004 愚者極刑の餌
洞窟の、とある部屋。
そこではもっぱら、一人の男に講義する女の姿があった。
その周りには、数名の男共がたむろし、女の喚きをBGMとしてカードゲームに勤しんでいる。
「3人が殺されたんだよ!? どうして殺しにいってくれない!」
「だから、3人が死んだからって報復へ行くメリットがない。そいつは何も持っていなかったんだろ?」
「あたし達がアンタ達の為に今までどれだけの……」
「違うだろ。お前らが俺らの中に加わりてーって言うからここに住まわせてやって、仕事をやった。その仕事もまともにこなせなかった癖に何言ってやがる」
「でも!」
女は尚も食い下がらない。食い付き、男に懇願する。
しかし男の返答は無情だ。当然の様に頷きはせず、返答は『NO』ばかりだ。そんな最中に、刺す様な叫び声が部屋の中へと舞い込んだ。
「火事だ! 厨房で油に火が! 皆外に避難しろ!」
男は勢いよく立ち上がり、それに釣られた様に周囲にいた奴らも立ち上がる。
「っ! 脱出だ! 荷物を持てるだけ持て! 急げ!」
「なぁザドム!」
「うるせぇ!」
「ギャア!」
声を聞き、即座に脱出しようとするザムドという男の足に纏わりついた女に怒声を浴びせ、別の男が後ろからその女を切り裂いた。
男は刀身に纏わりついた女の血を鬱陶しそうに払い、鞘に剣を収める。
「ザムド! 宝物庫に言ってる余裕は!」
「無い! ここは密閉空間だぞ! 煙に巻かれる前に脱出して、火が消えたら取りに戻ってくるぞ!」
「了解!」
ザムド達は、調理場とは反対方向の一番近い出口の方へと走る。
当然の様に調理場の方を確認している余裕は無い。即座に外まで出て行き、洞窟を出てすぐに洞窟の方へと向き直る。
火が消えるまでにどの位時間が必要か、火の燃え盛り具合を確認する為だ。
「ギャァァ!」
しかし。背後から裂く様な悲鳴が聞こえ、それは中断された。
鞘に収まった剣に手を置き、後ろへ向き直る。
「アザドベルガ……!?」
そいつは白かった。
この汚れることと常に隣り合わせの環境に置いても、穢れを知らない白のままだった。
その全長は7mを優に超え、純白の中で唯一異色であるその赤い瞳が、ギラギラとザムド達を睨みつける。
二足歩行を主としたそいつは、爪による攻撃で男の頭から下半身までの身体を貫き、絶命したばかりのそいつを口に運んでいた。
口の中までは白く無い。だが、その鋭く白い歯に、元仲間だった肉の塊は切り刻まれ、アザドベルガの胃袋へ収められていく。
そして、五秒足らずで食べきった後も、人間でいうフォーク代わりに使われたその爪は穢れを知らぬ白のまま。
食事なんて無かったかのように白い。穢れを知らぬままである。
「何故こいつがここに……!? 縄張りはもっと先の筈だろ!」
「あ……あぁ……ああ゛あああ゛あああ!」
「っ! 待て!」
絶対強者による捕食。
それも食われたのが同種の生物であるそれを間近で目撃し、我を失った男が、震える手でアザドベルガに剣を振るう。
その剣は、刀身を失った。
その男は、身体を失った。
傷一つついていないアザドベルガの体に、ザムドは震えた。
そして、アザドベルガの特徴である、その鉄以上に固い強固なる皮のことを頭の中で復唱していた。
次々に、仲間が食われていく。
アザドベルガの食事は早い。それは誰かを囮にして逃げ遂せる時間を稼ぐことが出来ないことを意味していた。
ザムドは考える。この場でどうすべきか。そして思い付いた。
「洞窟へ戻れ!」
危険度が高いのは火よりアザドベルガ。
それがザムドの出した結論であり、全員、それに従った。
しかし。
「ザムドさん! 火が!」
「なっ……!? 何故入り口前がこんなにも燃え盛っている!? 火災は厨房じゃなかったのか!」
洞窟に入って1mもしない内に、燃え盛る炎と言う名の壁が立ちふさがった。
それも、水無しで通り抜けけられるレベルの厚さではない。
この場で火事が起こったのではないかというレベルで火は燃え盛り、ザムド達にとってそれは壁だったが、炎の道と称して相違ないものだった。
男達はそれでも、たった1mしかない洞窟の幅の中へと押しかけてくる。
恐らくはアザドベルガの入ることが出来ないこの洞窟が、今までのアザドベルガ対策だったのだ。
決して得られない安心感。
そんな中で、今まではそれを得られた場所に逃げ込もうとするのは、弱者として当然の心理だった。
「ば……固まるな! 戻れ!」
「ギャァァァ!」
ザムドがそう言った時、時はもう遅かった。
狭い密閉空間の中、アザドベルガの腕と言う串の、男と言う団子を突き刺した、串団子が出来上がったのは、ザムドが叫んだ瞬間の事であった。
「クソ! クソ! 俺がこんなところで……こんなところでぇぇぇぇ!」
ザムドの絶叫は、男達の怯えた声と、アザドベルガの作り出した悲鳴によって掻き消される。
盗賊の主ザムドが成す術も無く無残に、アザドベルガという十字架に焼き殺されるまで、後、四秒。
全ては、俺の計画通りに事が進んだ。
