041 炎球と襲来
和解、とでもいうのだろうか。
その後、俺達3人は地下を出て、国外10k地点にあるという研究所の全体像を見ることの出来る崖の上で下を見下ろしていた。
俺が入国した際とは反対方向へ10k地点にあるそこは、盗賊達の住処が有った森林とは打って変わり、痩せた土地が一面に続く緑の無い砂漠一歩手前といった場所だった。
此方側には一般人が近寄らないことは道を歩いていて理解出来たし、研究者達が街と研究所を行き来などせず研究所で暮らしながら研究しているということも距離を考えれば頷ける。
現在俺達の居る崖上まではなんと歩いて来ていない。
エレアノールエミリーはその高レベルなスキルもさることながら、次元魔法という特殊属性の魔法を得意としているらしく、転移魔法なる『瞬間移動』に類似した魔法を使えるらしい。
正直これは喉から手が出る程に欲しい能力だった為、友達のよしみで今度教えて貰うこととなった。
本来王宮剣術に並ぶ秘匿性の高い魔法らしいのだが、聖剣研究の抹消に対して目には目を歯には歯をの精神でお返しもしてくれるらしい。
……御礼参りじゃないぞ?
「で、あの場にある資料は余所に保管されてたりしないだろうな?」
「しない。ここで久遠がアレを焼き尽くしてくれれば偽剣アロンダイトを知る研究者は全員死に絶え、その実験が有った事は私達しか知らなくなる」
「なーなー勇者? ワシも友達でいいかの? なーいいじゃろ?」
成程な、2世代分続いた実験の割に秘匿性は十分過ぎるようだな……王にも知らせていないのは恐らく、宗教国であるこの国の王が神への冒涜を了解する訳がないからだろう。
しかし、ならば研究者達は何を得る為にあそこへ籠って研究を続けているのだろう。
完璧な偽剣アロンダイトを造り上げたとして、そこに見出せるメリットがあるのか?
「そういえば、エミリーの母親はどうしてるんだ?」
「お父様に相手にされなくなってからはずっとあそこで研究」
「一緒に焼いて良いのか?」
「良いの。我儘を言ったら未来が変わる。それに……例えお母様が生きてても、幸せな未来は来ない」
「エミリー……」
「なーなー。ワシも友達が欲しーのじゃ。ここ数百年敬われるばかりで対等の関係なんて無かったのじゃ」
尋ねるなんて真似はしないが、恐らくエレアノールエミリーは母親をも殺してしまう運命の選択を取るのと共に自分の命も絶とうと考えていたのではないだろうか。
それ故エレアノールエミリーは死に、研究も消え失せる未来が一番可能性の高いものであった。
そう考えれば、まるでエレアノールエミリーを殺らねば俺が研究を潰しに掛からないような未来が見えて来たのにも納得がいく。
「でも大丈夫。新しいお母さんが出来たから」
「何処に?」
「ここに」
「何……だと」
「それじゃお母さんじゃのうてお父さんじゃろー!」
「なんて、嘘だよ。友達でしょ?」
「うむ」
「ごめんなのじゃー! 空気読まんでごめんなのじゃー! 無視しないでおくれ! 幼女は寂しいと死ぬんじゃぞ!」
それは兎だ。
しかし、エレアノールエミリーの『久遠さんお母さん発言』は結構本気の声色に聞こえたのだが……残念極まりないが俺には母性どころか父性すらあるかどうか危うい訳で、人の親になった事の無い俺にエレアノールエミリーのお母さん役は無理だ。残念ながらな。
「エゼリアはさっきから何を騒いでおるのだ?」
「っ!? やっと反応してくれたのじゃー!」
あ、止めろ。今抱き着くな血が付くぞ……ってここを出る前に服だけは変えたんだっけか。
……例にもよって貴族風の恰好に、な。
この国金持ちなのか? こんなホイホイ高そうな服渡してくれちゃって。
さて置き、どうにもエゼリアは撃たれ弱く、少しでも優しくされたらクズ男にコロリとやられてしまいそうだ……。
許しませんよ。お母さん、人を見る目だけはあるんだから、私の認める人以外の所になんてお嫁にやりませんからね。
なんて、顔を埋めるエゼリアの頭を撫でながらに思う。
「母さん母さん」
「誰が母さんか」
「いや、つい。久遠がお母さんになる未来見ちゃって」
「あぁそれならしょうがな……!?」
今物凄く嫌で有り得ない言葉が我が友エレアノールエミリーの口から出て来たぞ。
「ロリババァ、久遠の感触を堪能してるよ」
「え」
「すぅ……はぁ。む、違うぞ。これは獣に気付かれるレベルで血の匂いがしないか確かめているだけじゃ!」
いやそもそもこんな荒れ地に獣が居るか。
ハイエナ位なら居そうなものだが、それでも狙われている感じは全くしないという。
俺はエゼリアを引き剥がし、名残惜しそうな顔をしていた為その辺に捨てた。
べチャッと突っ伏したエゼリアは瞬時に起き上がり、血走った眼を此方に向けて言う。
「ふつー捨てる!? 勇者はワシがどうなっても構わんのか!?」
「色欲に塗れた目をしてたからやった」
「反省はしているが後悔はしていない」
「ワシだけ仲間外れにしよるし! ……グスッ」
今全然まったくこれっっっぽっちも関係ない話であるのだが、俺は女の嘘泣きを見ぬく事が出来る。
俺自身演技の嗜みがあるせいというのもあるのだろうが涙を武器にする女という生き物は案外何処にでもいて、そいつらと交流を交わすうちに『あぁこれは嘘泣きだな』なんて平然と分かる眼力を備えてしまった。
正直、歳を食ってからは全く役に立たなくなった特技の一つであり、暫くぶりのご使用であるのだが…………エゼリアさんガチ泣きしてるわ。
確かにエゼリア位の外見から察知られる年齢であったなら周りに仲間外れの対象とされた場合には泣き出してしまっても不思議はない。
ただエゼリアの場合は数百年を生きているというのだからそれは当て嵌まらない……筈なのだが、現在涙目のエゼリアが目の前に居る。
俺、子供を泣かす大人って嫌いなんだよな。
「仲間外れなどにはしていないぞ」
「……でも、ワシの事、無視…グスッ……したし」
「違う。余りに当たり前すぎて返答する必要性を感じられなかっただけだ」
「……?」
数百歳……なんだよな?
