034 偽剣と目隠し
「……アロンダイト?」
聞き覚えのあるような名前に怪訝としながらに尋ね返すと、エレアノールエミリーは自信満々といった感じに言う。
「聖剣レプリカ。勇者の欲してる聖剣の偽物だよ」
聖剣……そうか、何処かで聞いたことがあるとは思ったが、歴史の授業か。
しかし、聖剣と呼ぶにはその刀身の禍々しさを隠し切れておらず、神聖とは遠い位置に感じられる。
両刃の刀身には、何かしらのエネルギーを通すように数本の光が通り、鍔や柄にはデザイン性など微塵も感じられず、何処か機械的な物がある。
これを……聖剣と呼ぶことは出来ない。だからこその偽剣、か。
「コレを俺に渡してお前は何がしたい」
「……何故、勇者達が学校に通ってるか聞いた?」
「いや」
「レベルを競う為さ」
「どういう意味だ?」
「聖剣アロンダイト。人間の限界であるLv10まで到達しなければ、勇者といえども力を得ることは叶わず、なんだよ」
「む? レベルの最大値は10なのか?」
「そうよ」
やっぱり知らなかった。エレアノールエミリーは小さな声で呟く。
しかし、レベルの上限が10で終いとは、それでは早々に成長限界が来てしまう。
確か、弔と十はLv8。10が最大では、アレがこの国では強者の内に入る、ということになってしまう。
あれが発展途上では無く完成に近いものであった。それは絶望すべきことだ。
「言わんとしていることは分かるがのー。技術=レベルではないのじゃ」
エゼリアが言う。
ならばレベルとは基礎能力であり、実戦に置いては別の努力が必要、ということか。
まあ、そうでなければLv1の俺が勇者達を圧倒することが出来たのはおかしいということになる。
後、勇者達との戦いで思い出したが、あの時黒剣による炎を掻き消したのは恐らくエゼリアだろう。
多分だが、エゼリアが勇者の資格を持つことが叶っていれば、そもそも勇者を召喚する必要なぞなかったのだろうな。
「で?」
「聖剣アロンダイトは一振りしか存在しない。だからお父様は一番最初にLv10に達した者へ聖剣アロンダイトを託すと言った」
「成程な、聖剣が有るのと無いのとではその勇者の存在意義は大きく変わってくる。誰が聖剣を持つのかで、全員が競い合ってるって訳か」
「そういうことよ。他の勇者たちは二年という驚異的なスピードであそこまでLvを上げた。勇者が今から普通にLvUPしても間に合わない」
「……二年? 優人達は二年も前からこの国へ来ていたのか?」
頷くエレアノールエミリーに、俺は納得したことが幾つかあった。
二年という年月を新しい客の乏しい状態が続いたのであれば、宿屋であの男共があんな強行に出たのも頷ける。
多少強引な手を使おうとも、宿屋を盾に泣き寝入りして貰いさえすれば問題無いと判断したに違いない。
いや、もっと早くにあんなことが起こってもおかしくは無かった、という事か。
もしかすると他の店では既に手遅れであったかもしれない。
二年、か。良く持ったものであると、言うしかないが、賛美に値するだろう。
「……もっと早くにこの国へ来れていれば」
「勇者が何を考えてるか、何と無く分かるけど、賛同は出来ない」
「そうだろうな。賛同できるのなら、二年も民は苦しまなかった」
だから、賛同など求めてはいない。
俺は何時も手遅れだと、自分に嫌気が刺して独り言を呟いてしまっただけだ。
「話を戻すのじゃ。多分、ぬしが聖剣を授かることは叶わぬ。だが、ぬしの力は他の勇者より強大じゃ」
「故に、偽剣か?」
「そうじゃ。戦後は手にできるのかもしれんが、ワシ達は戦中にぬしの力が欲しい」
だから俺をここに連れて来た、と。
恐らくだが、この場所は勇者達も知らないな?
公けにされているのであれば、もっとまともな場所で製造するだろう。ここはあまり製造に向いているようには思えない。
宗教国であろうこの国で、神具たる聖剣のレプリカ製造なぞ、堂々と出来る訳も無いか。
……犯罪の片棒を担がされている気がするのは気のせいか?
偽剣を使っての戦を行った瞬間に同罪と化す気がするのだが……ん?
