047 嘘吐き姫の本領
次の日俺は、前に優人と戦った裏庭で再び優人と対峙することになっていた。
昨日、食堂で聞いた弔の寝言についての言及はしていない。
何故弔が知らないの一点張りを通すのか、それが分からない内は開けない方が良いのではないかと考えた俺は何とか弔を起こすと漸く夕飯に有り付いた。
その後城に泊まって行けという誘いを受けたがまた閉じ込められては敵わないからと断り宿屋へ戻った俺はそのままベットに倒れこんでしまい、直ぐに意識を手放した。
食事を待つ少しの時間も眠ってしまった位なのだから、目の前にベットがあれば耐え切れず眠りに着いてしまうのは目に見えていた為に何の疑問もない。
日が変わり、何時もの時間に起床した俺は日課になりかかっているエウフラージアと女将との談笑後、朝食を摂ってから制服には着替えず城への道のりを歩いた。
城に到着してすぐ、俺はエレアノールエミリーとエゼリアを探したが、城内何処を探しても二人の姿は無く、疑問に思っているとアンジェリーヌキャロンと鉢合わせした。
「昨日はやってくれちゃって、どうもありがとう」
「決闘場所は裏庭ですわ。折角恥を掻かせまいとしてあげたのに、人の好意を無下にするなんてどうかしてるわ」
「あーはいはい。御親切のお返しに断言でも。……お前に優人は落とせない、その四次元根性叩き直して出直せ」
「なっ……!?」
憤慨するアンジェリーヌキャロンの横を通り過ぎた俺は城内探索を再開するも二人は見つからず、途中出会った人間には片っ端から聞いているというのにその所在は掴めない。
地下にでも居るのかと思い、行ってみたが蛻の殻。いや厳密に言えば最後の一振りたる偽剣アロンダイトに宿る魂は発見したが、それを一人とは数えないことにする。
俺は見付けた偽剣アロンダイト片手に地下を出ると二人を見付けるのを諦め、裏庭で優人が来るのを待つ事にした。
裏庭は心地良い風が吹いていて、優人を待つ間昼寝するには持って来いの場所だった。
あの時は焦っていてのんびりなんて出来なかったが草木の揺れる音以外何もないそこは眠るのに最適過ぎて、未だ疲れの抜けていないらしい体を休めるには丁度良かった。
どうやら魔法では怪我を治すことは出来ても疲れをとることは敵わないようであるしな。
そういえば、今日は決闘で学校を休むことになるというのにそのことを学校側へ伝えていない。
無断欠席とかは遠慮したい。俺は真面目という訳では無いが約束事を破る行為は酷く嫌いなのだ。
学校へ通うのは学生の義務。今日の事が学校に伝わっていてくれるとありがたいのだが。
さて置き、芝生の上に寝転がるとその具合の良さに再度眠気が俺を襲う。
裏庭の真ん中で寝転がっていれば、決闘が始まる時には誰かから起こされるだろ。
そう思った俺は目蓋を閉じ、眠気に身を任せて意識を手放した。
全然関係ない話だが、俺はよく騙される。
100年以上生きてきて精神年齢13歳と不名誉なことこの上ない煽りを付けられる俺は、話し合いから始まる商談などに全く向かない性格と思考をしていることは明らかだった。
相手の安い挑発に乗るわ、話し合いより先に拳がでるわ、キレたら後から「俺何してんの?」と思わずにいられないことを平然としているわで、なんかもう人間社会で暮らすことが向いてないんじゃないかって思う程に何かもうアレだった。
そんな俺は人並みに嘘を吐くが、人並み以上に嘘を吐かれる。
とある国での出来事だが、とある犯罪組織で俺は肉体改造されて人造人間にされるところだった。
お菓子をあげるからと言われ、トコトコついて行った俺は何時の間にか拉致られ拘束され、気が付くと体にメスを入れられる寸前で、俺は『発火能力』を使いなんとか脱出。
改造される際に組み込まれる筈だったであろう変わった形をしたベルトを横目に俺はハリウッド顔負けの大脱出劇を演じたのだった。
何て名前の組織だったっけな……チョーカー? ショッカー? ま、そんな感じの。
