040 聖剣研究と姫様
俺の言葉はどうにも、当然のようにエレアノールエミリーの心には届かなかった。
エレアノールエミリーにとってこの場でエレアノールエイミリー自身が死ぬことは必然であり変動仕様の無い事実の筈だった。
しかし俺の傲慢且つ自分勝手な思考回路に翻弄された未来はそれを見るエレアノールエミリーをも翻弄し、結果エレアノールエミリーは何も言わなくなった。
正直、偽剣アロンダイトの材料にされた魂の方がまだ生気がある程に、エレアノールエミリーの目は死んでいた。
殺さずとも死ぬ。それは人間だけに起こり得る現象だが、実際なられたらたまったものではないな。
「で、エレアノールエミリーは何故ここまで追い詰められている?」
正直に言えばどんな理由が存在しようともその行為を肯定する気はサラサラない俺だが、今のエレアノールエミリーを見ているとご都合主義的理由が見えてくる気がしないでも無い。
「そもそも、聖剣研究はエミリーの母親から受け継がれたものなんじゃよ」
「ふむ、親子共にクズだな」
「ぬし、友達になろうと言っておらなんだか?」
「む? エレアノールエミリーがクズであることと、友達になろうとすることに何の共通性がある?」
俺の友の中には色々な奴が居るのだぞ。
悪人だけでいうなら泥棒、怪盗、詐欺師、etc……。
俺は悪を肯定しないが友を否定はしない。
例えその友が一般的に過ちを犯しているのだとしても偽善を振りかざして真っ当な道を歩かせようだなんて微塵も考えないし、そもそもそれはそのまま共に居られなくなる警察へ直行する結果となってしまうだろう。
俺の中では『善と悪』では無く『友と悪』。
しかし犯罪の片棒を担ぐ気なんて微塵も無いし、もしそいつがそのせいで窮地に立たされても理不尽な扱いを受けていなければ手を差し伸べる気もさらさらない。
逆に俺が悪行を犯しても俺に手を差し伸べる必要なんて無い。
多分それは、被害が増えるだけだ。
「……ぬぅ?」
「分からなくても構わん。俺は共に神聖さなぞ求めてはおらん」
行動が気に食わなければ潰すだけだしな。
友であるからこそ遠慮なぞしないが、一緒に居る時間が楽しいと感じられさえすればそれは友であるのだと俺は思うのだよ。
「で?」
「? ……? ……まあ良いかの。聖剣の研究は親子二代によるものなのじゃが、母は兎も角子は20にも届かぬ幼子。大規模な研究であるが故、統括出来る訳も無くお飾りに成り果てておる」
「姫の肩書を利用した材料調達のみを行っていた訳か」
「人間という、のぅ。もし魔物に神の加護があれば人間を使わずとも良かったのだがのう」
「その考えには同意出来んな。人らしい人間贔屓な考え方だ」
やれやれ、何百年も生きているというエゼリアでさえも人間贔屓とは、大量に人間の愚かしさを見て来ただろうに……それでも尚その考え方であるのならそれはもう脱帽だ。
まあ群れを成す動物であるのなら仕方が無いと言えば仕方が無いのだがな。
例えば狼であったなら狼贔屓な思考を持っているだろうし、シマウマやゾウだってそうだ。
俺みたいな思考の方が全生物でも少ないことは分かる。
「ワシも人間だからのぅ」
「…………何百年も生きる人間は居ないわ。このロリババァ」
「傷心しているのにワシを罵倒するのは忘れんのか!?」
生きがいなんだろ。
「……で、そのお飾り統轄は何故傷心している?」
「エミリーは最初、母から継がれる研究ということで期待し、張り切っていた。……しかしその実験を見て期待は打ち砕かれた」
「その時エレアノールエミリーは幾つだ?」
「6歳じゃ」
「ほぉ、その歳で善悪の定義を持っていたのか」
「早熟じゃった。その頃からワシの事をロリババァ、ロリババァと……」
「……貴女は何時になったら熟すのかしらね」
「ほっといてー!?」
先程より部屋の隅で体育座りのままにエゼリアの罵倒のみ口にするエレアノールエミリーはそれなりに暗い過去を背負っているらしい。
