045 死霊使いへ一直線
次に目を覚ました時、そこはベットの上だった。
何故俺が吐血したか、なんてのは物凄く単純にサトゥルヌスのあの物理的干渉を可能とした炎の棍棒による攻撃で肋骨がバッキバキに折れてたのに全く気付かず今迄動いていたツケが回ってきたという至極真っ当なものだった。
本来なら風呂へ放り込まれた時点でアウトだったんだろうが、不必要なことこの上ない驚異的忍耐力を見せた俺の身体が戦闘態勢という全身に力を入れる行為を行うまで頑張っちゃってしまったせいであんな結末を招いてしまったのだった。
時刻は既に34時を回り、灯の無いこの部屋の中は真っ暗だ。
目を覚ました今現在には既に肋骨の骨折なんて無かったことになっており、恐らくは回復系統の魔法もあるのだろうと思いながらベットから降りると、早急に真っ暗な部屋から……出れない。
扉には外側から鍵が掛かっているらしくどんなにドアノブを回しても扉は開かず、押しても上げても下げてもビクともしないその扉は、この真っ暗な空間に俺を閉じ込める檻のようで俺は開かないと分かるや否や扉を蹴り破ることにしする。
「チェスト────ッ!!」
最も力の乗る姿勢から気功まで活用した正拳突きを扉へ炸裂させた俺の一撃は、扉まで一ミリ届かず見えない壁で遮られ、行き場失った拳の衝撃すら無く俺の拳は止まっていた。
……また魔法。
辺りに光がないせいか、苛立ちやすい自分を冷却させる様に深呼吸すると、俺は溜息交じりに言葉を洩らす。
「……せめて明かりでもあればな」
『じゃあ私が照らしてあげる』
「む?」
何処からともなく声が聞こえたかと思いきや、扉の前を青い炎が照らし、俺の拳を遮ったであろう魔方陣が淡く光っているのを目視することに成功した。
「助かった、ありがとう。……しかし、この魔方陣はどうやって解くものなんだろう」
『それは次元遮断の魔方陣じゃな。次元魔法とはまた珍しいモンを使う者もおるのぅ』
「何とか解除できないか?」
『儂に肉体があったなら解呪もしてやれたんじゃが……今のままじゃ物理干渉は出来んでのぅ』
「そうか……」
今度は老人の声であったが、どうやらこの危機からは俺の力で脱出するしかないらしいのだが……魔方陣を壊す手立てを俺は持ち合わせていない。
なら外に居る人間に助けを求めてみるのはどうだろう。
俺は息を大きく吸い込むと、全てを吐き出す位の気持ちで叫ぶ。
「オールドファッションが食べたい奴はこの指止まれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
久遠はなかまをよんだ! しかしだれもあらわれなかった!
『駄目、声は全然外に漏れてないよ!』
『多分、音も遮断されてるのね……』
「ぬぅ……」
『オイに体さえありゃぁこんな扉蹴り破ってやるんだがのぅ』
「それ俺がやって駄目だっただろ!」
『そういやそうだったっけか?』
全く、力技でどうにかならないから困ってるんだぞ? 少しは頭を使えよな。
しかし、壊すのも助けを求めるのも駄目となると……後は別の出口を探すこと位か。
「灯増やせないか? 部屋の中を探索してみたいんだ」
『俺っちに任せろ的な? 俺っちの炎マジスゲェから見とけってマジで』
そう言いながら出てきた炎は先程のものと何ら変わりない。
「変わらねー」
『そいつは言わない約束だって! マジヤベェ!』
「よしこうなったら質より量で勝負だ!」
『『『『任せるであります!』』』』
室内が、青い炎で照らされてブラックライトを使った部屋の様になりながらも辺りの物を見えるようになったところで部屋の中を探索して見ることにする。
どうやら俺の寝ていた部屋は昨日俺が制服に着替えた部屋と同じ客室のようで、余計な物は一切なく、ある物と言えばベットにテーブル、後は鏡にランプ位だろうか。
「手元照らすのに、ランプにも火を頼む」
『任せるでありんす』
青い炎の灯ったランプを持って、部屋の隅から隅までを隈なく調べていくが、流石に王宮といったところで整備は万全、埃一つ無い部屋内には抜け出せそうな道は無い。
窓から脱出出来ないかやってみたが、扉と同様の魔方陣が邪魔をして出ることは叶わない。
だが、分かった事もある。
「どうやらこの魔方陣は攻撃のみを遮るモノらしいな」
『普通になぁぁぁらさわぁぁることぅぅぅもできたぁぁであぁぁぁるからなぁぁ』
「しかし……窓に関しては鍵が掛かっていないのに開かないとは……」
