049 雑談する兄妹
アンドレア。エレアノールエミリー似の男はそう名乗るが俺の中でその顔とその服装は結婚なんて申し込んできやがった阿呆の印象が強く根付いている為に嫌悪感が湧きあがって来て仲良くできる気はしない相手である。
「……兄、か」
「お義兄さんと呼んでも良いよ」
アンドレアが笑って言うと、俺の横に居たエレアノールエミリーの目は凍てつく波動を、口からは辛辣な言葉を放った。
「私と久遠の友情に色恋を混ぜようとするお兄様なんて死んじゃえよ」
「し、辛辣!? 僕はエレアノールエミリーの為を思って……」
「死んじゃえよ」
「そこだけ切り取って言われると単純に仲の悪い兄妹になってしまうじゃないか」
「死んじゃえよ」
「………………僕が死んだら王位を継ぐのは十中八九エレアノールエミリーだよ」
「お兄様! 死なないで!」
「…………」
二人の会話はそれなりに楽しいものである筈なのに、エレアノールエミリーの言葉は一字一句本音のみを口に出している為に笑っていいものか悩みどころである。
「エミリーは王位を継ぎたくないのか?」
「……私が? 御姉様は兎も角この私が王位を欲する訳無い」
ふむ? エレアノールエミリーは心外だと言わんばかりに言葉を紡ぐがその国の最高権力者に成りたがらないというのは小心者なら分からないでもないがエレアノールエミリーの性格なら無くは無いだろうに。
「自己顕示欲が薄いのか」
「自分の存在を知りもしない相手にアピールして何の意味がある? 今は一応私にも王位継承権があるから大人しくしてるけど、お兄様が王位に着いたらすぐ王宮なんて出るよ」
まあそれには一理あるが、人間社会は個人の出世欲があるからこそ成り立っている節があるからエレアノールエミリーの様な人間が人類の5割を占めたとしたら人間社会は成り立たないだろうな。
それぞれがそれぞれのやりたいことをやって、利害が一致するときだけ他人と行動を共にする、そんな人間に増えられたら会社というコミニュティも消え失せてしまうだろう。
「ハハ、僕が国王になるとは決まってないんだよ?」
「なら御姉様がなるっていうの?」
「……今回の事で王位継承の可能性はゼロになっただろうね、残念だけど」
今回の……あぁ、俺が王に報告したアンジェリーヌキャロンの愚行のことか。
「国の一大事に私的理由で犯した愚行は目に余る。いざという時役に立たない王は要らないと思うんだ」
「ふむ、自身の権威まで失って、あやつは何をしたかったのだろうな」
「それにアンジェリーヌキャロンは側室の子だしね」
側室……血を気にする王族だが、妾では無く側室の子であるのなら何の問題も無く王位継承することも叶っただろうが、それでも正妻の子では無い以上有能でないのなら王になり得ない、か。
「二人は正室の子なのか?」
「そうだよ。だからエレアノールエミリーと契れば君も王ぞっ」
「だから、お兄様は何を考えてるの? そんなに10分の9殺しに会って植物状態の王になりたいの?」
「ハハ、エレアノールエミリーに僕をそこまで貶めるのは無理かなー」
「…………」
黙ったエレアノールエミリーを見る限り、どうやらアンドレアはエレアノールエミリーより実力が上らしいが、それなら俺は気になる事があったりする。
「じゃあ俺なら?」
「え」
「俺ならお前を10分の9殺しに出来るか?」
「え」
「出来るよ、もしお兄様が選択を間違ったら戦う流れになってワンパンで落ちてる」
ワンパンで落ちるって……それは本当に強い部類に含まれるのか?
今の俺にはそれ程の筋力は存在しないし、ワンパンで落ちる程度の耐久力しかない奴がそれ程強いとは思えないのだが。
「だ、だって。幾ら僕でも勇者には勝てないな~」
それを裏付ける様に、挙動不審になったアンドレアの口振りには冷静さなんて微塵も無い上に全身を嫌な汗が蔦っているのが目に見えて分かる。
「その後、KOしていることに気付かない久遠のサンドバックになったお兄様は四肢が二度と使えないものになる」
「な、なんてことをするんだ! それでも勇者なのかい!?」
「いや何もしてないが……所望されるなら期待に答えんことも無い」
未来の俺に言ってくれ。
今の俺に言われても余地を現実に変える位しか出来る事は無いぞ。
取り敢えず構えた俺に身の危険を感じたアンドレアの取った行動は距離を取るという逃げの一手だったが、その動きは早いどころか物理法則を無視した瞬間移動に相違ない移動だったから、恐らく転移魔法だろう。
ただその発動速度はエレアノールエミリーとは非じゃない速度で、エレアノールエミリーより強いというのは本当のようだった。
「おーい、ボコんないから戻ってこーい!」
「分かったよ。……しかし、何故そんな未来が……」
「一回しか」
「うごぉ!?」
再度転移魔法を使って戻って着た瞬間を狙い、俺はアンドレアの腹部目掛けて拳を叩き込み、腹を抑えて崩れ落ちるアンドレアを見て一言。
「確かにワンパンだ」
成程な、どうやら魔法の技術はアンドレアより上だが身体能力ではエレアノールエミリーと大差無い軟弱者、ということか。
まあ王に戦闘力を求める程にこの国が戦争しているとは思えないし、その辺は仕方が無いのだろうが。
「油断したところへ鳩尾……」
「エミリー?」
「流石久遠、私の友達。いえー愛してるぜー」
「いえー」
何か知らないがアンドレアがボコられてテンションの上がったエレアノールエミリーのノリに合わせた俺がハイタッチを交わしていると、アンドレアは呻きながらに起き上がる。
「き、君達……僕これでも一応王族……」
「私も王族。久遠の罪は全て免罪」
「職権乱用どころの騒ぎじゃないな」
「それが国の法」
「流石にそんな暴君の存在は許さない!」
いやそもそも俺はそんなに長くこの国に滞在する気は無い訳で、例え免罪になるとしても罪なんて犯す気も無い。
エレアノールエミリーはジョークも通じないのかこのお兄様は、なんて呆れた様に首を振っている。
「まあ俺は魔王を倒したらこの国を去る。安心して良いぞ」
「え? 久遠いなくなるの?」
「言ってなかったか?」
「まあ魔王を倒したら勇者達は帰ってしまうしね」
……? 今、アンドレアは俺にとってとても重要であろう情報を洩らさなかったか?