「……」
「で、でじゃな? その研究所でエレアノールエミリーは出会ってしまったんじゃよ」
「誰と」
「名前は知らん。当時のエミリーと同い年の少年……という話じゃった」
当時、エレアノールエミリーは6歳でありながら明確に自分の考えというものを持っていた。
歳の近い他の子供は姉妹であっても馬鹿に見えたし、現実エレアノールエミリーは既に知識量は別にしたとしても十代中盤の人間に近い考え方を出来ていた。
その理由は、エレアノールエミリーの得たスキル『未来予知』にある。
それはその名の通り未来を覗き見ることの出来るスキルであり、最大十年先まで見ることを可能としたその能力は幼いエレアノールエミリーに成長した自分の考え方を見せ、結果エレアノールエミリーの精神は極度の成長を遂げることとなった。
齢6歳にして16歳の感性と精神を持ったエレアノールエミリー、それは本来送る筈だった人生を大きく変化させる結果となり、そのもっとも大きな変化とは本来20歳になって初めて明かされる筈であった母の関わる研究を6歳で既に知る事となってしまったことである。
16歳の感性を持つエレアノールエミリーにとって母に手を引かれての移動は恥ずかしかったが、有る筈の無かった未来へと進む事への期待は既に知り得ることしか起こらなかった人生においてはとても新鮮で、未来を見ることなく母と共に研究所へと向かった。
その時エレアノールエミリーが最も後悔していたのは、母にスキルについて話した際にちょっとした見栄のつもりで20年後の未来まで見通せると言ってしまっていた事である。
最初、研究所に入った時はそれが何をしているのか理解出来なかった。
だから変わった筈である未来を見て、ここが何をする場所で今何をしているのか知ることにした。
そして後悔する。
スキルの効果を偽った事。
未来を見ずにここへ足を踏み入れた事。
そして何より、安易に精神を成長させてしまったことを。
人間を使った実験。
倫理に反しているとかそれ以前にエレアノールエミリーの常識としてそれがいけないことであるのは明らかであり、母がそんな研究に関わっていただなんて、一生知りたくも関わりたくも無かった。
しかし知ってしまった。
しかし関わることになるだろう。
エレアノールエミリーは眩暈がして、医務室で仮眠を取ることにした。
医務室の場所も、この研究を知るに当たって分かっていたし、何やら新発見があり此方から関心が無くなったらしい母から離れるのにも丁度良かった。
そう思って医務室への道を歩くエレアノールエミリーの目に、コソコソする少年の姿が写る。
声を掛けると少年は大層驚いた様子で此方を見たが、研究員でないことを確認するとホッと溜息を吐いてから陽気に話し掛けて来た。
エレアノールエミリーは未来予知を使わずその少年と対話した。
その少年も他の子供と大差ない幼き思考をしていたが、何故かその少年と話すのは面白かった。
それからは、度々連れて行かれることとなる研究所では必ず、少年と話して過ごした。
幼い少年と楽しく会話していると、自分も普通の子供に戻れる気がしていたのだ。
ただそれは単なる現実逃避であったことはエレアノールエミリーにも分っていた。
エレアノールエミリーの現実逃避が一年を過ぎたある日、少年の居場所が見えなくなった。
何時も未来予知を使い、少年の居場所だけを特定していたエレアノールエミリーは首を傾げる。
仕方が無しに少年を見付けることの出来た未来で自分の居る場所を予知し、その場所へと足を運ぶことにしたエレアノールエミリーは嫌な予感を感じていた。
突然場所が分からなくなったから、というだけでは無い。
居場所を予知しただけだというのに、その予知は今迄と全く違う、ノイズに塗れたものだったからだ。
自然と急ぎ足になって辿り着いたのは保管庫だった。