という訳で、以後俺はお菓子に釣られなくなったのだが、もし明確な通信手段を持ち歩いていたら、詐欺師のクレートが友達ではなく詐欺の手法を教えて貰っていなかったら、きっと酷い詐欺にも合っていたことだろう。
携帯は敵だと思うんだ。
パソコンは唯の箱だと思うんだ。
まあ使えますけどね……ちゃんと師匠いるし……パソコンあれば全世界の番組を『にほん○であそぼ』にすることも出来るし。
携帯でも二本の首都機能位ならダウンさせられるしな。
でもなぁ……やっぱり携帯は敵だしパソコンはただの箱だと思う訳だ。
電子機器に依存した国全てを陥れること位俺には容易なんだよ。
情報化社会……何と脆い世界か。
……あれ? 何の話だったっけ。
「……ん! …………久遠!」
「…………ぬぅ? エミリー? エミリーがいるー……」
「何寝ぼけてるの。状況理解出来てる?」
「目の前にエミリーの顔面度アップ。視覚的に捉えられるのはこれだけだが?」
取り敢えず、物凄く顔が近いからエレアノールエミリーの機嫌がよろしくないことは伝わってくる。
「久遠! 決闘はどうしたのじゃ!」
「……む? 裏庭でやるのだろう? だから俺はこうして…………」
「何言ってるの。決闘は学校のグランド。急遽休校になった学校のグランドで朝からやるんだよ」
「…………は?」
「もうお昼じゃ! それなのにぬしはこんな所でなにをやっとるか!」
何をやっとるかと問われれば二度寝をしていたと答えるしかないが。
しかし学校が休校になったというのは……。
あぁ、俺の言った魔王軍による侵略が近い為に学校で授業なんてしている暇がない為に学校が休みになったのか。
それに伴い空っぽになった施設で勇者を育成することになったと、そう言う訳か。
……? エウフラージアはそのことを知らなかったようだったが。
その証拠にエウフラージアは今日も元気に通学路を小走りしていった。
…………通信手段が無いのだから当たり前か?
「……アンジェリーヌキャロンに決闘場所は裏庭だと聞いた」
「…………」
「…………あのアマ」
エゼリアは黙し、エレアノールエミリーは何やら不穏な雰囲気を纏いながらに口汚い言葉を洩らしている。
「ワシらもつい今さっきまで動けずにいたのじゃ」
「ロリババァは単なる寝坊。私の部屋に、昨日久遠が使われたものと同じ魔方陣を使われた」
「ワシのところにもちゃんとあったわ!」
「寝坊して寝ぼけながらに部屋を出ようとしてそのはずみにぶち壊したんでしょ? 無いのも一緒だよ」
「それは……誰も起こしにこぬのが悪いのじゃ!」
エゼリア……なんて残念な奴なんだ……年寄りは総じて早起きと相場が決まっているというのに。
俺の場合は規則正しくを基本としているから起きる時間はそうでもないが。
「俺と同じって……エミリーも次元魔法が使えるだろう?」
「御姉様の魔法って解呪する側に回るとかなり面倒なの」
「何故だ?」
「御姉様は自分に出来ることしかやらない。それ故に上達しない王族の面汚したる魔法使いなんだけど」
「そうなのか?」
「でもその出来ることだけは『自分は出来る子アピール』する為に使いまくるから使い慣れてる。その辺の魔法だけ熟練度は必要な場以外では使わない私以上」
「で、解呪に手こずったと」
「うん」
成程な。
恐らくだがエレアノールエミリーは広く浅く魔法に着いて学んできたのだろう。
様々な魔法を使える多様性は確かにあるが個々の熟練度はそれ程高く無く、自身の才能に身を任せて日頃の鍛錬などは怠っているように見える。
いや、もしかすると未来予知によって知識を得るだけ得て鍛錬などは全くしていないのかもしれない。
そりゃ多様性皆無な落ちこぼれの魔法でも使い慣れたものを使われてしまえば対応に困ることもあるわな。
「エミリー、俺がお前に転移魔法を教えて貰う時はお前も一緒に勉強だ」
「何か見透かされてる気が…………分かったよ」
取り敢えず反省点を知ることは出来たようだし良しとしよう。
