043 前世と最高値
始めて使う筈なのに懐かしい感じがする。
なんて、デジャヴを思わせる思考が頭の中を廻る最中に俺は炎の棍棒をまるで爪楊枝でも折るような感覚でへし折って、若干燃え移った炎を動作無しに掻き消しながらに歩き出した。
起き上がるのに動作を忘れた俺は、何時の間にか起き上がっていて、何時の間にか歩き始めている。
一瞥した研究所内を見るにサトゥルヌスはここへ蹂躙目的で来ていた訳でないことが分かるが、俺が吹っ飛ばされた際に起こった衝撃や騒音で何事かと出て来た白衣姿の人間がチラホラと出て着始めている。
俺はそれを全てを焼いた。
人の焼ける臭いなんてする前にその体を焼き尽くし、塵も残さぬその炎は間違うことなく戦場を蹂躙してきた炎。『発火能力』によって生み出された炎だ。
黒剣に支配された焼くモノを選ぶ炎では決してない。
触れてしまえば例え発現者であっても容赦なく焼き尽くす業火。
コレで研究所を灰にすることも可能だろうが、そうなると偽剣アロンダイトを残すことは難しくなって来る。
少なくともその刀身は刃を保っていることは叶わないだろう。
「……どうやって抜け出した? そこのガキの魔法が無ければ熱で腹に風穴をあけられるレベルの魔法だったんだが」
「…………」
俺は答える必要性を感じられずに声を出すことを止めた。
周囲を絶えず焼きながらに俺の周りを漂う炎のベール、俺は巨大な矢の形状へと変えていく。
『バリスタ』。ここは授業の場でも何でもないのだから、戦いを楽しもうとも思えないんだから、態々技名を言いながらに攻撃する必要は無い。
放つ速度はスヴェトラーナへ放った時の何倍も速く、とても目で追える速度では無い。
光の様に瞬きした瞬間にはサトゥヌルスの腹部を貫いた炎の矢は止まる事を知らず、上にエレアノールエミリーの居る崖岩を熱で溶かしながらに抉り、静止したであろう時には既に炎の灯す光すら見えなんだ。
「私に炎は効かん。……? っ!? お前……何だ」
だろうな。だが、お前の知る炎と俺の生み出す炎は根本から違うんだよ。
『発火能力』によって生み出された炎は物体だけでなく、その精神をも焼き尽くす、揺るぎ無く全生物の天敵であることを、俺も今の今迄忘れていた。
何故忘れていた? ……いや、何故思い出した? が正しいのだろうな。
まぁどうでも良い。
炎の化身足り得ているのだろうサトゥルヌスも精神にまで炎耐性がある訳無いだろう。
体の中に炎竜でも飼ってなければ俺の炎によるダメージは軽減なんて出来ぬぞ。
俺は手を天に翳し、それを合図に数え切れぬほどの『バリスタ』が空を埋め尽くし、その矢先はサトゥルヌスへ向いている。
エゼリアの姿が見えないが、恐らく俺の炎が崖岩を抉った為にエレアノールエミリーの安全確保へ向かったのだろう。
…………好都合。
友達にはあまり見られたものでは無いエンターティナー、魔族解体ショーが始まる。
意図的では無くとも、いや逆に意図的にしなくても、これから俺の生み出す結果は『解体』の二文字だけだ。
違いはコンガリ焼けてるか焼けてないか、それだけの違い。
「有り得ない……人間にこんな魔法が……」
「……コレが魔法に見えるのか」
どうやらこっちの世界の人間は魔法も超能力も一纏めに扱うらしいが、俺としては結構不快である。
無知な人間の知ったかぶりを聞いてるようで、虫唾が走る。
俺は手を振り下し、全ての矢をその荒れた荒野へと突き刺す。
果たしてサトゥルヌスにはどれだけ当たったのだろうか、なんて心底どうでも良いことを考えながら、既に死んだ土地を再殺するように燃える炎の中、それらを操作し俺の踏む部分の炎だけを横にずらしながら、サトゥルヌスの気配がする方へと足を進める。
「ぎ、ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃやぁああぁあぁぁぁぁあああぁぁあぁぁぁああああぁぁぁああぁぁっっ!?」
正直、気配を探る必要性の無さに嘆息を洩らすしかない騒音だがこの叫び方だと5,6本は刺さってくれたのかもしれない。
依然として外傷は無いというのに随分と騒がしい……我慢というものを覚えろよ上位種。
多分、魔族の中でも下位の奴なんだろうな。
器の底が見えるようだ。
両手で目を覆い、転げまわるサトゥルヌスの前まで行くと俺は首を掴んでその体を持ち上げる。
「……あれ? そういえば俺って何故こんなのに時間掛けてるんだっけ」
「ぐぅぅぅぅぅぅ……な……に……?」
「別に聞きたいことも無いし、面白くも無い。……何故?」
「ふ、ふざけ!」
俺は手刀を落としていた。
アニメで例えるのであれば、そこまでに行き付くセル画を全て廃棄して、結果だけを残したように、俺は手刀を振り下した後だった。
俺は何時の間に首から手を放した?
