042 魔族は炎族
その二秒後に後悔することになったのは言うまでも無いことでるが、例によって俺はどう着地すれば良いのだろう。
バリアは炎球を掻き消してすぐ姿を消し、下に広がるのは荒れた荒野。
しかも俺に向けられる敵意は今にも牙を向きそうというこの状況。
正直、チェックメイトと王手を同時に掛けられた気分なのだが、そんな状況から俺はゲームのルールを覆す様に王を王取して救い出された。
「ぬしは鳥か? 後先は考えて行動するものじゃ」
なんて、そんな言葉と共に現れた救いの手は俺の身体を浮かび上がらせた。
正確には思いの外早く地面に辿り着いたといった感じであるが、俺は空へ着地するというキマイラ大泣きの飛行を成し遂げていた。
「やはり空中戦は空を駆けるに限るのう」
「まだ戦ってないぞ」
「何……じゃと」
いや見て分かれよ。
というか、飛んでから二秒足らずで戦闘に突入とかどんなスピーディー展開を所望しているのか本気で問い詰めたいのだが残念なことに今はそんな暇も無い。
原理はよく分らないが、どうやら空を地面と同様に駆けることを可能とする魔法を使ったようだ。
恐らく戦闘要員ではないエレアノールエミリーが来ず、俺の攻撃をものともしないような実力を持ったエゼリアだけが来た辺り、本当に敵襲なのだろう。
しかし、俺が戦う場合には正直仲間は邪魔である。
斬る相手を限定しなければならないというのはそれだけで他に気をまわしているということだ。
まあ今の俺にそんな心配をする実力があるのかは分からないが、余計に弱くなってしまっては本末転倒だ。
空を駆けるのは案外難しい。
下へ行きたい場合は階段を想像して足を動かさなければならないし、真下へ行こうとしたら落ちる。
上へ行く場合も同様に階段を想像しなければならないが真上にはいけない。
どうやら道を先に想像し、その道を移動するイメージらしい。
「これも魔法か」
「そうじゃ。といっても、勇者が使っていた魔力をそのまま使うそれの応用じゃがの」
弔の魔弾と同じ仕組みらしいが、どうにもアレは応用が効くらしいな。
さて置き、今は敵の掃討をしなければならない訳だがその敵が見つからない。
てっきり全長10mの怪物かと思っていたから敵の捕捉から始めるなんて夢にも思わなかった。
「エゼリア。敵の位置は」
「建造物……研究所の中じゃな」
というか、分かってないのに突っ走ったんかい! なんていうツッコミを受けながら、俺は黒剣より炎を生み出し研究所へと放つ。
その炎もまた見えない壁に防がれた。
だがそれによって掴んだのはバリアを創り出した者の魔力の尻尾。
魔力と縁遠かったせいか魔力の流れを鬱陶しく感じる分良く分かる。
「ミ ツ ケ タ」
「どうしたのじゃ!?」
「?」
魔力の主、魔族とやらの気配は研究所の中でその入り口へ向かって移動している。
俺とエゼリアは荒野の上に降り立ち、ゆっくりとその姿を現した存在へ目を向ける。
そこに居たのは老婆だった。
あからさまに胡散臭そうなそいつは、腰が折れ曲がっているというのに悠々と歩いてくる。
俺はそいつの姿を見た事があった。
「お前……ベアトリーチェ(仮)!」
「(仮)って何じゃ?」
「本名じゃないのだ。名乗る気の無い様子に腹が立ったのを覚えてる」
「ほぉ、あの時の小僧か」
「だから殺すっ!」
こいつなら、黒剣による攻撃を防げても何の不思議も無い。
元々の持ち主であるのだから、恐らく黒剣の弱点でも知っているのだろう。
俺は黒剣片手に一歩で砂埃を撒き散らせながらベアトリーチェの眼前まで移動し、黒剣を持たぬ手を剣に見立て、振り下す。
成程、レベルが上がれば身体能力も上がる。
優人のあの跳躍力はレベルによるものだった訳か。
繰り出された手刀は確かにベアトリーチェを捉えた筈だった。
俺の繰り出した手刀はまるで的外れの場所を切り裂いたように空を裂いた。
ここまで清々しく攻撃を外すだなんて、俺も老いて……はない。……若返ったな。
「何処を攻撃っ!?」
声が聞こえた場所へ向け再度移動、手刀、と流れる様に繰り出すも、また空を斬る。
何だ? エレアノールエミリーと同様に転移魔法とやらを駆使しているのか?