俺は虫の息で倒れている女の居る部屋で、金目の物を漁っていた。
こんな森の中に潜伏している連中だ。ロクな物を持っていないだろうと思っていたのだが、意外なことに結構な蓄えが有る。
この洞窟自体、結構使い古されているのか、洞窟内の部屋にも関わらず扉があったり、服の入ったタンスが有ったり。
俺は一番上等な服に着替える。今のままだと人里に下りた時、村ならまだしも町へ行った場合にこいつら盗賊と同じ扱いを受ける可能性が高い。
すぐに服を着るとはいえ、また全裸か。
今度は下着も履こう。
出来れば新品が良いが、無いだろうから、一番汚れていないのを探す。
此方の生地は一旦気にせず、履いても不快にならないのが良い。
……キモい奴のを履くよりは、履いてない方が良いと考えてしまうのは何故だろう。
「あ……アンタ……」
「ん? 何だ? 俺はお前を助ける気は無いぞ? というか、無理だ。多少の心得はあるが、深く斬られ過ぎた。切れ味のいい刃物を全く回避しなかったな?」
女を斬った剣は恐らく、俺の手に入れた剣の何倍も切れ味の良い名剣だったのだろう。
切り口を見るに、剣は心臓まで行き届いている。薄刃だったのか、辛うじて心臓が活動している状態だ。
日本と言う国でだけ生きていたら、女だからと言う理由で何とか助けようと努力したかもしれない。
だが、色んな国を回ってそんなことを気にしている余裕の無い人々を何回も見て来た。
愛する人間だけを守ろうと生きて、それすら叶わなかった人間を嫌と言う程見て来た。
だから愛する相手のいない俺は決めた。善人を助け、悪人を殺そうと。
大切な人達のほとんどは先に逝ってしまった。
子供にまで先を越されてしまった時、俺は涙が止まらなかった。
「……火事だって話だけど、アンタは逃げなくていいのかい?」
「ん? 逃げないぞ。火事じゃないしな。冥途の土産、なんて言葉に習って教えてやろう。お前がこの部屋にいた時、男のメンバーは全員揃っていなかったか? そして、厨房に男は居るのか?」
「…………ま、さか」
「ふむ、揃っていたんだな。殺り残しが居ないか不安だったんだが。まあ兎も角、察しの通り、あの声は俺だ」
今はパンツ一丁だが、さっきまでの服装はこいつ等盗賊と何の違いも無かった。
例え目撃されたとしても、突然降りかかって来た危機に脳が混乱し、服装のみで俺を仲間と認識したことだろう。
この世に避難訓練なんてのは無いだろうから、『火事だ』という言葉はそのまま、死に繋がるという訳だ。
あのザムドという男は密閉空間での火事を体験したことがあるのだろう。
煙で逃げ場が無くなる恐怖を知っている風だった。その辺は嬉しい誤算だったな。
「…………」
「あぁ、この先はこの場にいるお前には知り得ないだろうから普通に教えてやろう。俺はここに来る前、あることをした。そのあることってのは……獣の、アベルの出口配置だ」
「アベ……ル?」
「何だっけな。アザドベルガ? お前ら人間はそう呼んでるらしいが、俺は俺を発見し、襲ってきたアベルにこう交渉したんだ。『俺一人より沢山の人間を食べたくないか』とな」
「ま、魔物の……言葉、が?」
まもの?
「少しだけな。昔、地図にも書かれてない無人島に遭難したことあったんだが、そこで絶滅した筈の恐竜に遭遇してな。草食恐竜の奴らと仲よくなった時、完全じゃないながらも言葉を理解してな。アベルの使って居る言語もそれに近かった」
懐かしい青春の一ページ。
草食恐竜守る為に肉食恐竜と戦争したのは楽しかった。
最後はお互いの健闘をたたえ合って、そしてどうしても相容れない存在であったが為に相手の死と言う形で完結した。
草食恐竜達は今元気だろうか。人間より寿命は長いと言っていた。でも、ティラノサウルスの子供をどうしても殺せず放置してきてしまった。
あいつらは大丈夫だと言っていたが、相手は肉食だ。……まあ、今の俺にはどうすることもできない。友達を信じることにしよう。
「魔物に……知能が?」
「アベルは了承した。アベルには洞窟の近くで隠れていて貰って、人間が出てきたところでそいつらを食らえと。ただ、アベルにその人間の違いを理解することは出来ないから、コッチに出てくるなとも」
「……なら、お……前は何処、から……外に……」
「ん? お前は知らないのか? 厨房の方へ奥に進んでくと向こう側から外に出られるって」
草の茂みに隠しておいたあの武器や防具は取りに戻れ無そうだが、まあここにある物で既に置いてきたあれ以上の価値が有りそうだから良いけどな。
しかも、ザムド達の会話に出て来たが宝物庫もあるっぽいし、充分だろ。
今の俺にそれ程の量を持つ力は無いからな。
「あいつ等を外に誘導したら後は、洞窟の出口辺りに油を蒔いて火の壁を作り、逃げ道を塞いではい完了。……って、聞いてないか」
女は事切れていた。
洞窟内の石の床に敷かれたアラビアン風絨毯に血だまりを作り、絨毯がその血を吸って柄を塗りつぶして行っている。
俺はタンスの中を漁り、着替えを再開するのだった。