『八方塞がりだぜ! どうしようもねぇぜ!』
「いや諦めんなよ。いや諦めんなよ!」
諦めたら俺が餓死しちまうだろ。
そうなのだ、どうにも今の俺は物っっっ凄く腹が減っており、お腹と背中がくっ付いてしまいそうな程なのである。
檻の中に居る猛獣でも餌は貰えるんだから、俺にも餌をくれよ閉じ込めた奴。
「天井、どこか抜けられるところないか?」
『だ、駄目だ……何処にも抜けられる穴なんて……! クソォ!』
青い炎が総動員で天井を隈なく確認するも、抜けられそうなところは一切なく、例によって掃除が行き届いていた。
「んー……俺の力で魔方陣を壊すことは出来ないのか?」
『出来無くは無いのじゃが……その事を儂から伝授するには結構な時間が掛かってしまう』
「他に手立てが無いならやるしかない。教えてくれ!」
『僕と契約して魔法少女になってよ! そうすれば僕が願い事を一つ叶え』
「俺は男だ馬鹿野郎!」
というかこの体ですらもうすぐ少年を名乗るのすら躊躇われる歳になるぞ……。
『いや、儂の言った方法と今の奴が言った方法は全く別じゃからな?』
「声が全く違うし、それは分かる。それで? 俺は何をすれば良いんだ?」
『『死霊使い』……儂等を使役し、扉に掛かった魔方陣を解呪するのじゃ!』
「ネクロマンサー……それがどんなものなのか俺には分からない。……だが! それが脱出する唯一の方法であるのなら成ってやろうでは無いか! ネクロマンサーとやらに!」
『ウケケケケケッ! その息だっちゃ!』
そんな訳で俺はネクロマンサーになるべく修行をすることとなったのだが、今回の師匠は何分姿が見えぬため、取り敢えずは部屋の中心で事を構えることにする。
「まず何をすればいいんだ?」
『儂等の声に耳を傾けるのじゃ!』
「既に傾けてるけど」
『…………』
『デュフフ……確かに』
いや、というより傾けて無きゃ俺真っ暗な部屋で一人部屋から出る事も出来ずに気落ちしていただろう。
『次は、霊力を使った言語を身に着けるのじゃ!』
『こんな感じか?』
『…………』
『俺達に出来ないことを平然とやってのけるッ!そこにシビれる!あこがれるゥ!』
これって伝わる奴にしか伝わらないから出来る事すっかり忘れてた……。
えーっと、これって確か寺の和尚から習ったんだったか……? 眉唾だと思ってやってみたら出来てしまい本気で驚いたことしか覚えてないな。
『次に、儂等に好かれる人柄ッ!』
『ねーねーアナタ名前なんていうの?』
「む? 久遠だ」
『とっても良い名前ね!』
「うむ。父より貰い受けた大切な名だ」
『へぇ~そうなんだ~! ところで……』
『…………』
『モテモテッスね。羨ましい限りッス』
質問攻めは苦手だ……その空気のままに沈黙が訪れた時の気まずさは半端無いぞ。
興味ないけど偽善からくる親切心から話し掛けただけってのが相手に丸伝わりするから互いに気まずくなってしまうのだ……。
その人について聞くのは名前だけで十分だと思う。
その後も、幾つかすべき事を告げられたのだが、俺はその全てを既に可能としていたせいでなにやら気まずい空気になりつつも、着実に行程は進んで行った。
『……これで最後じゃ。心して聞け』
「えぇ!? 俺何もしてないぞ!?」
『最後は、儂が貴様に『死霊使い』へ成る為の力を授ける』
「最後まで……何もしないんだな」
『えぇい喧しい。本来苦労することを全て完了してしまっているお主が悪いのじゃ』
そんなアホな。
……というか、『沢山の死を見る人生を送る』とかこの場ではどうしようもない行程もあったのだが、もし完了していなかったらその辺どうしていたのだろう。
さて置き、俺の黙考なんて気にもとめられず、俺の足元に魔方陣が浮かび上がり、描かれた六芒星の先には必ず青い炎が灯っているその魔方陣は、足元から脳天まで登って行き、俺を完全に通り終えると青い炎だけ残して消えた。
何も変わった様子が無く困惑する俺だが、何故か浮いて来た鏡を見ると、左目の瞳内に先程の魔方陣が展開されていたがものの数秒で消えた。
『……完了じゃ』
「じゃあ部屋から出られるのか?」
『慌てるでない。その前にお主は儂等を平伏させねばならぬ。『死霊使い』の力を解放しながらに唱えるのじゃ。【我が元に集え】と』
何だその無茶振り。
ネクロマンサーの力の使い方なぞ知らんぞ俺は。
……いや、先程左目にあった感覚を解放させるイメージでやれば出来るか……?