「話を聞け!」
「何だ? 貴様はアレか? 仮○ライダー気取りか? 変身するまで待てとでも?」
「かめんらいだー?」
「気にするな。で、どうなんだ」
「……下等な人間が」
ベアトリーチェが言った。
下等……人間という括りを下等という奴は少なく無く存在したが、よもや人型を取っている奴に下等呼ばわりされるとは、人間はどれだけ見下されているのだろう。
取り敢えず、今の俺では攻撃を当てることすら至難な状態だ。
どうにかして攻撃を当て、そんな状況からは即刻脱出したいのだが、今のままここまで早い相手と戦うのは得策では無いし、策が思いつくまで会話に付き合うのも良いだろう。
「ふむ、その口振りから察するに、魔族なんだろう? あのナイフ、有効活用しているか?」
「魔族? ククッ、そうだな。私は魔族一の美女サトゥルヌス。魔王様に仕える四天王の一人よ」
「「…………美女?」」
いや、歳考えろよ……訂正、鏡かエゼリアを見ろ。
何百年生きようともこの肌を保ち続け、尚且つ美術品のような容姿を持つ彼女だぞ。
魔族の寿命は知らないが、そんなヨボヨボになってまで美女を名乗るのは……見苦しいとは思わないのか!
「……あぁ、今は老婆に擬態しているのでしたね」
サトゥルヌスがそう言った次の瞬間老婆の身体は捻じれ、折れ曲がり、終いには腹から裂けて行き、血や内臓と共に体積が明らか違う体が這い出してきた。
髪は燃える様に紅かった。
体は燃える様に朱かった。
眼は燃える様に赤かった。
全身、燃える様にあかかった。
厳密に言えば肌色の部位もあったが、魔王の配下ということもありもっと黒々としたイメージを持たざるを得なかったサトゥルヌスは炎に身を包み、人間の感覚から言っても美女の顔をした異形にして人型な圧倒的存在感を放つ存在だった。
どうにも女難の相は抜けてくれなかったようで、敵にまで女が現れてくる始末。
しかし今回現れてくれた相手に関しては、俺の口端が吊り上る程に嬉しくもある。
人外との戦闘は、全長20mのツチノコが最後だったか。
あいつの牙に備わった尋常ならざる猛毒は持ち帰ろうとして入れた容器すらも難なく溶かす溶解液であり、溢れんばかりのそれを撒き散らせながらに戦うあの戦法は、場所がジャングルという障害物が多い場所でなければやられていたかもしれないものだった。
その長い尻尾に囲まれたときはもう駄目かと……って、今の相手は馬鹿デケェ蛇じゃない。
しかし、サトゥルヌスが姿を現した瞬間にまた熱くなってきやがった。
……黒剣を持っている訳だな。炎を操る訳か。
「俺が斬ってたのは陽炎ってことか?」
「そんなところ。水地の無いこの場所で私と戦うのは得策ではないが?」
「関係無い」
昔から炎とは縁があるし、『発火能力』を使うに当たって火の熱に耐える訓練はそれこそ死ぬほどやってきたから全身火傷位では俺の心が折れる可能性なんて皆無だ。
相性は最悪だが最高でもある。
どっちの方が炎の使い方が上手いか試してみようか。
「それに、水はあるしの」
エゼリアはそう言って、周囲に水の塊を漂わせてみせる。
周囲はかなりの温度があるというのに、エゼリアの生み出した水は蒸発するどころか沸騰した様子すら無く、そこにあり続ける。
どうやら今回、俺よりエゼリアの方がサトゥルヌスとの戦いは向いているらしいが、ここは譲るべきか。
適材適所。
俺は熱さに強いが別に体が火に強い訳では無く、単に我慢が利くというだけであって、火を受ければ火傷だって普通にするし髪に燃え移れば焦げるし目に入れば眼球の水分が蒸発する。炎の生み出す苦痛は人一倍知っている。
それにそろそろ俺も落ち着いて良い頃だし、戦ってばかりではいられないだろう。
俺は俺の仕事をしっかりとこなせる、そんな大人になりたい。……じゃなくて。
「エゼリア。アイツお前が殺るか?」
「む? まあ構わぬが……ぬしがやりたくて生き急いだのじゃろう?」
そんな死に急ぎ野郎みたいな……。
「まあそうだが。だが俺より奴とやり合うのに向いているのはお前だ。違うか?」
「違わんな。…………ま、まぁ? “友達”の久遠がど~してもって言うんならワシが援護してイーブンの状態で戦えるようにしてやらんでもないがの? ま、“友達”じゃし? ワシ友達大切にするし?」
「本当かっ!? 是非頼む! そんなことをしてくれるなんて、エゼリアと友達になって良かったぞ!」
なんて、俺はメリットなんか気にして友達作ったりなんかしない訳だが。
「そ、そうじゃろ? ワシと友達になって良かったじゃろ? ワシ頑張るからな! 久遠の為に!」