俺は何時の間に手を振りかぶっていた?
俺は何時の間に、サトゥルヌスの身体を真っ二つにしていた?
…………あ、思い出した。
この感覚は昔の俺で、手加減っていう言葉を知らなかった俺だ。
最強で、競う相手の居ない。
最悪で、余りに残酷すぎる。
この軟弱な俺になる前の、言うなれば前世の、俺だ。
どうやらどうにもどうしてか、俺のスキルは『発火能力』などでは決してなく、一時的に昔の俺の力を取り戻すことの出来るスキルだった。
いや、俺を主観ではなく客観的に言うのなら『前世の力を得ることの出来るスキル』か?
どちらにせよその記憶を持っちまってる俺からしてみれば取り戻すが一番近い感覚な訳だが。
「クフフ……クハハ……」
「しぶといな」
真っ二つにされたまま笑うとか声を発するのに喉を使っていないのか……?
手応えはあったから間違い無く死ぬはずではあるのだが。
「キャハハハハ! 魔族は死なない! 消えるだけだ!」
「それは死とどう違う?」
「キャハハ、言う必要があるか? これから死ぬお前に!」
「奥の手でもあるのか?」
だとすれば自爆なんていう期待外れの物では無くしっかりとした戦術があることを願いたい訳だが、どうにもサトゥルヌスに余力があるようには見えない。
「2日後、魔王軍はこの国に攻め入る。ここで私が消えたら、そうすることになっていたのだ!」
「…………なんだ」
こいつに何かできるという訳では無く、他力本願な奥の手という訳か。
ガッカリというかなんというか……人間を下等種と見下す暇があるなら他人を頼らずとも俺に喰らいつける程度には強くなって欲しいのだが、どうやら若い見た目とは違い結構な年月を生きていそうであるし、今更他人に教えを乞う事も出来無かろう。
自主トレーニングで出来ることが限られていることは長年の経験則から言える事実であり、こういうプライドばかり高そうな奴は上がいても今の自分で納得してしまうから強くなれねぇんだよ。
「キャハハハハ! 何百万の軍勢が、人間なぞ一瞬で屠……」
「もう、良い。聞くに堪えぬ」
俺はサトゥルヌスを握り潰し、退屈な気分を隠すことなく顔に出しながらもエレアノールエミリーとエゼリアが居るであろう崖上までの道を軽く助走付けてから跳躍してほぼ90度の壁に相違ない崖を難なく突破する。
移動しながらに俺の全身が朱く光っているのに気付くと俺は成程、と思った。
授業の際にも朱く光っていたが、あれはどうやら無意志中に『リミット・リワインド』を発動させていたせいだったらしい。
だから光っている間は仕えた『発火能力』が収まった時には使えなくなった。
あれは数分で自然と光が消えた。きっと今もそれは変わらないだろう。
崖上には予想通りエレアノールエミリーとエゼリアの姿があり、二人は唖然とした様子で此方を見ていた。
「どうした、強い敵を前にしたと思っていたらすぐ隣にいた人が何の問題も無くやっつけちゃってなんか気まずい、みたいな顔して」
「久遠、その爪は何処に隠していたの? 胃の中?」
「そんなところだ。それより今度こそ研究所を焼く。あの施設、地下はあるのか?」
「……えぇ」
「分かった」
俺はそれだけ言うと、サトゥルヌスのせいで下がりっぱなしとなっているテンションのままに鞄から黒剣を取り出し、面倒臭くも仕事を熟すべく、単純過ぎる炎を創り出す。
偽剣アロンダイト以外焼け。
それだけ念じて黒剣を振り、先程のド派手な炎球とは打って変わり、飛ぶ剣戟を連想するような三日月を描いた炎が研究所へ向けて射出された。
その大きさは30mを超え、放った際ナチュラルに崖を抉ってしまい崩れてしまうのではないかという不安を残して三日月形の炎は研究所を襲った。
中に居た人間には悲鳴をあげる暇すら無い死が待っている。
死に火葬のオマケが付いた殺戮は、研究しながらに死ねたのだから研究者冥利に尽きるだろうという手向けの言葉とともにくれてやった。
