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111Affronta  作者: 白米
第二部 Mondiale del RPG Eroe
39/73

039 自分勝手な人間

 血が煮え滾っているのに恐ろしく冷えるとは、どう言う事だろう。



 俺が獣であったなら、鎖を食いちぎり扉を蹴り破りその喉元を喰い千切っていただろう。

 だが人間である俺は、暗い瞳が周囲を闇に呑まぬよう気を付けながら言葉を紡ぐ。


「エレアノールエミリー」


『……聞こえません』


 そう、エレアノールエミリーが言った瞬間俺は鎖を引き千切り、転がる屍に目も向けず悠々と歩きそして偽剣アロンダイトを犠牲にしその扉を壁ごと斬り破った。

 斬り破られた扉が崩れることにもたもたしていることが苛立たしくて、俺はその扉を蹴り飛ばした。

 真ん前に有った装置は蹴り飛ばされた扉と共に逃げ道になり得る階段を瓦礫となって塞ぐ。

 もし逃げようとしていたのなら、今事瓦礫の仲間入りである。


「エレアノールエミリー」


「…………」


「エレアノールエミリーッ!! 返事しろ!」


「……はい」


 眼前に居るのは、厳しくも子供っぽいところを残した若き王族の女児である筈だった。

 しかし俺にそう見ろというには、オイタが過ぎたお姫様がそこに居た。


「貴様は。何をしたか理解出来ているか」


「…………弁解を聞く気は」


「ある。言え」


 その言葉に一瞬エレアノールエミリーは驚いた表情を見せたがすぐに元の無表情に戻す。

 その言葉を口にしておいて弁解する言葉を今考えていることはすぐに理解出来たし、そもそも弁解の余地があるとは考えっていなかったのであろうエレアノールエミリーは、急ぎ言葉を紡ぐ。


