038 狩猟の真実
次の日、何時もの時刻に起床した俺はエウフラージアが出発前だというのに着替えてすらおらず、慌ただしい朝を送る事になった。
お得意の早着替えの後、何故か俺の行動を見越していた店主が用意してくれていたトーストを銜えながらに朝の街道を走っていたが、途中同じ制服を着た女児と衝突し一悶着あったりして結局遅刻。
レベルが上がって体力も増えたお蔭で宿屋から学校までの道のりで疲れることは無かったものの、今日も授業中は眠りに着いてしまって目覚めた時には既に放課後だった。
昨日エレアノールエミリーが今日も同じことをすると言っていたから優人の誘いを今日も断り校内を歩く最中でスヴェトラーナと接触しもしたのだが全力で顔を逸らされた為に少し悪戯してから王宮へ向かい、昨日と同様に石造りの地下へと来ていた。
「今日はこれに着替えてから始めて。制服の新調って案外面倒らしいの」
言ったエレアノールエミリーの手にあるのは、街の人たちが着ていたような安い布で取り付くわれたこの国特有の服だった。
何故昨日の内からこうしなかったのだと問い質したいところだが、どうせ計画性なんて無くやった結果ああなったとかそんなのだろうと勝手に納得しておくことにした。
「分かった」
俺は今着ている制服を脱ぐと丁寧に畳んで置くとエレアノールエミリーの用意した服に着替える。
袖を通した感じ、やはり昨日来た貴族風の服とは布に天と地の程の差がある。
「……はぁはぁ」
「勇者、勇者。欲情されてる」
「む? ぬお!? エゼリア何時からそこに!?」
服の布なんかを気にしていたせいで周囲への警戒を怠っていたらしい俺の前方斜め下、エゼリアが床と一体化して俺の着替えをガン見しながらに息を漏らしていた。
というか俺も俺でエレアノールエミリーが居るこの場で着替えるとか何してんだ。
女児の前で裸になるとかデリカシー依然の問題だろ。
「あぁっ! 周囲が暗いせいで写ってないのじゃ!」
「な・に・し・て・る・の・か・し・ら?」
何撮ろうとした? なんて考えていた俺を外に匍匐前進の姿勢を取っていたエゼリアのことをエレアノールエミリーは踏みつけ、無表情にも関わらず額に血管が浮かび上がっている。
「むぐぅ……や、止めるのじゃー」
「貴女には反省という言葉が辞書に……無いのね」
エレアノールエミリーは溜息と共にエゼリアから足を離して距離を取る。
そんなエレアノールエミリーの態度に慌てたエゼリアは言う。
「ぬぅ!? そんな諦めの言葉と共に足を離すのは止めて欲しいのじゃ! ほら、ここに踏みやすそうな幼女が転がってるよ?」
「…………キモ」
「傷付いたのじゃ。今のはものっそい傷付いたのじゃ」
「お前らは何がしたいのだ……?」
折角特に呼ばれた訳でも無いが来たというのにエレアノールエミリーもエゼリアも遊んでばかりで中々LvUP作業に入れそうに無い。
「……踏むのか?」
「特にお前は何がしたいのだ!?」
未だ石の床から離れようとしないエゼリアを抱き起そうとしてそのまま胸にダイブされながら、俺は何とか話題を本筋に持っていこうと努力するのだが、エゼリアにはじゃれ付かれエレアノールエミリーにはその光景を冷たい目で見られるという板挟み状態のままに時間が過ぎ、本筋に持って行けたのは10分後のことだた。
「…………今日の敵は昨日より強い」
「ほう?」
「武器を持ってる」
「成程、成程?」
「また目隠しする」
「えっ」
「勇者を部屋の真ん中に鎖でつなぐ」
「えっ」
「アロンダイト・レプリカを二本に増やす」
「えっ」
「…………ちゃんと返事、して!」
「むぅ!? 無茶振りしているのは其方側だというのに俺が悪いのか!?」
事態の収拾に貢献したと思ったら次はクソ趣味なエンターティナーに貢献しなければならないのか?