「お前が確認するまでも無く、俺達は友達だった。故に返答する必要が無かったのだ」
「ゆ、勇者……!」
「勇者じゃない。……久遠と、呼べ」
「チッ」
上目使いで涙目をこちらに向けて来たエゼリアの目元を拭いながらに鳥肌モノの『男子必見! 乙女メロメロボイス!』……要は声色を使ってそう告げる俺を横で見ていた友は露骨な舌打ちをして見せているが、使った方にも大ダメージがあるのだからこれ以上追い打ちを掛けないで欲しい。
幼女に色目を使うのが私の友達か……なんて不名誉なレッテルを張らないで欲しい。
じゃあどうすればよかったんだと、視線で訴えかけるとエレアノールエミリーは視線を逸らし、決して合わせようとはしなかった。
「……そろそろ始めても良いんじゃないかしらー」
「う、うむ、そうだな」
「友達……友達じゃー……エヘヘー」
エゼリアはどんだけ友達が欲しかったんだよ。
さて置き、真面目に行動を開始するとしますか。
今日、俺は学校に遅刻しそうになりながらも昨日の様な失敗はせず、鞄の中に黒剣もしっかりと入れて登校。放課後そのまま王宮に来た俺の持つ鞄には、黒剣がそのまま入っているのである。
いい加減鞘を得たいこの短剣だが、何故か忙しくて鞘探しをしている暇が無い。
俺は黒剣を構え、生み出す炎のイメージを始める。
「……む? それは魔装具か?」
「む? これは魔具というのだろう?」
しかしそのイメージは再度中断。
エゼリアの言葉に疑問を覚えた俺は、つい質問で返してしまった。
「何を言っとる。そんな無駄に強大な魔力の籠った魔具があるものか」
「というかどう違うのだ?」
「魔具は道具。魔装具は装備品。魔装具は魔具としても使えるけどしっかりとしたイメージの元発動させれば剣が防具になったりする」
エゼリアの説明に次いで、エレアノールエミリーが言う。
それはもう剣ではなく防具で良いんじゃなかろうか。
敵の目を欺くことは出来そうであるが、元々が武器であるのなら大差ない気もする。
「……良く分らんが、これは魔装具とやらなのか?」
「間違うことなくそうじゃろ」
まあ正直それが何だという話である。
今から俺が使うのは黒剣の魔具としての力であり、魔装具としての力はこれからも必要とする気がしない。
昔から防具は苦手で付けて胸当て位だったしな。
「取り敢えず今それは良いだろ。始めるぞ」
「うむ、そうじゃの」
話しながらに生み出す炎のイメージは決まった。
俺は黒剣を天へ向かって振り上げ、情報を明確にする。
座標はここから800m先、視界に写る研究所。
サイズは研究所を裕に呑み込みこの土地に止めを刺す程。
その刀身と共に振り下されるそれは、偽剣アロンダイトを除く聖剣研究に纏わる物者全てを一瞬にして無へと帰す太陽が如くの炎球。
偽剣アロンダイトを残そうと思ったのは、完全に思い付きだった。
どう処分するにしても、これだけはエレアノールエミリーに処理を任せようと思ったのである。
そして生み出されたのは、もう一つの太陽だった。
本来の太陽より近くにある分太陽より大きく感じられるその炎球は、長く見ていると目の水分全てを持っていかれる次元の熱を放ち、噴き出す汗を一瞬の内に蒸発させるそれは、最早炎の次元を超えていた。
「…………ヵ」
長く保つと、撃った側の本人命に本気で関わる為に、喉が異様に乾き声が出ないことに焦りながら、俺は黒剣を振り下した。
振り下す速度と炎球が落下する速度は全く同じだった。
それはまるでマッチを床に落としたような感覚と変わらぬ感じで、この辺一帯を飲み込むであろう炎球は振り下されたのだ。
しかし、研究所が燃える事は無かった。
「何だと!?」
炎球は、全く同じサイズである球状の結界の様な物で防がれ、少しの間は負けじと燃え盛っていた炎球だが、そう時間が掛からずにその存在を消され、炎で埋め尽くされていた空に青みが戻る。
「エミリー。あんな大規模な防衛があるとは聞いていないぞ」
「……有り得ない」
「エミリー?」
「あんな大規模な守護魔法、人間じゃとても出来ない。例え勇者でも」
「勇者……十の事か」
エレアノールエミリーが頷く。
確かに、俺の攻撃で難なく破壊される様なバリアで限界が来るような状態で、あの炎を難なく防げるバリアを生み出せるとは到底思えない。
…………?
「人間じゃ……ってことは出来る生物もいるのか?」
「…………居る」
「どんなのだ。友好的なら友達に…………にはなれそうになさそうだなァ、オイ」
どうやら、炎球を防いだ奴が俺をご所望らしく、ご丁寧に敵意を送って下さった。
殺意を付けて返してやるよ。上位種。
「魔族……魔王の手下だよ」
そんな言葉を最後に、俺は手に短剣しかないことを悔やみつつも崖から飛んだ。