「勇者に殺させたのは、全員囚人です。罪を犯し、牢に繋がれた者共。死んで当然だった者共です」


「その囚人の中に、一体何人死刑囚が居た」


「…………」


「答えろ! 貴様は弁解すると言った。黙秘は許されない!」


「……2人」


「嘘だな」


「嘘じゃ……!?」


 言葉を発せようとしたエレアノールエミリーの喉を折れた偽剣アロンダイトを放り投げて掴む。


「愚かな。弁解を聞くと言った時点で嘘が通じぬと知れ。今一度問う。何人だ」


 何十年……人間という嘘吐きの権化たる人間の創り出す社会で生きていたと思っている。

 高々十数年足らずの人生しか送らぬ小娘風情の嘘を、俺が見抜けぬ訳も無い。

 エレアノールエミリーは咳き込む。

 間違いなく死なないが間違いなく苦しい掴み方をしたのだから当然だが、それは喋らぬ口実にさせる気は微塵もないぞ。

 俺が再び手を伸ばそうとするや否や、エレアノールエミリーは必死に言葉を紡ぐ。


「…………0人……0人、です」


「つまり貴様は、誰の目から見ても死ぬ必要までは無い人間を殺した訳か」


 否、殺させた訳か。


「…………」


「今俺がこうしている理由。貴様は分かっているのか?」


「……勇者に、人殺しを強要したから……………」


「違う! まさか俺が人間贔屓な考えで貴様に嫌悪しているとでも思っていたのか」


 そんな人間的な人生を、俺は送ってこれていない。

 人間を殺すことが悪だなんて決めたのは、人間だけだ。

 動物を殺すことは何の問題も無いなんて決めたのも、人間だけだ。


 俺の友は人間だけじゃない。

 にも関わらず人間贔屓な思考を保ち続けられるだなんて、そんな筈ないだろう。


「じゃあ……」


「貴様は彼らから、人としての死を奪ったのだ」


「それは、どういう……」


「俺は彼らを人としてでは無い。猿として殺した。ゴブリンとして殺した」


 彼らを正しく認識できなかった俺は、彼らを人として殺してはいない。

 人としての一生を終えさせられた彼らは人として終わることを許されなかった。


「彼らは猿として殺された。ゴブリンとして殺された。人として生を受けたのに、誰一人として人間として逝けなかった」


「…………」


「目に見える世界なぞ所詮は光の屈折が生み出しているに過ぎない。人は他人に認識されて初めて人になれる。人として殺されなかった彼らは、人として死ねなかったのだ」


 例え目に見えずとも、そこにある事は変わら無かろう。

 だが、目に見えぬものをそこにあるものとして認識するには人は目に頼り過ぎている。

 人間に人間と名付けたのは人間だろう。

 その人間が人間として認知できない存在は最早人間とされない。

 人間は人間だが、人間の認識によっては人間以外へとなり得る。見た目で判断し名付けて来たのだから、見た目で判断出来ぬ以上認識次第では人間では無くなる。


 それは、必然。


「……いや、今回はそれ以前の問題か」


「え?」


「エレアノールエミリー。お前、彼らに何した?」


 さっきも言ったが、俺は人間贔屓な思考を持ち合わせていない。

 故に、俺に殺しさせた相手が人間であったからといってそれだけで怒りを露わにする思考回路は存在しない訳だ。

 では何故。という話だが、どんなに言っても俺は所詮人間だから人間の言語が一番分かるし、気配で「あぁ、こいつは人間か」なんて俺の考え全否定出来るような感覚の持ち主だ。

