048 散々な王子様
俺は、鬼に例えられたことが幾度かある。
その鬼神が如き力は人間を超えている、と。
そんな、俺の力強さを比喩表現に基づいた例えを挙げられることが殆どであるが、残念ながら俺が鬼と評される訳は力が強いからなどでは無い。
怒り狂った俺の顔は歪みに歪んで人間とは程遠い鬼を彷彿とさせる形相をしているらしい。
取り敢えず何を言いたいのかと言えば、おつむの足りないお姫様にそれを向けてしまえばいとも簡単に恐怖を植え付け憎悪させ嫌悪させそして絶望させる。
生きることを、諦めさせる。
俺にカリバリズムなんて食癖なんて存在しないが、鬼たる俺に睨まれた人間は決まって蛇に睨まれた蛙が如く鬼に睨まれた人らしく喰われると思うらしい。
多分だが、無意識中に放出される気がそうさせるのだろう。
……意図的じゃない威嚇は不本意なのだが。
というか、つまり俺は今思いの外怒りを感じていたのか?
「ぁ……ぁあ……」
「……おいおい」
アンジェリーヌキャロンは御立派なドレスのスカートを濡らし、腕の力だけでなんとか逃げ出そうとするその様子は、王族たりえない無様な姿だった。
エレアノールエミリーは同じ目に会っても決して洩らすことなどしなかったが、同じ血族でここまで違うものなのか……なんて恐怖で顔を歪めながら必死に逃げ出そうとする女児を見ながらに思う俺は十分過ぎる程にその思考まで鬼に成り下がっている気がする。
鬼は鬼でも鬼畜。外道と呼ばれるものであろうが。
「く、久遠さん?」
「優人」
「久遠さんは姫様に何を……!?」
「いや、これから説教する予定だったのだが……」
「この状況から言葉攻めとか久遠さんマジ鬼畜」
「結城」
優人と結城、二人の勇者が俺の方へ近寄ってきて口々に言う。
二人の態度から俺の顔は鬼から人へ戻って居るようであるし、感情自体は落ち着いている筈だから今の俺は体と感情がちゃんと同じ動きをしていることになる。
それにしても、何故俺は特に感情も動いていないこの状況で鬼の形相をしていたのだろうか……。
いや、勘が得られるとすれば一つしかないのだが。
友達……エレアノールエミリーが姑息な手を使う女児などと言い争う様は見るに堪えなかった為だ。
その理由であったなら、十分に有り得る。
「久遠さん……女の子にここまでするのは流石にいけないと思う」
「む!? 俺は一言喋っただけなのだが!?」
「それだと、久遠さんは女に対して一言も喋れなくなるな」
「それは困るぞ」
「困らない奴居んのか?」
人間社会で生きることを諦めれば出来ない事も無いが……いや、それも人間の雌だけに限定していればの話であって他種族の雌まで含まれるんだったら……無理だな。
何処の集落にも女は居るし、森の中でも暮らせないとなると……終わる。
「違う! 女の子相手にあんな怒鳴り方を……」
「するだけの理由があるとは、考えられないのか?」
「そんなの……!」
「優人、相手は久遠さんだぞ」
「……久遠さんが理由も無くするわけない、か」
何だその俺絶対論。
結城の言葉に何処か納得した風な優人を見て俺は少なくとも二年の付き合いがあるアンジェリーヌキャロンよりも俺を優先して信用するという有様だった。
何というんだったか……そうだ、ぎゃるげー風にいうのなら好感度MAX状態といったところか?
「久遠さん。説明してくれますか?」
優人はしゃがみ、怯えるアンジェリーヌキャロンを抱き止めながらに言う。
洩らしていようが関係ないと言った風な態度は正に勇者らしき姿であり、抱き止める際に置いた異様な存在感を持つ剣こそが聖剣アロンダイトなのだろう。
恐らくだが、この神聖化された空気はこの聖剣アロンダイトによるものだろう。
「今日の決闘、場所は何処でやる筈だった?」
「ここで。……でも久遠さんは来なかった」
「俺は城の裏庭でやると言われた。そこの奴に」
俺が視線を向けると、背を向けているのに気付いたのか発狂した様に暴れ、優人はそれを宥める様に優しく撫でている。
「エミリーが次元魔法で閉じ込められた。そのせいで今の今迄ここに来れなかったんだ」
「えぇ!? 一体何処の誰がそんな非道なことを……! こんなことしてる暇は無いって分かってるつもりだけど、犯人を見付けに行こう!」
「っ!」
「いや、犯人は分かってるんだが……自供しなくてな」
「罪を認められないなんて……その人は根っこから悪人なんだね……」
「ぅぅ……!」
自身の言葉が、その胸に収まったアンジェリーヌキャロンを突き刺しているとは夢にも思わない優人は悪に対して正義を振りかざすヒーローの様に言葉を紡ぐ。
「でも、僕がきっと更生させて見せる。その人とは誰なの?」
「……ハハッ、更生か!」
「うわ!?」
俺は優人の頭を乱暴に撫で回し、髪がボサボサになり若干目を回した優人は首を振ってピントを合わせる。
「いきなりどうしたのさ」
「いやなに、優人が年齢不相応のな思考回路をしていたのが面白くてな」
「馬鹿にしてる?」
「いや、主義主張は人それぞれだ。貫き通せる限りは貫き通すと良い」
ただその思想は少し危ういぞ。
世の中にはアンジェリーヌキャロンなんて比じゃない救いようなんて有る訳が無いような人間だって沢山いるんだ。
社会の厳しさに揉まれてしまえばそれを痛感するだろうが、未だ童子である今ならばまだその思想を持ち続けることも叶うか。
「……それで、誰なのさ」
「クク、それは本人に聞くと良い。俺は少し王と話してくる」
