051 女児二人の特殊
「もう一度【これからする質問に嘘偽りなく答えなさい】」
「だから……何が言いたのだ?」
先程から弔の言動に一般的常識があるとは思えない発言が混じっている気がするのだが、どうにも弔からしてみれば俺の方が異常のようで、今度は俺の顔を鷲掴みにしたと思ったら鼻がくっ付きそうな距離まで顔を近づけると俺の目を真っ直ぐに見て再度同じ言葉を、『これからする質問に嘘偽りなく答えなさい』という言葉を俺にぶつけるも俺からしてみれば何がしたいのかまるで分からない状況である。
……? と、ここまで顔を近づけられて初めて気付いた事実が俺の目に写った。
弔の左目が、先程までの日本人たる茶色の瞳から打って変わり奇妙な紋章の浮かび上がっている紅い瞳へ変化しているのだ。
「……『皇帝の眼』が、効かない……?」
「エンペラーアイ? ……何処かで聞いたことがあるような……無いような?」
昔……とは言っても10年位前の話か? その位前に、同じ単語を聞いた……いや、言ったような気がする。
ただ何故かそれは物凄くどうでも良い部類の記憶にカテゴライズされているのか、そのことをしっかりと思い出すことが出来ない。
「そんな……じゃあ本当に……」
「……弔?」
そんな俺の黙考なんてのは、弔が急に口へ手を当てて狼狽えだした時点で中断し、急変した弔の精神状態を考えるものへと変わる。
「久遠……爺様……?」
「弔? お前は……」
俺の事を、『久遠爺様』と呼んだ弔は良く無い顔色のままに驚愕を露わにしており、その様子は今迄の態度からはまるで想像できないような、悪い言い方をすれば無様な姿だった。
「おい」
「むっ!?」
どうすることも出来ずに困惑し、対応に困った俺に殴り掛かってきた奴が居た。
そいつは先程まで風邪でスカートが舞っただけのことで『もうお嫁に行けない』と嘆いていた少女と同一人物の筈なのに、気の流れからなにからまるで違う風なのに、体だけが変わらず一人の女児であった。
十。
食べることが好きで、好き過ぎて、食べることにだけ死ぬほど反応を見せる、可愛い人の子。
貧弱にして非力、虚弱にして軟弱、言い表せる言葉はそんなものばかりであった筈の彼女は今、そんな言葉とは正反対な存在になっていた。
「……誰だ、お前は」
「テメェこそ、誰なんだ? 俺の友達傷付けたんだ。覚悟は出来てんだろうな」
「俺は千壌土久遠というが、それはこちらの台詞だな。十じゃないお前が十の体でなにをしている? 覚悟は出来ているのだろうな」
よく分らないが、今目の前に居る女児が十でないことだけは気の流れから十分すぎる程に理解出来る。
故に、彼女の体を何者かが操っていると考えるのが打倒であり、それは許されないと、俺は思う。
死霊かなんかなのだろうか。
もしそうだとするのなら、十の体から早々にご退室願おう。
「ハァ? ……ハッ! 何を勘違いしてるか知らねーが、俺も十だ。一十張本人だ」
「…………お前の言葉を信じるならば、二重人格、という奴か」
別名……というか正式名称は解離性同一性障害だったか? 要は成長過程で生まれ、切り離された感情を別人格として錯覚する類の障害だった筈だ。
つまりは、今のコイツの言葉を信じるなら十の内面にこういう荒っぽい面があったということなのだろう。
……まあ食べ物を前にした時の十を見ていれば想像に難しく無い。
だが、今のコイツを十と認めて良いのだろうか?
