052 酒場に背後姫
たった一日の修行中、俺はひたすらに次元魔法の基礎をアンドレアから聞き学び次元魔法の中で最も単純な式で構成された魔法たる『バック:次元』なるものに挑戦するも、次元魔法だけに四次元並みに知識の齟齬がある俺が次元魔法を習得をするには時間が掛かる様でありナチュラルに失敗。
アンドレア曰く、理論を言葉としては理解出来ているがそのものとしては理解出来ていないから出来ないらしいのだが、これまで関わりを持っていなかったモノを即時理解するには流石に年を食い過ぎている。
スカート捲りの罪も無事無罪放免になったことだし、優人も一応は空を飛べるようになった。
結城に関しては何をしているのか分からんが、あいつは大抵ロクなことをせんから目を光らせていた方が良いのだろうな。
明日を本番に控えている現状、余り無理な特訓をすることも出来ないこととずっと座学であることから、俺は余り修行に身が入らなかった。
故に、逃げ出した。
一日で得られるものが無いと知るや俺はホワイトボードの前で物凄く熱心に力説するアンドレアの目を盗んで逃走。学校から逃げ出して酒場へ直行した。
校門を出る辺りでグランドの辺りから「勉強から逃げる悪い子はいねがー!」と聞こえて来たが完全にスルーした俺は既に勇者の称号を得ているのかもしれない。
エレアノールエミリーは……恐らく俺の代わりの人柱となることだろう。
さよならエレアノールエミリー、君の勇士は忘れない。
取り敢えず、座学が嫌い過ぎて笑えない。
アンドレアの話にはどうにも次元魔法に間接的にしか関係ないことまで混ざっているようだし、実用性皆無な知識は敵だと考える俺の思想からも逃げて正解だったと思う。
犠牲は出たけど。
閑話休題。
アンドレアに見つからぬよう気で体よリ噴出している魔力を覆って体の中に閉じ込める。
この世界の人間は魔力から他人を見付ける事が出来ると、アンドレアの言葉の中にあったが、こうして隠せばバレなかろう。
……にしても、気で隠せたということは、気で魔力に触れることが叶うということだ。
関係的にも水と油といった険悪なものではない。
とすれば、この二つを混ぜ合わせることも可能……と言うことになるのだろう。
偶然だがこれは良い発見をした。
上手く行けば未知の力を創り出ことが出来るやもしれん。
……とは言っても、今は時間もないのだが。
「おい」
「む?」
「ここは何処だ?」
俺が新しい可能性に胸を躍らせながらに酒場への道を急いでいた矢先に、見知らぬ男から声を掛けられる。
そいつは黒髪黒眼、一見すると日本人を思わせるが茶眼ではないし顔も日本人とは程遠い。
その身に纏う雰囲気と腰に差してある剣を見ればそいつがただ者じゃないことは分かるが、その他の恰好は布が確りとしている以外は他の者と代わらない。
そんな全身に黒が似合いそうであり現に黒づくめのそいつは、意味の分からないことを言い、俺は平然と答える。
「街道だ」
「そうじゃない。貴様は馬鹿か、見れば分かる事をこの俺が質問するとでも思っているのか?」
「うむ、見えるな。見るから世間知らずの小僧だ」
俺がそう答えると男は舌打ちし、頭を掻きむしる。
「あぁそうかよ。で、何処はアーシラト王国で合っているか?」
「………………………………こ、ここはパルプンテ合衆国だ」
「貴様、適当に言っただろ」
よく考えると、俺はこの国の名前を知らない。……聞かされていないのだ。
いや、スヴェトラーナが名乗りを揚げた時にミルフィーユ王国~的な肩書きが有った気もするのだが、何分うろ覚えだ。
だが今更知らんと言える場面ではないだろ、世間知らずの小僧呼ばわりしたし。
「何ノコトダ?」
「……ハァ、もう良い。別の人間に聞く」
「いや、もしかしたらパルプンテ合衆国の可能性だってあるかもしれないだろう」
「昔からある筈の国名筈が過ちである可能性がある時点でおかしい」
いやいや、中華人民共和国なんかはコロコロ名前を変えているぞ、その順番なんか面倒で覚えてらんない程だ。
「陛下ー! 何処ー?」
「……時間切れだな」