そして、崖は抉るだけだったが研究所は跡形も残らなかった。
確かに地下もあったらしいが、『発火能力』によって生み出した炎ごと超巨大なクレーターを造り出し、その中心点にある研究所跡地には何かが散らばっているのが見える。
「エミリー、あのクレーターの中心に連れて行ってくれ。俺に任せるとお前が恐怖体験をすることになってしまう」
「分かったわ」
「ちょ!」
転移魔法は共に転移するものに接触していなければならないらしく、エレアノールエミリーは俺の手を握り、意図的にエゼリアを置いて転移。一瞬でクレーターの中心へ辿り着く。
「こ、これって……!」
「偽剣アロンダイト。お前の好きにさせる為これだけ残した。好きにするが良い」
散らばる偽剣アロンダイトの数は1000振りを超え、失敗も考えれば何千人もの犠牲がこれを生んだことが良く分る。
その収められた魂達は何もかもを諦めた様であり、1割足りぬとは言えども魂は変わらず有り続けているというのに死んでいるのと変わらない。
あの偽剣アロンダイトに収められていた魂だけが特別だったという訳だろう。
「……ありがとう」
「気にするな」
礼を言われる予定は無かったな。
エレアノールエミリーは俺に礼を言ってすぐ、魔方陣を展開させたかと思った矢先に禍々しい底なし沼の様なものを出現させ、それで約1000振りの偽剣アロンダイトを飲み込んでいく。
アレがどんなものかは分からないが、行動に迷いが無い辺り心の何処かで決めていたことを実行しただけなのだろう。
「エミリー貴様っ! ワシを置いてくとは何事じゃ!」
沼が全ての偽剣アロンダイトを飲み込むのと、エゼリアが追い付いて来るのは同時だった。
どうやら随分魔力を使わせてしまったらしく、額には汗が滲んでいる。
「別にこっちへ来る必要は無いじゃない」
「おいて苦必要も無いじゃろ!」
良く分らないが二人は水と油みたいな関係性を持つようだな。
どんなに関わっても決して交わることのないが、料理には欠かせない。
そんなことを考えていたら体の光が消え、元の軟弱な俺に戻る。
「そういえば、久遠のレベルはどうなった?」
「数日でLv10にする計画じゃったが、今日は色々有った。期待出来るぞ」
というか、エレアノールエミリーもエゼリアも、つい今さっきまで俺が光っていたことには全く触れないのには何か理由があるのか?
まあどうでも良いがな。
俺はワクワクしているのが目を見れば嫌と言う程伝わってくる二人の目を見ながらに鞄からステータスカードを取り出し、二人に見せる。
千壌土 久遠 15歳
職業:勇者 Lv10
どうやら地下での戦闘と魔族戦に加え、研究員と献体の虐殺によりレベルは最高値へ達したらしい。
流石にこれだけの数戦闘を熟し、そして殺してきてレベルが最高値へ辿り着かなければレベルをカンストさせられる人間は大量虐殺者に限られてしまうことになる。
取り敢えずは当然ということになるのだろうなと思いながら見ていると、二人の顔が緩んでいることに気付く。
「凄い凄い!」
「やったのじゃ!」
なんて、約一名のテンションの低さなんてお構いなしに俺を巻き込んだ三人で抱き合って喜ぶという体育会系なことこの上ない喜び方をしながらに、エレアノールエミリーもそんな声を出すんだな、なんて考えていた。
その後、一刻も早く王に知らせようということになり、転移で王宮へと戻ると風呂へ突っ込まれたかと思ったらその次にはまた新しい服に着替えさせられ謁見に相応しい身形にされたかと思ったら再び転移。
慌ただしいなと思いながらもテンションの高い二人に押され、謁見の間へと来た俺達の前には、先客として居た数人の女児に囲まれる優人がいた。
「あ、久遠さん!」
俺に気が付いた優人は嬉しそうに近寄ってきて、報告する口調で言う。
「僕、ついにLv10になったんです!」