今の俺だと、目隠しだけでも辛いというのに移動制限まで追加されてしまうと流石に拙い。
それにあの大剣とまではいかないまでも大振りには変わりない偽剣アロンダイトを二本振るえとは流石に無理がある。
レベルが上がったことによる筋力の上昇で持ち上げて振るえないこともないだろうが、昨日の様な長期戦をするのであれば話は変わってくる。
無理をすれば強くなれるなんてのは所詮無理の仕方による訳で、技術面に問題が無く気功の使える俺が今回の無理をすることには何の意味もあり得ない。
そんな無茶振りをされて、対応に関しても無茶振りされる。
この姫様俺に何も止めてんだよ……。
「まあまあ勇者よ。そうする事にはしっかりとした意味があるのじゃ」
「……意味?」
「この布と鎖、二つを同時に装備すると経験値が2倍になるのよ」
エレアノールエミリーの手にあったのは、昨日の悪趣味なデザインの布に、禍々しい鎖。
横一直線に目の描かれた布と、黒竜の鱗を思わせる鎖。
デザインに統一性がないのを見る辺り同一の物として作られたのではないことは分かる。
「……どちらか片方だと1.5倍、ということか?」
「そう。昨日は目隠しだけで試験」
「それは目を隠さないと意味が無いのか?」
「無い。って言われてる」
成程な、対価に行動制限を支払って報酬に効率を頂いているという訳か。神の創り出した設定であるからこそ、だな。
しかし経験値が2倍か……ゲームをやらない俺でもそれが魅力的であることが分かる。
例えば腹筋を1000回やったとしたら2000回分の成果を得られる、とそういうことだろう?
「じゃあ鎖も地面に繋がねば効果が無いと、そう言う事か?」
「そう」
「……昨日もそれを言えば良かったではないか」
「…………言ってなかった?」
「言ってねえだろ。俺の言葉完全無視して言わなかっただろ」
「……部屋に入ってからの声は聞こえてない」
「嘘吐け」
「決して無意味なことをさせられてると思わせストレスを感じさせたかった訳では無いの」
「オーケー分かった。……ブッコロ」
俺は当然の様に嫌がらせしてくれちゃったエレアノールエミリーに詰め寄る。
意味があったから良かったが、それでも無意味にストレスを感じさせられた側としては気分が良いものではない。
「勇者、落ち着くのじゃ」
「知ってて黙ってた癖に何言ってんだー? んー?」
「ふゃへふほひゃー!」
止めに入ったエゼリアの頬を引っ張っていたら、エレアノールエミリーは俺から距離を取り、昨日の装置を開く。
その中にはエレアノールエミリーが言った通りにする為に必要な二振りの偽剣アロンダイトが収まっており、その形は機械で量産したかのように寸分違わず同じ物であった。
装置の前に立つエレアノールエミリーの『早くしろ』という自分勝手な視線にため息を吐きつつ俺は装置に収まった二振りの偽剣アロンダイトを引き抜き、振るうことでその重みを確かめる。
「…………? 問題無いな」
「仮にも聖剣の複製なのよ? 勇者が扱うのに支障をきたす訳ない」
「というか何じゃその華麗な剣舞は。ぬし踊り子もやっておったのか?」
「俺は歌って踊れる武人なんだよ」
「ファンシーな武人じゃの」
ほっとけ。多芸の方が世渡りはしやすいのだ。
しかし、握ってみて分かったが全く同じ形をしているのに完成度には違いがあるのだな。
魔法がある世界故か、剣としての存在で右手に持つ偽剣が左手に持つ偽剣に負けている感じがする。
恐らくだが偽剣アロンダイトは複数本存在し、それぞれ完成度が違うのだろう。
「……今回も相手は猿なのか?」
「猿? ……あぁ、そう捉えたんだ」
「む?」
「何でも無い。今日はゴブリンの亜種よ」
「……ゴブリン?」
聞いたことがあるような無いような……誰からだったか『ゴブリンは食欲と性欲しかないクズで低俗な生き物』だと聞いた気がする……。
異種族でも無関係に襲い強姦する様は見るに堪えない醜いものでつい殺してしまったと。
数が多く無ければ絶滅させてやるのにとも言っていたな。
誰だったか……人間では無かった筈だが……クソ、友の名前が出てこないとは何事だ。
