046 夢オチと墓穴
「そんな訳で、エミリーを男装させようと思うんだ」
まさか二日連続ドーナツを作ることになるなんて夢にも思わなかった俺が物臭さに身を任せたドーナツを揚げた油で天ぷらを揚げて日本特有の食文化たる筈のお米。
炊き立てご飯に天つゆをよく染みさせた天ぷらを乗せ、空きっ腹を刺激する匂いを漂わせる天丼を完成させた俺は既にオールドファッションの半数が女性陣の胃袋に収まっている事へ少なからずのショックを受けつつも、テーブルまで丼を持っていき、「いただきます」の言葉と共に手を合わせる。
そのすぐ近くに天丼の美味しい匂いに当てられたエゼリアが居る事に危機感を覚えながらに洩らした言葉を聞いたエレアノールエミリーは怪訝とした表情を見せる。
つい先程、部屋からの脱出に成功した俺は十に指を掴まれ、「聞こえてたのか!?」なんて言うツッコミを「……?」なんていう疑問符を頭上に沢山浮かべた十にオールドファッションを要求されての食堂へ移動。
途中で会った弔までも加わって、周りに女児しかおらず肩身が狭い思いをすることとなってしまった俺は料理に逃げた。
ドーナツを優先させたのは十の目が獣に遜色ないモノだったのと、逆は良くても天ぷらを揚げた油でドーナツを揚げようとは思えなかったからだ。
「……何か既に説明を終えた様に言ってるけど、久遠何も説明してないからね?」
「何……だと」
「でどんな訳なの?」
「エゼリア……お前は今日まともな飯を食べていない友の夕飯を奪うのかっ!」
「…………」
「一口だけなのじゃー! その美味しそうな料理を寄越すのじゃー!」
何故だっ! 海老も水も小麦粉も卵も油もあるんだ! 調理法の中には揚げる行為も有る筈だろう!
というか、弔と十の前でその態度で良いのか? ドーナツに夢中でこっちに目もくれていないが、威厳を保つキャラであり続けるのなら結構崖っぷちだぞ。
ちなみに何故エレアノールエミリーに男装させようと思ったのか、その理由は至極単純だ。
男一人のこの状態が凄く嫌。
酒場に行くにしても今は童子が一緒に居る。
まさか童子を放置して飲みに行くだなんてする訳にも行くまいて。
「久遠、君は意味も無く言ったの?」
「いや……ほらアレだ」
流石に、男一人が嫌だから、なんてのは言い難い。
「前に王宮へ侵入する際俺が女装する羽目になったからエミリーもしろと。そう言うこった」
「どう言うこった」
エゼリアが未だ俺の晩飯を狙い続けて来てまともに飯も食えず、仕方が無しにその小さな口へえび天とご飯を運ぶ。
もぐもぐと口を動かすエゼリアを横目に俺は言葉を続ける。
「ホラ、俺ら友達だろ」
「千壌土さんにとっての友達がどんなものか、一度訪ねてみたいわね」
ドーナツを茶菓子に王宮の紅茶でティータイムを楽しんでいた弔が口をはさむ。
いや今の言動からそれを尋ねるなら俺も疑問だわ。
「……嫌だよ。別に私は女であることを嫌悪している訳では無いもの」
「そこを何とか」
「嫌だよ」
「何かしてあげるから」
「アバウトだね。じゃあ久遠も女装しなよ」
「よし分かった。じゃ、始めるぞ」
「えっ?」
「えっ?」
「嘘だよね?」
「よし、じゃあ部屋の隅でやるぞー」
「えっ、ちょ、久遠。君が私を着せ替え人形にするのかい? 一応久遠と私は男と女であっ……ちょ、待っ、あ゛ぁー……ヘルプミー……」
そんな訳でエレアノールエミリーをひん剥いて、男へと劇的ビフォーアフターさせに掛かった俺の顔を横から化粧で飾り付けて行くのは何処から現れたのか二人の家政婦。
二人同時にやったら絶対左右バラバラになるだろとは思ったが、妖怪になるならそれもまたよし。
エレアノールエミリーは髪が長いので後ろ髪は服の中へ隠すとして、男物の服はどうしようかと考えていたら何処からともなく現れた家政婦が男物の服を差し出してきて万事解決。
後はエレアノールエミリーが羞恥心を捨てさえしてくれれば作業しやすいのだが、女性陣が食べるのを中断して此方をガン見しているから多分無理だろう。
というか、男の俺以上に行動が不純なのだが……?
あれ、俺自身もコレで良いのか……?
兎にも角にもそんな訳でエレアノールエミリーがお姫様から男装女子へとジョブチェンジする頃には俺自身も勇者から女装が趣味のクソ気持ちわりーファッキン男児へとジョブチェンジを終え、ガン見していた女児共に『バァァァン!』と一挙大公開。
「……この場合、『もうお嫁に行けない』とか言うらしいが、私の場合一国の姫がそうなった場合には色々と拙いから何と言えば良いんだろ」
「フフン! 深く考えない方が良いのよ!」
しっかり声まで変えて、カツラまで被って……流石俺、完璧なまでに気持ち悪い死ねば良いのに。
目的も無く女装するとかマジ女装が趣味。死ねば良いのに。
「…………誰?」
「私に決まってるじゃん。私だよ、た・わ・し!」」
「……たわしさん?」
「いや久遠だけど」
「なんだ。…………っ」
「……?」
「結婚しよう」
「ヤヴァイ。お姫様が百合に目覚めた」
というかそんなキャラだったかエレアノールエミリーよ……。
「ほら、女ならあっちにより取り見取り深緑」
「いや、貴女が良い。……フフ、一目惚れね」
イヤァァァ!? 俺今後一生女装して暮らすとかそんな業負いたくないぞ!?