「ご明察ご名答。俺様は多重人格の友達を傷付けられて入れ替わる中二病全開な女子高生さ」
「ふむ、まあ分かった。それで? お前は俺をどうしたいのだ?」
「ハハッ! 何だよ聞いてくれんのか? ……簡単だ、今死ね糞野郎」
「まあ、予想通りだが、当然の様に断る」
十は魔法を使ってくる様子は無いが、明確な敵意を持って此方へ突進し、勢いに任せた膝蹴りを俺の顔面目掛けて放つが、残念なことにそんな単調な攻撃を喰らってやるほど俺はお人好しでも無い。
クソきたねぇ言葉を吐き連ねる女児には、体罰を兼ねた教育と、相場が決まっているのでな。
俺はその向かって来た細い足を掴むと、レベルに依存した筋力で十の体を振り回し、地面へ叩きつける。
「カ……ッハ! この……」
「汚い言葉を使うな。女児だろ」
俺は起き上がった十の足を掛け、再度転ばせる。
「っう……テメェ、何しやが」
「ふむ、言葉が通じんのだな。俺は、汚い言葉を使うなと言ったぞ」
とは言っても、こういう類の輩は口で言っても分からないことなんて長い年月生きてきてれば十分すぎる程に分かる。
俺は分かり切った十の言葉を待ちながらに準備を始める。
「ハッ! 誰が。テメェが強いのは分かったし、手加減はしねぇ」
「ならば仕置きの時間だ」
「っ……止めなさい!」
俺が仕置きと調教……もとい教育の準備を始めた矢先、俺と十の行動は弔によって静止する。
「弔! 大丈夫かよ?」
「えぇ、心配しなくていいわ」
「ホントか?」
「えぇ、だから安心して眠りなさい」
「……分かった。おやすみ、弔」
「おやすみ、十」
そんなやり取りを俺が黙って見ていたのは、俺の入り込める世界ではないと目に見えて分かったからだ。
静かに見守っていると十は眠るように目を瞑り、弔に凭れ掛かって数秒後に目を開く。
「おはよう、十」
「……お、おはよ、弔ちゃん」
良く分らんな、二人の関係は。
多分カテゴリ的には親友に近いそれだろうことは二人の動きから見て取れるが、何処となく互いに依存し合っているようにも見える。
正直言って余り良い関係では無いように見えるのだが……既に完成されている気がするし俺が何を言っても無駄であろうことは分かる。
まあ人の関係性なんてのはその人それぞれが決めることであって、他人がとやかく言うものでは無い。
色恋沙汰には手を出す俺だが、その辺はしっかり線引きしている。
取り敢えず今は……。
「弔、説明してくれるか?」
「千壌土さん……。……分かってるわ」
「後、今後俺の事は久遠爺様と呼びなさい。久しい久しい小さな友よ」
俺がそう言うと、一瞬泣きそうな顔を見せたように見えたが、それを気のせいだと思わせるように弔は「分かったわ」とだけ言って頷き、話始める。
「私は他人へ命令を従わせる目を持っているの」
始めて二人に知られた時は結城に「それなんてギ○ス?」なんて言われたわ、と弔は続ける。
ついでに、そういう目の事を『魔眼』というらしいことも、弔は言った。
「スキル、か?」
「違うわ。……久遠爺様覚えて無いの?」
「む?」
スキルでは無い? 魔とつくからてっきりこの世界で得た能力だと思っていたのだが、どうにも違うらしい。
「『皇帝の眼』って、久遠爺様が名付けたのよ」
「……えっ。…………あ゛」
俺は思い出した。
公園のブランコで大好きだった祖父が死んでしまったと泣く童子のことを。
そしてその童子が自分に宿っているという他人と違う力のことで思い悩み、そのことを考える度に唯一相談できたその祖父の思い出してしまい、また泣くのだと。
他人に絶対遵守させる命令を下せる力だなんて、当然のように童子の手には余る存在であり、その存在を他人に知られれば利用されるか殺されるからと祖父から家族にすらも口止めされていたのだそうだ。
俺にそう説明して祖父との約束を破ってしまったことに気付いた童子はまた泣いた。
童子になかれることを好かない俺はなんとか泣き止ませようと色々頑張ってみたが、ダブルショックからくる悲しみに童子は打ち勝てない。
その後色々頑張った末にならば俺を爺ちゃんとして慕うのはどうだろうと提案して見た。
ある種の依存に近い結果となることは目に見えた提案だが、童子は俺の事を久遠爺様と呼び、初めて笑った。
そこから約一ヶ月だろうか、俺は毎日公園で童子と会い、本当の孫の様に可愛がってきたというのに今まで祖父の家に居たらしい童子が親元へ帰ることとなり、別れが訪れたのは。