「陛下……国王だったのか?」
「あぁ、まあな。お隣さんってやつになる」
王と呼ぶにはその言動が荒っぽすぎるようだが、こいつが男で聞こえて来た声が女、それでいて尊敬語でないところを見ると……ふむ、青春を謳歌しているな。
女は頑張れ、国王らしいからな、玉の輿だぞ。
「じゃあな」
「待て、お前の名前は?」
「メシアだ」
メシアはそれだけ言うと声の聞こえた方へ歩いて行ってしまう。
よく分らんが、若返ってから王族に縁が多いな、メシアを探していた奴と一緒に玉の輿でも狙うか? いや、男なら逆玉の輿か。
や、でも駄目か。
消去法で相手はエレアノールエミリーしか居ないが互いに恋愛感情は全くないし。
そもそも、俺そんなことするキャラじゃないな。
予想外の所で長居してしまったが、他国の王を見ることも出来たし良しとしよう。
ミーハーじゃないから別に嬉しくも無いが、何と無くラッキーだったということで。
さて置き、当初の目的地である酒場への道のりはまだ結構あるのだ。
遅れた分は走って取り戻すとしよう。
そんな訳で、年甲斐も無く全力疾走で酒場へと辿り着いた俺は息切れなんてほとんどしなかったが、代わりにLv依存による体力が偽りのものである気がしてあまりいい気分にはならなかった。
酒場内は何時にもまして盛り上がっていたが、酒の匂いが少なく食べ物の匂いの方が強かった。
「ここは何時からレストランになったんだ?」
「お、クオー」
「今日は飲むより食うなのか?」
「え、クオーお前、明日魔王が攻めて来るって知らねーの?」
「何?」
何か酒場に行くたびに会っている気がしないでも無いトラウゴット。
その口から出て来たのは俺が王に齎した情報であり、よく考えれば知らせない方がおかしいことは分かりそうなものだが、それでも酒場で陽気に話していた奴の口からその事が出て来たのには驚きを隠せない。
「え、マジで知らなかったのか?」
「いや、お前の口からその単語が出て来たことに驚いた、だけだ」
「ンだよ俺だって友軍として参加するんだぜ? 知ってて当然だろ」
「友……軍?」
「おうよ! つーかここに居る飲んだくれ共は全員参加するぜ! この酒場は俺達で守るってな!」
何時もの何でもない内容を話す時と何等代わりない陽気な口調だった。
まるで戦場を舐めきった、生き残ることを信じて疑わない目をしている。
いや、厳密にいうのなら、船上に行く事へ恐怖を感じないこともないが心の何処かで自分は死なないと思っている、だな。
当然と言えば当然だが、トラウゴットは戦争の恐ろしさを知らない。
この世界には銃も戦車も戦闘機も無いが、代わりに多種多様な魔法と種族が存在している。
戦場の恐ろしさに何ら変わりないであろうことは、授業で一回だけ見た『アロー』という矢の雨を見れば分かる。
しかもアレは初級も初級、小さな子供ですら練習すれば簡単に出来る代物だとアンドレアは言った。
「……本気か?」
「何だよこえぇな。……マジだよ。だから酒も控えてんだ」
明日に差し支えが無い程度には飲むけどな、なんてトラウゴットは言う。
「お前は弱い。戦場へ行っても死ぬだけだぞ」
「ここは俺の生まれた町だ。故郷の危機に戦えない男なんて、男じゃねぇよ」
「……そうか」
愛国精神……そうかトラウゴット。お前には俺に無い戦う理由が確りと存在するんだな。
友軍ってことは組合としてって事だろうが、仕事の選択に義務なんてのはないだろうから自主的に戦場へ踏み出すってことか。
……帰る場所……確かにそれは大事、だよな。
「おいおいその言い分だと俺が戦う必要は無くなっちまうんだがな?」
「うわ!?」
「ベルンハルド」
ベルンハルドは何故かトラウゴットを放り投げると、此方に向き直る。
数日会ってないだけだというのに随分久し振りな気がする再会で、何と無く感慨深いものがある。
「お前も参加……するんだろうな」
「おう。金が出るからな」
「ハハ、物凄く物欲的な理由だな。……で、そろそろその後の事を聞かせて貰おうか?」
「ガハハ。……取り敢えず、クオにはありがとうと言って置く」