エレアノールエミリーはまだ若いのだ、早いうちにどう行動すべきか知ることが出来るのは良いことだ。
……まあその辺は今置いておこうか。
「で、話を戻すが……」
「恐らく決闘は不戦敗になってる。お父様が居なかったから決闘を見届けるついでに勇者たちの様子も見ておくつもりなんだと思う。……決闘は無かったけど」
「久遠も少しは疑うことを覚えよ。ぬしさえ行っていれば決闘は出来たというのに……」
「そもそも俺は決闘場所を知らなんだ。二人に聞くつもりで城へ来たというのに二人が居ないではないか。そんな俺にどうしろと」
「どうしようもないのう……」
あぁ、どうしようもない。
昨日は弔の寝言が気になったせいで終盤は完全に決闘の事なんて忘れていたからな。
アレが無ければ決闘場所を事前に聞くくらいのことは出来ていたんだろうが。
「取り敢えず、学校へ行こう」
「そうね」
「あー、ワシはもうすぐ仕事があるでな、共に行けん」
「仕事?」
「ワシは部類的に聖剣と似たような扱いを受け取る。王宮内にある協会でせねばならんことがあるんじゃよ」
「成程な」
「それに、キャラを作ったワシは面白くも何ともないでの。そんな状態で久遠といてものぅ」
エゼリアは笑いながら言い、「ではの」と言葉を残して王宮の方へ姿を消した。
というか、そういう仕事があってまず最初に俺の所へ来るって何がしたいんだろうな俺の友達は……しかもねぼうしているというのに。
良く考えたら二人は良く俺を見付けられたものだと褒めてやりたいな。
「じゃ、行くか」
「えぇ」
俺達は城を出て学校へと足を運び、校門に『本日より数日間休校』という張り紙があったのを見つけた。
成程、ここで休校の事を伝えている訳か……俺は文字が読めずエレアノールエミリーが音読したのを聞いただけだがこれを読んだ生徒達は混乱しただろうが、学校が休みになったと喜びもしただろうな。
そんなことを思いつつ校門をくぐり、グランドへ行くとそこには案の定勇者達が揃っていて、周囲に漂う気がなにやら寺や教会といった神に近い地と似たような状態になっている。
何故こんなことに? とは思いつつグランドの中へ入って行き、アンジェリーヌキャロンの姿を見ると俺達は近づいて行き、アンジェリーヌキャロンは勝ち誇った笑みを浮かべながらに近寄る俺達に言う。
「あら、逃げ出した勇者様じゃありませんか」
「御姉様、姑息」
「何を言っているか分からないわね」
取り敢えず、アンジェリーヌキャロンが自分の行動に全く後ろめたさを感じていないことだけは伝わってくる顔だった。
正直、こんな奴を相手にする気はサラサラない俺で、早急にこの神聖化された気の流れの意味を優人辺りに問い詰めたい。
しかし……エレアノールエミリーは本気で怒っている。まるで自分のことのように。
……この場で俺が怒りを露わにしないのは、なんか違うよな。
「私の部屋を外界と遮断した。次元魔法でしか出来ない」
「あら、王族は私以外にもおりましてよ?」
「そんな姑息なマネをするのは御姉様位」
「言い掛かりですわ。私がやったという証拠が何処にありまして?」
「……主語が無いのに会話が成り立ってる。それが証拠」
「っ……私位になると、主語が無くても妹の言いたいこと位分かるのですわ」
「そんな暴論……」
「通らない」
ちょっとヒートアップし始めたエレアノールエミリーの言葉を遮って、俺は言う。
そしてエレアノールエミリーより前に出ると俺の声色に驚いたのか後さずるアンジェリーヌキャロンの頬にスナップのよく利いたビンタを決め、グランドに響き渡る程の大声で言う。
「それが王族のやることか!!」
正直俺はアンジェリーヌキャロンを元から王族と思ってはいない。
故にこれは心からの言葉では無い。
だが訓練による騒音で溢れていたグランドに静寂を呼び込むには十分過ぎる気迫と怒気の籠ったその言葉は、アンジェリーヌキャロンの腰を抜けさせるには十分過ぎるものであった。