「えぇ!? ちょ、久遠さん僕その人がどんな人か知らないんだけどー!?」
胸の中に居るアンジェリーヌキャロンを見てみろ。
優人のアンジェリーヌキャロンにとっては飴と鞭的な発言を聞いて今にも自供しそうだぞ。その証拠に口をパクパクとさせているし。
優人の姫様を見る目は変わってくるだろうが、更生させてみせるってことは見捨てないってことだ。
なら汚名返上する機会もある、なんて考えちまってることだろうさ、あの姫様は。
まあそれでも俺の考えは変わらずアンジェリーヌキャロンでは優人と恋仲になることは叶わないだろうがな。
いや、強行手段に出てしまえるのであれば優人の性格から例え自分に非が無くても責任を取るとか言いだすだろうから何とかならない事も無いだろうが……アンジェリーヌキャロンの様な人間は自分の醜さを隠すために当たり障りのない行動というか一線を決めてしか行動できないからそんなことは起こり得ないだろうけどな。
兎にも角にも芝生の所で陣を敷いている王様御一行の所へ足を進める俺だが、その隣には途中から全く会話に参加してこなかったエレアノールエミリーが居る。
結城はさっさと退散して元の位置へ戻って居たからあの場所に残ったのは優人とアンジェリーヌキャロンだけになるのか。
……まあ、あのお姫様からしてみれば都合が良いのか? 早まらければ良いんだがな。
陣の中へと入った俺は発見した王に個との顛末を説明し王に頭を下げさせるという偉業を成し遂げた後に仕切り直しさせるかと問われたがその申し出については断っておいた。
今この場で、王の警護で来ている兵士が居るこの場で、Lv10になった勇者たる優人をコテンパンにするのは魔王軍との戦闘の際に必要となる士気を下げることになりかねないし、得策とは言えない。
結城や弔、十の三人は兎も角、勇者の看板になり得ているであろう優人の敗北の方は兵士達の心を折るには十分。侵入作戦の時の優人への依存がそれの良い証拠だ。
戦いに関わる者がこの場にいないのであれば、決闘してもよかったのだがな。
……って、結果的にだが王宮で戦わなくて良かったんだな。
「これからどうするの?」
「……正直、一日やそこらで出来ることなんて限られているし、取り敢えず魔法の基礎だけでも習って置こうかな」
「分かった。じゃあ私の事はエミリー先生ね」
「あぁ、よろしく頼む……む!? エミリーが教えてくれることは確定なのか?」
「嫌なの?」
「いや、助かるが……俺は書物で学んでも良いのだぞ?」
「何と無くだけど……久遠ってこの国の文字理解出来てないでしょ」
「………………あ」
そうだった。というか、ついさっきもそれが不便だと思ったばかりではないか。
いや俺なら数時間もあれば文字の法則性を察することも可能だが今は文字の勉強をしている場合でもない、か。
「そうだった、すっかり忘れてた」
「じゃあ私の事はえーみんね」
「えーみん!?」
かっる。何だそのお手軽お姫様は。
先生何処行った。
「おや、エレアノールエミリーが懐くなんて珍しいこともあるもんだね」
急に背後から聞こえた男の声に、俺は思わずシャイニングウィザードを炸裂させようとして敢え無く失敗。その際に振り向きそこに見た姿はつい先日見た気がしないでも無い奴だった。
「エレアノールエミリー(男装版)…!?」
「いや私はここにいるけど」
「ハハ、似ているとはよく言われるけどね」
この時! 俺の脳髄ではとある言葉が反復していた!
『結婚しよう』『いや、貴女が良い。……フフ、一目惚れね』
…………。そして時は動き出す。
「ぎゃああああああ! お断りしますっ!!」
「え、何をっ!?」
気が付くと俺は目の前に居たエレアノールエミリーに良く似た男を100回程殴り飛ばしていたが、俺を含めてその事実に気付くのは少し間をおいてからだった。
「……久遠、もしかして私に恨みでもあった? 私が女だから顔の似てるお兄様を殺ったの?」
「いやエミリーは大好きだが。……こいつが男で、エミリーと同じ顔をしていた。それが理由だ」
「ごめん、全然分からないや」
だろうな、俺も分からん。
いや、分からないことは無いんだが分かりたくない。
夢の中から飛び出してきたのか? 飛び出してくるな、轢かれるぞ。俺という名の暴走戦車に。
「……さ、すがエレアノールエミリーの友人……クレイジー過ぎるね」
「エミリー、彼はエミリーがクレイジーだとさ」
「何を言ってるの。クレイジーなのはお兄様の肝臓よ」
「いや僕の内蔵に異常性は皆無だけどね?」
「でもお兄様、8年後肝臓癌で死ぬわよ」
「え」
「え?」
「エミリー、それは途轍もなく重要な情報だぞ」
予想外の所から出て来たエレアノールエミリーの爆弾発言に俺がそう洩らしてもエレアノールエミリーは分かってないらしく「そうかな……」なんて呟きながら首を傾げている。
「ハハ……いやでも、明日始まる戦争で死なないと分かっただけでも良しとしようかな?」
「ポジティブだな……」
それに8年も早く分かっているのならもしかするとどうにかなるかもしれないしな。
……? というか。
「そういえばお前は誰なのだ?」
エレアノールエミリーの兄であるということは話の流れから察することは出来るが、それ以外の情報は俺の夢に出てきたこと位しかないぞ。
……いや、あの時のアレはエレアノールエミリーなのか?
「僕はアンドレア。第一王子にしてエレアノールエミリーの兄さ」