俺は一度目を瞑り、深呼吸して気を落ち着かせる。
そして一気に開放する気持ちで目を見開いて言う。
「【我が元に集え】」
瞳に収まっていた魔方陣が視感出来る程に広がった。
そして次の瞬間には賑やかだった声や明かりとなっていた青い炎達がその魔方陣の中へ吸い込まれていき、ものの数秒でまた真っ暗な静寂の支配する客室へと変えた。
急に静かになった部屋の中はとても寂しく、寒い感じがした。
『よし。儂の力を使い、魔方陣を破壊するのじゃ!』
「どうやって?」
『霊力を使った言語で命じるのじゃ。具現せよと』
『現れろ。ブルーアイズホ○イトドラゴン』
『ドラゴンなんぞ出んわ! 真面目にせい!』
御茶目なジョークだろ。
『具現せよ』
そう言葉にした瞬間、無い体の代用をするように、ベットのシーツが浮かび上がりローブを被る人型を模した。
その中からは目の様な赤い光が一つ漏れているだけで、単なるベットのシーツであるが故に中は空っぽだ。
『تواجبه سحر وقطس ت ریز دو را ط عاخرد』
……………。何て!?
全く言葉の意味が分からないことなんて何十年振りのことだろう。
ペルシア語が元となっていることだけは物凄く何と無く分かるのだが……文法もクソも無い滅茶苦茶を口に出しているだけにしか聞こえないそれは本当に言語なのだろうか。
しかし、効果は確かに合った。
攻撃していないのに浮かび上がった魔方陣は、ガラスの様に砕け散ったのだ。
今なら、と俺は扉を蹴り破った。
『力が必要な時は我らを呼べ。我ら魂の一片まで主の為に』
廊下の明かりの光が部屋へ入ってくるのと同時にシーツは床へと落ち、声も聞こえなくなった。
「久遠! もう大丈夫なのか!?」
蹴り破られた扉を完全スルーして、早々に駆けつけて来たエゼリアがそう言いながらに駆け寄ってきた。
「あぁ。……というか、部屋に鍵掛けやがった馬鹿野郎は一体誰だ?」
「鍵? 何の事じゃ? 治療を終えたワシとエミリーは席を外したが鍵なぞ掛けておらんぞ」
「む? そうなると一体誰が……」
「御姉様よ、間違いなくね」
エゼリアとは反対方向から来たエレアノールエミリーが言った。
「エミリー。……どういうことだ?」
「久遠さんが倒れたせいで明日もう一度やり直そうということになったのだけど、御姉様が猛反対。……明日になっても目覚めなければ無条件に御姉様お気に入りの勇者へって話になっていたわ」
えぇとつまるところ優人に不戦勝させる為に俺を閉じ込めたと。
「汚っ! 一国の姫がすることか!」
「えぇ全く。……次元魔法の痕跡がありますね」
「姉妹共に次元魔法を使えるんだな」
「えぇ。……どうやら結構な迷惑を掛けたようで」
「気にするな」
というか、エレアノールエミリーが気にする事では無い。
取り敢えず今は空腹で死にそうの為に何か食うものを探しに行かねばならぬ訳で。
食堂にでも行こうかと考えた俺の服を引っ張る存在が居た。
振り向いてみるとそこには。
「オールドファッションと聞いて」
十が居て、振り向いた俺の人差し指をギュッと握ったのだった。