うむ、上手く行ったようで何より。
だがそんなことは決まりきったことだったんだぞ? お前が鈍かったかだけで決定された未来だった。
故に俺が聞きたいのは更に先の事だ。
「で、どうだ?」
「正直、楽しいの一言だな。憎まれ口を叩きあうのは今も変わらねぇのに、それが愛おしく感じちまう」
M男か、なんて茶化しは流石に無粋だろうな。
どうやらベルンハルドは女と付き合うのは初めてらしいし、楽しいなら何よりだ。
アニェッラの方はどうだろう、漸く恋が叶ったということで燃え尽きていないと良いが……なんて、あの性格から考えるにそんなことはないだろうな。
「フフ、そうか」
「なんつーかよ、見慣れた筈の顔が全然違う様に見えんだよ」
「恋は盲目というしな」
「ぶっちゃけアニェッラ以外の女がレンコンに見えちまう」
どうやらベルンハルドは恋したら一直線。
周りになんて一切目を向けず、ただ一人を愛する人間のようだな。
ベルンハルド自身がそうなんじゃ、人の事言えねぇだろうよ。
「正直言うとよ、アニェッラに降りかかるであろう危険を0%にしてぇ。一秒でも早くこの国を出て、魔王軍が来ない場所で静かに暮らしてぇ。けどよ、ンな男らしくねぇ選択しちまったらそれはもう俺じゃねぇ」
「ベルンハルドがベルンハルドじゃなくなったら、アニェッラもベルンハルドを好きでは無くなるだろうな」
嫌いにも、ならないだろうが。
「だろ? 正直付き合いは長すぎるし、互いの事は知り過ぎっつー程知ってる。だからこの戦いが終わったらプロポーズしようと思ってんだよ」
「…………え」
「クオに借りた金も返さにゃいかねぇが、この仕事で得た金で指輪を買う。ンでプロポーズだ」
「……そ、そうか。……なあベルンハルド」
「ん?」
「それは死亡フラグだ!」
お前この戦いが終わる前に死ぬ気か! 思ってても口にすんな! 幸せ一歩手前の筈のそれは口に出した瞬間それは死亡フラグへと成り代わるんだぞ!
……実際、まだ超能力を使えるようになる前の戦闘で共に戦った戦友は「日本に婚約者を残して来ちまってるからな、俺は絶対生き残るぜ」とか言っていたそいつは次の瞬間地雷の餌食となった。
それ程までに死亡フラグというのは恐ろしい言霊なのだぞ。
「死ぼっ……! マジで?」
「あぁ……」
「念の為遺書書いとくわ。俺生き残れねぇ気がしてきたし」
「…………」
なら戦場に出るなと俺は言いたかったが、言わなかった。
ベルンハルドの性格上、出るなと言ったところで一度決めたことを曲げるとは思えない。
「死んだら、女装させて埋葬するからな」
「嘘だろ!?」
ベルンハルドはつい最近した自分の女装のことを思い出しているのだろう。
その証拠にどんどん顔は青ざめて行き、何処となく吐き気を催している。
だから俺は言う。
「そうされたくなかったら、死ぬな」
「……おう」
俺は心の何処かで魔王軍というのは魔王と少数精鋭であることを期待した。
もしそうであれば、ベルンハルドやトラウゴットが戦う必要なんて無い。
俺が全て殺して見せよう。
「じゃ、取り敢えず今日は酒控えめに食おうぜ。今日酒は何時もの倍の値段だが、飯はタダなんだ」
「本当か!? 店主! 太っ腹だなっ!」
俺は早速といった風に皿の上に盛り付けられた大量の肉料理に手を伸ばす。
「ミィツケタ❤」
スルリ、と正にそんな感じに後ろから俺の首へ手を回し、後ろから抱擁をした奴が居た。
凍り付く様な声でそう耳元で呟かれた俺は全身が弥立ち、鳥肌が立った。
何時の間に後ろへ、なんてのは俺を真っ直ぐに見ていた筈のベルンハルドですら気付けぬ程なのだから、本当に一瞬の内になのだろう。
そして俺は、その声を知っていた。
そのヒンヤリとした感触を知っていた。
「え、エミリー……?」
「ゥフ」
「イヤァァァァァァ!? エミリーッ!?」
俺は柄にも無くならぬキャラにも無く叫び声を上げた。
「っ! おい女ぁ! クオを放……!」
そう言いながら出されたベルンハルドの手は空を切る。
何故ならその場にいた筈の俺とエレアノールエミリーは一瞬の内に姿を消していたからだ。