その頃には俺もそろそろ新しい旅へ出発しようと考えていたところだった為に俺は丁度良いと考えていたが、そう考えられないのが友となった童子である。
童子は別れを悲しんだ。
見送りに来た俺にしがみ付いて泣き、電車が出発してしまうと言いながらに宥める両親を困らせていた。
将来は俺のお嫁さんになるとか、本来は父子の間に有り得ることだが童子に有り勝ちなことも言ってくれた。
俺としても別れは悲しいモノであったが、まさか親の目の前で童子を攫う訳にも行かない。
……逆に目の前に童子の親が居なければ童子を攫って一緒に暮らしていた可能性は大だが。
まあそんな仮定の話なんかしても仕方が無い訳だが、俺は童子に連絡先……正直持つ気にはなれなんだがこういうことになるだろうと予想して前日に購入した携帯番号とアドレスを童子に渡し、これがあれば離れていても繋がっていられると童子を宥めた。
それで漸く泣くのを止めたが未だ手を離さない童子に、俺は二人だけの秘密たる童子の力の名を考え、耳元で囁いた。
気に入らなければ変えても良いと言い含めて。
ちなみに、何故かは分からないが俺に童子の力は効かず、あくまで自己申告と言った感じだったが、俺はその力の存在を疑いはしなかった。
友の言う事だしな。
漸く電車に乗ることを了承した童子は、窓際の席から俺に一生懸命手を振って来た。
俺も手を振りながらに童子を見送った。
正直電車の速度に合わせてある程度の距離走り、を別れ惜しみたいところだが、唯でさえ注目されて居た為に悪目立ち宍粟だった為に止めておいた。
取り敢えず、こっちは連絡先を知らぬ事だし、童子からの連絡を待ち望もうと考えながらに、俺は次の旅へと繰り出した。
しかし、童子からの連絡を待つために買われた携帯が鳴る事は、一度も無かった。
あぁ、そうだったそうだった。
何があったのかは分からないが、一度たりとも連絡をくれないということは俺と関係を持ちたくないものと認識した俺は童子との記憶を良い思い出のままに封印しておいたんだった。
だから言われただけじゃピンと来なかったのか。
「弔、何故一度も連絡をくれなかったのだ?」
「親に連絡先の書かれた紙を捨てられたのよ。……悪意を持って」
「……悪意?」
「親が私の事を嫌いだった。それだけの事よ」
「なんだ仲が悪かったのか……なら攫えば良かったな。それで一緒に暮らせば良かった」
「……そんな、そんな選択肢があるなら……私は、私は迷わず選択して欲しかった!」
どうにも、良心との関係は不仲であるという言葉だけでは片づけられないものらしい。
感情的に叫ぶ弔と、それを宥める十を見ていればそれは分かる。
「だがそうなると、学校へも行かず俺と一緒に世界を周る事になっていたぞ?」
「私の友達は久遠爺様だけだった。久遠爺様が望んだなら、何処までも着いて行った」
「……ありがとう、10年以上経った今でも、そう断言出来る程に俺を好いていてくれたのだな」
ここまで友達甲斐のある友人は、流石にそこまで多く無い。
俺の顔は今、感慨に満ちた笑みを浮かべていることだろう。
「……えっと、あの」
「む? どうした?」
「あの……千壌土さんって……15歳ですよね……? とてもお爺ちゃんって歳じゃ……」
「あぁ、若返ったんだよ。何故か」
「若返った、ですか……」
弔は会話の流れから俺の年齢が気になったらしいが、答えたら答えたでまた考え込んでしまった。
まあ若返りなんてのは流石に非現実的か……いや今既に結構非現実的な現実に直面してるが。
「……久遠爺様」
「む?」
「姿は変わってしまっているけど、また会えて嬉しいわ」
「俺もだ。二度と会えぬと思っていたぞ」
取り敢えず、あの純粋だった弔をここまで追い詰めた奴ら全員根絶やしにしたい。
「それはそれとして」
「む?」
「目には目を、歯には歯を、実行しちゃいましょう」
「む、そうだな」
取り敢えず、俺が中身高年齢ということでンなことをして欲情するなんて有り得無いと結論付ければそれを実行するのが一番分かりやすい。
「え、と。……二人は一体……何を?」
そんな十の問いに、俺達はにやりと笑って答える。
その後、グランド内には片翼しか動かせずに苦戦する優人の他に、スカートを履いた男がそのスカートを捲らせる為にマジ泣きして全速力で逃げる女児を追いかける姿が見られたのだった。
正直、本末転倒な光景である。




