺の手助けは本当に要らぬのか? 本当に要らぬのか?」
「……お願いします」
「うむ! タイタニック号に乗った気持ちでいてくれ!」
「……それ、沈むわよ」
まあ大船であることを言いたい訳なのだよ。
「大和でも良いぞ」
「それも沈っ!?」
「……………え」
俺は再度そんなことを言いながらに、エウフラージアと向かい合う位置に居れるように弔の横の席へ腰掛けた訳だが、それに過剰反応を見せた奴が居た。
椅子を倒してしまう程に勢いよく立ち上がり、全力で距離を取った人物。
言わずもかな、弔である。
……いや、え? 俺弔に嫌われる様な事をしたか?
さっきエレアノールエミリーにクリティカル喰らったことでメンタルは打たれ強くなったからさっきの様にはいかぬとは言えでも、ショックには変わりない訳で。
つい数時間前まで普通に話していたというのに、なんだこの手のひら返し。
ようやく古くから付き合いがあったと知り得たというのに……。
「と、弔さん……? どうかしましたか……?」
「な、何でも無いわ……」
明らかに何でもあるだろう。
俺とエウフラージアは顔を見合わせ何時もと違う様子の弔に首を傾げる。
といっても、10年の歳月を不干渉のままで来てしまった為に何時もとはいっても数日中のものであるが、その数日中の中であっても今の弔は明赤におかしい。
「何でも無いなら座るのだ。急に立ち上がっては驚くだろう」
「え、えぇそうね」
「「……?」」
俺とエウフラージアは恐る恐る椅子を起こし先程より少し俺との距離をとって席に着いた弔を見て互いに疑問符を浮かべる。
一体全体どうしたというのだろう。
「で、今はどういう話をしていたんだ?」
「え、えっと……優人さんは戦いが終わったら帰ってしまいます」
「そうだな」
「もし帰ってしまうともう二度とこの思いを伝えることは叶わなくなってしまう。それはスッキリしません! だから私は帰って来た優人さんに告白していみようと思います!」
「男らしいな!」
考え方がまるっきり男だよ。
相談内容を隠した意味が分からん。
女児たるエウフラージアなら『この思いは心の中に仕舞って置きます』位言っても全く違和感なんてないのに、なまじ男らしい結論に至っているだけにエウフラージアの可愛らしい口から出て来た言葉は違和感ありまくりだ。
流石あの女将の娘だなと思う。
「……ん? もう結論が出ているのなら、何を相談していたんだ?」
「……なんて告白するか、です」
「あぁ……『お前が欲しい』で良いんじゃないか?」
「それは最初私も言ったんですけど……弔さんに反対されて」
適当に言って見たところ、まさかの同意見だった。
ギャップ半端無いな。
「『ほかの誰より、優人のことが好きなんだ』」
「それもです」
「『そんな君の笑顔、大好きだよ。付き合ってください』」
「それもです」
「『優人のことしか考えられない。好きなんだ』」
「それもです」
「『ずっと君のことが好きだった』は?」
「それもです」
「却下しすぎだろう!」
そこまで却下を出し続けてしまっては最早エウフラージアのエウフラージアとしての言葉は無くなってしまうのではなかろうか。
そんな思いを込めた視線を弔に送るべく横を見ると、弔が既に此方を見ていた。
だからそんな不平を込めた視線に弔は気付いただろうが、視線を逸らす様子は無い。
その真っ直ぐに向けられる視線が何を意味しているのか分からないが……。
「……分かった。じゃ、俺とエウフラージアの考える告白の言葉がどれ程の破壊力を持っているか、体験して貰おう」
「どうやってです?」
「こうやって」
俺は弔に顔を近づけその手を取り、そんな俺の突然の行動に訳が分からず困惑した様子の弔に向かい、俺は俺の言葉で感情を込めて言う。
「ずっと……ずっと君のことが────好きだった」
「…………」
「凄い恰好良いです久遠さん! 是非そんな告白の仕方を伝授して下さい!」
弔は何も喋らなくなったが、代わりにエウフラージアのテンションが上がり、身を乗り出して言う。
伝授って……そもそも俺、一度たりとも愛の告白なんてしたことがないのだが……。
ただ何処となく素っ気無い弔に、友に、今も変わらずお前の事が好きだと言いたくて、そんな感情のままに言っただけなのだが……。
「クク、こんな告白で良いのなら、エウフラージアなら出来るよ」
「えぇ!? 無理ですよ……だって凄く格好良くて、憧れちゃいましたもん」
「それはやったことが無いからではないか?」
「違います。人って自分に出来ることには憧れないものなんです」
「そういうものか」
「そういうものです」
ふむ、まあそれに関してはあぁ確かに、と思う所がある。
人は自分に出来ぬ事へ憧れる。成程な、覚えておこう。
「……で」
「弔さん、何時まで黙ったままなんですか?」
俺とエウフラージアは未だ動かない弔にそう尋ねるも、応答は無く不信に思ったエウフラージアはこちらに回ってくると弔の耳元で「弔さん弔さん」と呼びかけるも反応は無い。
俺も、見開いたままの目前で手を振ってみるが、反応は無い。
「失神してる……?」
今日は本当にどうしたのだ弔よ。
ただ、失神しても尚美しさを損なわないのは流石俺の友達といったところである。
その後、失神した弔は目覚める気配が無かった為に空いてる部屋で寝かせることになり、弔をベットに運び終えると再度食堂へ戻り、二人で告白の言葉に着いて考えるも、思考が一緒らしく意気投合した俺とエウフラージアの会話には途中から相談という概念が消え失せ、単なる雑談へ姿を変えた。
眠くなるまで語らい、解散して床に就くと俺はものの数秒で眠りの世界へと落ちていった。
もう明日では無い。
今日、魔族と人間の戦争が始まる。