「帰る? 帰れるのか? 元の世界へ」
優人達の帰るべき世界とは即ち、俺の元居た世界でもある。
この国には召喚した勇者を元居た世界へ帰す方法が存在するというのか?
「そりゃあるよ。今からでも帰れる」
帰さないけどね、国の為に。なんて言ってアンドレアは笑い、エレアノールエミリーが捕捉する。
「次元魔法の終着点の一つなの、勇者召喚は」
「……アンジェリーヌキャロンが勇者達を召喚したとか言ってなかったか?」
「御姉様は次元魔法を極めて初めて読む権利を得る書物を勝手に持ち出してその中から得た知識で勇者を召喚したの」
「そういえばあの頃から既に彼女の行動は目に余っていましたね……」
どうやらアンジェリーヌキャロンは昔からアンジェリーヌキャロンだったらしく、その行動に王族としての誇りなんてのは微塵も無い権威を利用するだけの小娘であったようである。
母親が違うだけでここまで子供に差が出るとは、王の遺伝子がとても軟弱で母親同士が競い合っているようである。
王族……もう少ししっかりしておけよ。
「俺でも学べば出来るか?」
「どうでしょう……確か勇者召喚は王の血筋であることが必須だったような……」
「あれは血筋が関係してるから無理。魔法の終着点は一つじゃない」
「そういうものか」
魔法というのはどうやら血筋が関係してくる場合もあるようで、どうやら自力で帰還を果たせるようになるのは不可能のようだが、話の流れから次元魔法自体は血筋が関係していないようで一安心である。
「でも久遠が望むなら私が叶えてあげる」
「ぬ?」
「久遠はA型だよね?」
「む、何故……って未来予知か。言葉のキャッチボールに齟齬が発生するから普通に話そうぞ」
「今はそれ置いといて。私もA型だから、私と久遠の血管を一時的に繋げて私の血と久遠の血を交換すれば久遠にも私の……王族の血が流れる。それで血筋が関係する魔法は使えるよ?」
「なっ……エレアノールエミリー……それは体にメスを入れるということだよね? 体にメスを入れると良いう行為は神から授かりし体を傷付けるということ。……例え王族でもこの国に居れなくなるよ」
どうやらこの国には手術という概念が存在しないらしい。
……? となるとどうやって内蔵のことなぞ知り得ているのかという疑問が残るが、それよりもまずアンドレアは肝臓癌を直すことが叶わないのではないだろうか。
いや、魔法を使えば何とかなるのか? いやしかし治癒魔法というのは疲労や病気に効く様子は無い。
……エリクサーでもあるのか?
あと10秒手当が遅れていたら死んでいたであろう時に一度だけ飲まされたことがあるが、あれは良薬口に苦しという言葉を具現化したような飲み薬で死にかけていた身体が一瞬で完治したのは良いがその糞不味いエリクサーの味が一週間口の中から抜けずにその間飯が不味かったのを覚えている。
……エリクサーをくれたあの婆さんは一体何者だったのだろう……。
後から礼を言う為に家を訪ねようとしたが結局その家は何処にも無かったんだよな。
「もしそうなったら久遠に着いて行く」
「む?」
「えぇ? いけないよエレアノールエミリー。久遠殿に迷惑が掛かる」
「旅は道連れっていうし」
「エミリーが望むならそんな理由が無くとも一緒に行こう。大義名分なんてごみ箱に捨ててしまえ、ただ友達と一緒に旅がしたいと思えるのなら、きっと楽しい旅が出来るから」
「いえー」
「いえー」
再度ハイタッチを交わす俺とエレアノールエミリーを微妙そうな表情で見るアンドレアの気持ちは分からなくも無い。
いや、恐らくではあるのだが家族が国を出て自分の眼の届かないところへ行こうとしているのが不安で仕方が無いのだと思う。
なんだかんだ言いつつも二人は家族で、兄は妹の事が心配なんだろう。
「取り敢えず、何をするにしても打倒魔王軍。頑張ろ」
「うむ。ではエミリー、ご教授願う」
「うん。私の事はえーみんと呼びなさい」
「ぬう?」
「微力ながら僕も力を貸すよ」
「助かる」
「うん。じゃあ僕のことはあーんと呼びなさい」
「ぬう!?」
どうやら二人は顔だけでなく思考回路も似通っているらしかった。