「知ってのとおり、二足歩行するLv2のチビ雑魚よ。本来はね」
「……本来は?」
「これから戦うのは、Lv7とLv8という高レベルゴブリン。実験の為閉じ込めてたんだけどもういらないから」
「…………」
実験の為捕獲され、揚句殺される……か。
俺は迷いを捨てる様に首を振ってから「分かった」と言い、昨日と同じ様に分厚い扉で妨げられた部屋に入る。
布と鎖を渡され、片足に鎖を巻きつけると鎖は足に固定されて驚きながらも真ん中にもう片方の端を置くと今度は石の床と接合された。
……魔法とは何でもアリだな。
『目隠しは身に着けた人の意思でしか取れないの、今回は貴方が自分で付けて良いわ』
成程、それで昨日は外れなかったのか。
例によって何処からともなく聞こえてくるエレアノールエミリーの言葉に納得した俺は早速自分で布を見に着ける。
『…………良いのかのう』
「何がだ?」
『良いのよ』
「何がだ!?」
こちらに聞こえる様にしたままなのに其方側だけて伝わるように会話するのは遠慮して貰いたい。
『勇者、その布。その部屋出るまで絶対に外しちゃ駄目だよ』
「……? ……分かった」
結局何の話か答えられなかったが、部屋の中に殺意持つ者が入って来た気配を察知して二振りの偽剣を構える。
昨日戦った猿共の時のような大量の気配は感じられないが、確かに強者のオーラを身に纏った生物が数体同時に入ってきているし二足歩行だ。
元々は雑魚だったらしいゴブリンの亜種。
どうにもそれなりの強敵であるようなのに、俺は思うように動けず楽しんで相手する事は無理そうだった。
向かって来る剣を、斬られた風の軌道から察して偽剣で防ぐと俺は偽剣を槍の様に扱い斬りかかってきた奴の腹部目掛けて突きを繰り出すも、盾で防御されてしまう。
偽剣の剣としての力はその辺にある物と大差ないのは昨日で確認済みであるが、俺の突きによる攻撃で盾を貫いた辺り丈夫さだけは人一倍であるようである。
しかし、盾を貫こうとも相手の身体に届かなければダメージは無い。
偽剣の丈夫さを利用し突き刺した盾を弾き飛ばすと再度偽剣を構えるも、警戒したのか俺の間合いから離れられたせいで切先すら届きそうにない。
だが、甘い。
俺は気を剣に乗せ、気配のする方へ向けて足りない筋力を補う様に回転しながら剣を振るい、その刀身から斬撃を放つ。
回避しようにも放たれた斬撃は目に見えない。
架空の世界じゃあるまいし気功波が目に見えてたまるものか。
そして飛ぶ斬撃は、最初に斬りかかってきたゴブリンの身体を切り裂いた。
「……さぁ、本番はこれからだぞ。鎖に繋がれた獣に成り果てはしたが、本能を忘れたつもりはないぞ」
『そりゃあ……鎖に繋がれてまだ数分だからね』
「やはり聞こえてるではないか」
そんな俺の言葉に返事は無かった。
……都合の良すぎる耳だな。
その後、俺は戦い、戦い、戦った。
思考を凝らし向かって来る相手を片っ端から切り裂いて行き、戦いに水を差す無粋な飛ぶ斬撃を使ったのは、最初の一回だけだった。
そしてまた何も湧いてこなくなったと思ったら、エレアノールエミリーより『本日はこれまでです』という言葉を頂き、俺は偽剣を落としそうになる。
……強い奴らだった。
剣を駆使するその様は人間と大差ないどころか人間以上であり、この世界にあるという魔法の戦術が使われなかったこと以外はこの世界で戦っていると実感させられるものだった。
「じゃ、さっさと鎖を外すか……」
と、俺はしゃがみ込んで足に着いた鎖を外そうと試行錯誤するも、鎖は外れる気配が無く、だんだんと苛立ち始めた。
『あ、ちょっと待って。鎖は……』
「あ゛ーもう! 見えねぇから尚の事どうなっているか分からん!」
「ちょ……!」
俺は未だ暗黒の中に居ることに苛立ちを覚え、昨日と違いすんなり外れる布を引っ張って外し、首を振りながらにピントを定めて行く。
そしてピントが定まり視界に入って来たのは忌々しい鎖やゴブリンの亜種とやらだけでは無かった。
「……は?」
というか、だけでなかったというよりはゴブリンの亜種とやらの姿は何処にも無く、その代わりに。
幾つもの人間の死骸が転がっていた。