また隠れているのだろうと思いながら、エレアノールエミリーは扉を潜り、保管庫の中に入った。
入った保管庫の中は、酷く殺風景だった。
保管庫という割に物が無く、白い内装が後押しして酷く寂しい所に感じられた。
隠れる場所なんて何処にも無い。
保管庫に有ったのは、たった一振りの剣。
『偽剣アロンダイト』と名付けられた、聖剣レプリカだけだった。
考えてみれば、研究所に何の知識も無い子供が居た時点で分かって然るべきことだった。
エレアノールエミリーが少年の居場所を突き止める以外に未来予知を使うことをしなかったことが意味しているように、見て見ぬ振りをしていたことがあった。
少年も、実験体であったのだ。
後に知る事であるが、少年がエレアノールエミリーと仲よくしてい為に少年を使った実験が先送りになっていたのであり、本来献体は一週間とせずに9割の魂を失った物へなるものだったのである。
「……ふぅ」
エレアノールエミリーの過去を長々と喋ったエゼリアは、ため息を吐く。
長時間喋りつづけて疲れたようであるエゼリアだが、聞かされた俺の方が疲労感を感じずにはいられない。
「……それを聞いた俺にどうしろと?」
「エミリーが研究に協力的であったなら、被害者はこれじゃ済まなかった。じゃから」
「エレアノールエミリーは悪く無い、か?」
「そうじゃ。悪いのはワシら大人……」
「ふざけているのか?」
「……ワシは基本悪ふざけの塊のような幼女じゃか、今ふざけたつもりはない」
「未来予知が出来るのなら、最も堅実な方法で実験を潰せば良かったのだ。俺の友に似た待遇になった奴がいたが、そいつは要因全てに火を付けた。無論、それに関わった者共事な」
その中には母だけでなく父も居た。
しかしそいつは自分の考えに基づいて許せない存在を消す為に行動を起こした。
歳は当時のエレアノールエミリーより少し上の10歳であったが、エレアノールエミリーのように俺任せにするような他力本願ではない。
自分の力で成し遂げていた。
「無力は悪ではない。しかし、行動しないことは悪だ」
「…………」
「……話が脱線している。エレアノールエミリーが悪いか否かなんて話では無かった筈だ」
「そうじゃの。……何の話じゃったか。勇者は何が知りたい」
「エレアノールエミリーの過去は分かった。正直言って俺には同情も何も湧かないが。……研究所は何処にある」
正直聞く必要が無かった気がしないでも無い。
まさか過去話をされるだなんて思わなんだが、聞いてて思ったが他人の過去なんて知るべきでは無い。
当事者でなければ同情する事はあっても共感することは絶対にない。
「知ってどうする」
「焼き尽くす」
「それはっ……!?」
俺の言葉に、エレアノールエミリーが過度な反応を見せ、俺とエゼリアの視線は其方へ集中する。
『発火能力』は使えるか分からないし、使い勝手の良い黒剣を使って行うことになるだろうが、聖剣研究に纏わる事を人間ごと焼き尽くす。
例え生き残りが居たとしても何十年にも亘る研究が一瞬にして無に帰す様を見れば心は折れる。
「私が死んだ後に来る筈だった根絶の未来……?」
「む?」
「は?」
「どうして……私が死ななきゃ勇者は大量虐殺の決意をしなかった筈じゃ……」
「おいおいそいつは何処の勇者だ? 他人の死を理由にしなきゃ決意出来ないような人間は、そもそも今この状況を生み出したりしねぇよ」
俺の言葉にエレアノールエミリーは頭を抱えて何かをブツブツと呟くそれは不気味なものがあった。
しかし、俺は空気を読まず悩むエレアノールエミリーに手を差し伸べる。
「それがお前の望んでいたものなら、これから普通に得られよう。俺に研究所の場所を教えさえすれば、な」
エレアノールエミリーは、悪魔の権化たる俺の手をまるで天使の手を取るかのように取った。
「今から俺達は友達だぜ? 久遠と呼べよエレアノールエミリー」
「どーでも良いけどさ。私の事はエミリーって呼んでよ。久遠」