何がお前をそうさせた……!? ……俺か。
俺の手を取り強く握る女装男子から逃れた俺は急ぎ観客たる女児達の元へ走り、助けを乞う。
「やったわね千壌土さん。玉の輿よ」
「えっ」
「……おめでとうございますっ」
「えっ」
「結婚スピーチは任せるのじゃ」
「えっ」
「いいえ、私に任せなさい。演説には自身があるの」
「えっ」
「……私、も、文を考えるのは得意、です」
「えっ」
「何を言う! ワシが何百年生きてると……」
ナニコレ超アウェーなんだけど。
何で俺がエレアノールエミリーの申し出を受けること前提で話が進んでるんだ?
というか弔が超フレンドリーなんだけど。女装してれば男でも良いのか?
その後も俺を置いて行く俺に着いての会話が続き、何故か女児共は『何故それをッ!?』と思わずにはいられない事まで口にして、会話の中心に居るというのに超気まずい俺が居る。
というか、当初の目的たる男一人が肩身狭いっていうのは俺が女装しちまったら何の意味も成さない……つーかそもそも女児が男装しても男女比は全く変わらないから意味が無くないか?
何故俺はそんな無意味なことを……? というかいくら俺でも他人に男装を強要させたりだたんてしないだろう!
そんな思考が頭の中をグルグルと回っていると、俺の肩に手が置かれる。
振り向くとそこには、暗い表情のエレアノールエミリーが居て、深刻そうな趣きで言葉を発する。
「……男が一人って、話にも入れないから随分肩身が狭いものなのだな……!」
…………。
………………。
「その原因はお前の言動だろ!」
そう叫んだ瞬間、景色が変わった。
とはいっても、ココが食堂であることには変わりなく、変わったのは女性陣で結婚のスピーチだのなんだの話していた筈のエゼリアが俺の横で驚いていて、男装していた筈のエレアノールエミリーがテーブルを跨いだ先で訝しげな目を此方に向けている事である。
無論、男装なんてしていないし、俺自身女装なんてしていなかった。
「……ど、どうしたのじゃ?」
「…………何だ夢か……どっから夢だ?」
「……夢? 久遠は勇者にドーナツ? という食べ物を作ってあげた後コックから『晩飯は俺に任せな!』と言われて今それを待っていたところでしょう」
まさかの夢オチ。
何故あんな夢を……と思わない方がおかしい夢だったが、夢で良かったと思わずにはいられない夢でもあったことは確かだ。
辺りを見回してみると、十が食後の紅茶を楽しむその横で弔が俯せになって眠りに着いているのを見付けた。
「何故弔は寝ているのだ?」
「あやつは料理を待っている途中で眠ってしまったようじゃ。……久遠も寝てたんだったか?」
「あぁ……想定外が連続の夢だった……!」
「どんな夢じゃそれ……」
現実のエゼリアはどうやらしっかりキャラを気にしているらしく、かなりの小声でエレアノールエミリーにもその声は届いていないだろう。
というかリアル過ぎて夢だと全く分からんかったのだが……よくよく考えてみればおかしいところは確かにあったなとは思うが……キャラとかキャラとかキャラとか。
「そういえば、閉じ込められた報復はしといた方が良いだろうか」
「久遠は怒りとか感じてるの?」
「んー……微妙。そういやあの部屋って何なんだ? 誰も居ないのに色んな奴の声が聞こえて来たんだが」
「えっ」
「そいつらのお蔭で出て来れたんだよ。物理攻撃が効かなくてマジに参ったよ」
「えっ」
「アレって王宮に備わった機能か何かか?」
「そんな機能備わっててたまるか!」
「え?」
「いや、その……何でも無いわ」
良く分らないがエレアノールエミリーが取り乱すということは王宮にあるべきものではなかったのだろうが、ならあいつ等は一体何だったのだろう……。
ネクロマンサーだったか? 俺が成ったらしいそれの詳細を知らずに使うのは俺としても気が引ける。
『発火能力』は体を……主に脳をだがそれを弄った上に炎を生み出す際の構造や仕組みを理解しなければ使うことは出来なかった、例え仕えたとしてもその危険性を知らぬだけに他の『発火能力』は皆焼け死んだ。
一番単純に人を殺す能力だった気がするのに一番覚えるのが厄介な超能力だった故に俺が大佐となり、超能力者達を統括していたのである。
その後、料理が運ばれて来たのは10分後のことだった。
見た目夜遅くとは思えない豪華な料理が並ぶ中、それを作り上げたコックは誇らしげで冷めぬ内にいただこうと手を重ねたところで弔がまだ眠っていることに気付く。
十が起こそうとしているが、声が小さく目覚める様子が無い。
折角飯を造って貰ったというのに寝過ごして食べないなんてのは失礼だ。
十に代わり、俺が弔を起こす作業に掛かる。
「弔、起きろ。飯の時間だ」
「……ン…………」
「『ン』じゃないぞ。早く起きるのだ」
俺は眠る弔の肩を摩るも起きる様子は無い。
全く……低血圧か? もし今敵襲か火事でも起こったら眠っていたから死んでしまいましたってそんな運命を認めるのか? ……いや、流石に起きるか。
「なぁ弔。早く起きて一緒にご飯を……」
食べよう、そう言う筈だった俺の言葉は懐かしい呼び名と共に遮られる。
「……ンゥ……久遠爺様ー……」