 だからこそ、俺が彼らを人間として殺せなかったことは異常。アブノーマルなのである。


 彼らからは、人間の気配がしなかった。

 というより、生き物として必須である筈の大切な何かが欠落し、俺は彼らを生き物として認識出来なかった。

 いや、気配を察知出来る時点で『生きている』ということは分かる。理解出来る。

 だが、生きているだけというのだろうか。

 この世界で言う単なる魔力の塊というか、物が心臓を動かし息をしている感じ。


 偽剣アロンダイトにより彼らを斬った際俺が感じたのは『殺した』というより『壊した』が正しく感じられた。

 故に俺は何のためらいも無く彼らの命を奪ったが、蓋を開けてみれば死んでいたのは人間だ。


 俺がそこまで腐っているとは、今の研ぎ澄まされた感覚からは思えなかった。



「…………何って……フフ、あれらって全部実験の搾りカスなの」


「……あ?」


 エレアノールエミリーが笑みを溢したことが不快だ。

 今こいつは、自分の罪から逃れようとしている。


「偽剣アロンダイト。それって原材料の中に神の加護を受けた魂っていうのがあるの」


「…………」


「一本に付き、その人間の魂の9割。他人の魂と混ぜることは出来ないから、1割の魂が残った残りカス……つまり、勇者が斬り捨てた奴らが残る」


「…………それで物を斬ってるような感覚なった訳か」


「創り出された偽剣の数は失敗を含めて1000本じゃ効かない。……使い位置が無いかと思って残しておいたのを処理ついでにLvUPに使った。そういうこと」


 つまりは、この国で出た囚人全てを聖剣レプリカを作るなんていうふざけた企画に使った訳か。

 助けるのが遅れていたら、ベルンハルドまでもこんな棒になっていたと。


 人道的に許されないとか、言う気は無い。

 動物実験して殺されてきた動物は1000じゃきかない。

 だがその行いが悪である事だけは有り得ない程分かるし、偽剣アロンダイトを使って彼らを斬っていたことには虫唾が走る。


「弁解は、終わりか?」


「……えぇ」


「なら、断罪の時間だ」


 偽剣アロンダイトから、叫び声が聞こえる。

 偽剣アロンダイトに纏われるのは神聖とは程遠い黒々としたオーラ。……いや、魔力だったか。

 使われた魂が訴えている。

 もはや元々自身の形がどんなものであったかすら忘れた魂が、これ以上犠牲を増やさないで欲しいと訴える。

 復讐など望まない。だが、同じ運命をたどる者がこれ以上でないようにして欲しいと。


 罪を犯したはずの魂は、未だ穢れていなかった。



 多分、エレアノールエミリーを殺しただけでは終わらない。

 偽剣アロンダイトの制作に纏わった人間全てを狩らなければ、実験は終わらない。


 だがまずは、諸悪の根源を殺さねば。


 見せしめ、ともいうのかな。

 俺の思考を知ってか偽剣アロンダイトは鳴く。

 だが他に選択肢はないんだよ、名も知らぬ魂よ。

 目には目を、死には死を。人間は死ななきゃ過ちにすら気付けぬ生き物なんだよ。



「殺すのはちと待って貰えるかのう」


 偽剣を握る力を強めたのと同時だった。

 目に見えぬ力で偽剣を抑えられ、何時の間にか後ろを取られていたことに気付いたのは。


「…………」


「ぬし、本当に15歳か? とてもそうは見えん」


「子供っぽいとはよく言われるが?」


「子供っぽいことと年老いることは違う。ワシを見れば分かろう?」


「そんなんだから数百年ずっと処女なのよ」


「今ワシを罵倒する必要は無かろう! それに探せばワシに相応しい相手位おる! ……きっと、きっとおるのじゃ」


 チラチラ此方へ視線を向けてきているのが分かるが、今の俺はそんなのに目を向けてやる程優しい思考を出来はしない。

 偽剣アロンダイトの、魂の願いを、叶えねばならない。


「勇者も、立派なのは口だけ? 殺したいならさっさと殺して、勇者の経験値に変換なさい」


「……お前、何を企んでいる?」


 エレアノールエミリーから俺に対する恐怖が消え失せ、最初会った時の様に何かを企むような顔をしている。


「何も企んでない……」


「嘘じゃな。ぬし、勇者の性格から自分を殺した後のことを予想したじゃろ」


 エレアノールエミリーの言葉が嘘であることは俺にも分かった。

 だが、エゼリアの言う俺の性格から予想出来ることというのには全く思い当たることがない。

 存外、自分より他人の方が自分のことを知っているものだが、それはある程度親しくなってからの場合だ。


「何を言ってるか、分からない」


「ぬし、聖剣研究の根絶する未来を見たな」


 …………見た? エゼリアは何を……いや、魔法かスキルか。

 未来を見た……未来予知か。

 恐らくだが、エレアノールエミリーには魔法かスキル、恐らくスキルだろうが未来予知することが可能であり、その未来予知で見たものが自分の望むものだった故に殺されることを選んだ……?

 いや、それともこういう態度を取れば死なないから、か?


 ……しかし、研究の根絶?


「何のことだ」


「ぬし、それに使われた魂の意思を読み取ったじゃろ」


「……何故分かる」


「…………え、マジで? 勇者スゲー……カマ掛けて見たらマジで読んでたのじゃ」


「……殺害対称にはお前も含まれている訳だが?」


「え、嘘。……なんて、流石にそれ位分かるのじゃ」


 この場に居るということは、エゼリアも研究に参加していたという事であり、知らん顔は出来ないしさせない。

 エゼリアもそれは承知していたらしく、何でも無いように言う。

 ……ただ、殺される気はサラサラないと言った風であるが。


「じゃがエミリーを殺すのは止めといた方が良かろう。エミリーの思い通りに行くのは勇者も気分が悪かろう?」


「何勝手言ってる」


「…………分かった。殺さぬ」


 魂がそれを望んでいない。

 そんなのは殺そうと思った時点で分かっていたが、それが一番手っ取り早い為に俺は殺そうとした。

 先急いだ行動だったのは確かだ。

 トラウゴットにも手が早いと言われたのに、俺は懲りぬな。



「……にを」


「?」


「何を言ってんだよ! 私を殺せ! 私を殺した先の未来には全魂が開放が待ってるんだ! そしてそれが本道の、一番確率の高い未来だった! 何変えてんだよ何歪めてんだよ一番丸く収まる未来だったんだぞ! 一を見るな百を見ろ、千を見ろ、万を見ろ! 私の命一つで未来の勇者が全てを終わらせてくれた! 修復不可能なまでに終わらせた筈だったんだ! 今からでも遅く無い、私を殺せ! 3! 2! 1! さあ殺せ!」


 吐き出す様に、

 眼前に居る俺では無く別の誰かに言う様に、

 エレアノールエミリーは今迄の口調からは考えられないような声量で口調で言葉を吐き連ね、俺は唖然とさせられたがエゼリアは暗い表情を見せる。

 どうやらエレアノールエミリーの持つ未来予知というのは起こり得る全ての可能性まで分かる程精密なものらしいことはその口振りから分かるが、冷静さを失っているのか行動に未来が見えてるとは思えない荒れが見える。



「もう決めた。お前からは死ぬ権利を剥奪する」


「な、にを言ってるんだよ勇者……! そんなロリババァの言う事なんか聞くなよ! 自分の考えを突き通し、私を殺せ。そして、偽剣という存在が元々なかったんじゃないかって次元までこの世から消してくれ……!」


 未来の俺、何した。



「……彼らは人としてすら死ねなかったのに、お前は自分の望む死を求めるのか」


「私は……!」


「もう良い黙れ」


 俺は溜息を洩らす。

 何故自分から殺意が抜かれたのか、当事者ではないからその怒りを完全に受け取ることが出来ないから、というのが理由の一つだろうが、最もの理由はコレだろう。

 自分勝手にも、エレアノールエミリーとエゼリアが嫌いでは無く、嫌いになれないからだ。





「俺はお前を殺さない。だが俺の友達になるのなら、お前を殺さずにお前の望む結果を残そう」





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