どうにもエゼリアは友達の意味を履き違えている様子だが今それを訂正している暇はないし、その辺の誤認識はこれが終わった後にでも修正しよう。
取り敢えず、エゼリアが人付き合いの物凄く苦手な奴であることは分かった。
恐らく何百年という時を生きて来たことで周りから一定の距離を置かれた生活を続けて来たせいでそんなことになってしまったのだろう。
取り敢えず、過去に戻ってこんな奴を仲間外れにしていた奴ら全員殴り倒したい。
まあ威厳とか考えて取っ付き難いキャラを演じていたんだろうから仕方が無いといえば仕方が無いのかもしれないが。
そんなことを考えていた俺を薄い水色が覆う。
色合いから察するに水系のコーティングが俺の身体に施されたということだろう。
「これで火を相手にしてもワシの魔力が尽きるまで大丈夫じゃぞ」
「ありがとう。助かった」
「うぬ! ……あ、もしかしてと思ったが分かっておらんかったら困るから言って置くが、もし今のままでは拙いと思ったら────────と言ってみるが良い」
「……? 了解」
俺は黒剣を鞄に仕舞い、両手を使える状態にしてから、クラウチングスタートでサトゥルヌスに向かって走り出した。
現在の俺は先程までとは打って変わり、どうしようもなく汗が噴き出すような暑さから解放されている。
まるで水中に居るかのようで水の冷たさを全身に感じられる。
そのせいでたまに息を止めてしまいそうにもなるが、呼吸は普通に出来るから変な感じである。
「やっと戦闘開始ね」
「そういえば待っててくれてたな。ありがとう」
本気でヒーローに倒される悪役のようだぞ。
「最後位話させてやろうという私の計らい、さよならのキスでもしたか?」
「してない。必要ないからな」
俺は喋りながらにサトゥルヌスの生み出す陽炎の幻影を全て手刀で裂いて行くも、相手に攻撃が当たる様子は無い。相手も会話している所をみると随分余裕である。
炎が効く相手ならやりようもあるのだが、本気で相性悪いな。
まあ目には目を、歯には歯をの作戦で行くか。
俺は一度辺りもしない攻撃を止め、そこから10方向に分散し、同時に何か所もの場所を攻撃する。
佐助という忍者の末裔に教わった分身の術だが、人間離れした身体能力を前提とした技であり、どうにか出来たという感じだろうか。
「チッ!」
攻撃が掠った。
しかし、分身が攻撃を当てた場所はサトゥヌルスの姿が影も形も無い所であり、そこには影も形も無い。
……姿を隠すことも出来るのか。
となると、視界を宛てにした戦闘ではとてもじゃないが決定打を当てることは叶わない。
丁度ついさっきまでも目隠しで強者と戦っていたのだ。
気功による気配探知もフルに活用すれば視界が無くとも戦うことは容易い。
ただ一つ不安点を挙げるのであれば、疲労が溜まっている可能性か。
俺は見付けたサトゥヌルスの気配へ鋭い手刀を繰り出し、接近戦に向く攻撃を持ち合わせてはいないのか、同じく物理攻撃で返してくるサトゥヌルスと攻防戦を繰り広げる。
相手の攻撃は、どうにも受けたらマズそうな為に全回避を余儀なくされ、こちらの攻撃は30発中28発という命中率の低さで当たる場所も決定打にはなり得ない場所ばかりだ。
それでも攻撃は当たる。ジリ貧になると感じたのであろうサトゥヌルスは距離を取り、追撃する俺に向かい炎の鞭を放ってくる。
「熱いには熱いのか」
それを受け止めた俺に火傷等の怪我は無いが、熱さだけは十分すぎる程に感じる。
恐らく1000度は軽く超える炎なのだろう。もしエゼリアの援護が無ければ手が焼けるでは済んでいないだろう。
「…………鬱陶しいな、人間風情が」
気配が変わった。
眼を開けて事態を確認しようと思った時にはもう遅い。
俺は、何時の間にか後ろに合った研究所へと尋常じゃない熱さの何かで吹っ飛ばされ、吹っ飛ばされながらも熱さが持続する。
焼けていないのにくる焼けるような痛みは、全身を支配する。
研究所の扉を全身でブチ破り、中を散々荒らして俺は静止する。
未だ伸し掛かるそれは、燃え盛る巨大な棍棒のようだった。
炎だというのに触れる。そんな不思議現象も今は不快なものでしかない。
……熱い。熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!
耐えられると言っても限度がある。
流石の俺もここまでの高温を継続的に受けた事なんて無い。
……ソが。…………クソが。
炎を扱う事には自信もあっただけに尚の事腹が立つ。
エゼリアは、友は拙いと思った時に言えと言ったが、恐らく今がその時だろう。
何の事かは分からないが、その単語は力を得られる気がしてならない。
「『リミット・リワインド』」