「聖剣が過去に使われたのは数百年も前の話だと聞いた。書物による情報だけで同じ力を持つ道具を造ることは不可能ではないか?」
「それに関しては問題ない。祀られている聖剣からのデータ収集は万全。全盛期の力についても聞いてるわ」
「……誰にだ? 数百年も生きる人間が居るのか?」
「ここに居るロリババァ」
「…………」
「…………えっ」
エレアノールエミリーの言葉に黙すエゼリアを、俺は沈黙の末に声を洩らす事しか出来なんだ。
今このお姫様は、この童子が数百年生きてると言ったように聞こえたのだが……聞き間違い、だろうか。
弁解しようとしないエゼリアを俺は凝視し、エレアノールエミリーは何やら笑いを堪えている風である。
「エゼリア……?」
「ち、ちちちちち違うのじゃよ? 決して違うのじゃよ? 聖剣製造にも関わっていたとか、先代勇者が居た頃もこのままとか、全然そんなこと無いんじゃよ? ワシは単なる幼女じゃよ? ちょびぃぃっと大人の振りした小さな子供じゃよ?」
「聖剣製造に関わり、数百年も前からそのままなのか?」
「に゛ゃっ!」
「墓穴掘ってる……フフ、笑える」
…………え、じゃあ何か?
あれは童子のスキンシップでは無かったと? 俺も爺だし婆が発情するなとか言うつもりはないにせよ、童子のフリしてあの蛮行に走ったと?
ロリババア……だったか。ロリというのは確かロリコンの略称……つまりは若作りした老婆。
エレアノールエミリーの言葉の意味はそこにあったのか。
「…………エゼリア、その行為は軽蔑モノだぞ」
「す、すまんのじゃ。許して欲しいのじゃ」
何か、女児にセクハラした後こっ酷く説教を受けたエロジジイっぽいな。
折角綺麗な容姿をしているというのに……何だこの残念感。
「知ってるかもしれんが、優人達にも警告しと……」
「待ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? それだけは勘弁して欲しいのじゃぁ!」
恐らくエゼリアと知り合いであろう優人と結城、この二人も俺と同じスキンシップを受ける可能性は十二分にある。
二年も此方に居ると言っていたし、もう既に手遅れかもしれないが念の為、と思い、無意識中に呟いてしまった俺へ、絶叫しながらにエゼリアが言った。
…………は?
「……まさかあいつ等にも?」
「違うのじゃ! なんていうか……その、奴らには威厳たっぷりな感じで接してた故、その、ワシのイメージが!」
「優人……待ってろ、今その幻想をぶち壊してやる」
エゼリアに威厳あるイメージを持っているとか、可哀想な気がする。
「待ってぇぇぇぇ! マジで待ってぇぇぇぇ! 何でもするからぁ! 地味に何百年も守り続けた処女もあげるからぁぁぁ!」
「いるかぁ! ンなモンより友が騙されている現状を何とかするべきだ!」
「ンなモン!? ワシの守り続けて来たモノをンなモン呼ばわり!?」
というか……貰った場合における俺の社会的信用がどうなってしまうかエゼリアは考えているのだろうか、いや考えている筈が無い。反語。
エゼリアが全身全霊俺を取り押さえようとして体にしがみ付いてくるも、俺からしてみればただ柔らかいものがしがみ付いてるな程度にしか感じられず、元来た道を戻るには何の問題も無い。
小さな体で一心に頑張る姿を見ると童子の相手をしているようで嫌がることをするのに躊躇いを覚える。
背徳感、というんだったか? こういうのは。
「勇者」
「む? 何だエレアノールエミリー」
「おぉ!? ぬしも止めてくれるのか!?」
エレアノールエミリーの言葉に、一度進撃を止める俺に、エゼリアは期待の目でエレアノールエミリーを見る。
「そこの幼女、勇者の隠し撮りとかしてたわよ」
「…………」
「エレアノールエミリー貴様ぁぁぁっぁあぁ!」
「…………」
背徳感? 何ソレ美味いのか?
「待ってぇぇぇ! 違うんじゃ! アレは筋肉の付き方を記録しようとしただけで……」
「隠れて?」
「…………」
「ああああああああああああああああ!」
俺は階段に足を掛けた。
泣き喚きながらに俺へしがみ付くエゼリアは、未だ必死に俺を行かせんとして体をばたつかせる。
暴れられては流石に進むのも苦労する。
だがしかし、友の安全を考えれば苦労も苦ではない。
「……勇者、その辺で許してあげて。時間が勿体無いわ」
「……分かった」
「おぉ……!」
「この件は後回しだ」
「お願いじゃぁぁ! ぬしの奴隷にでも何でもなるから後生じゃ!」
どんだけイメージを守りたいんだよ。
日本人はキス一つでも大切にする人種だから、危険人物を危険人物を認知させてやる位は友としてしたやりたいのだが……。
童子……じゃないな、女児でもないんだろうが、女の嫌がる真似は俺も本位ではない。
何でも言う事を聞くと言っていることだし、後でその辺の釘を刺しておくか。
……二年もの間猫かぶり続けて来たらしいし、その努力には脱帽させられるしな。
「……取り敢えず、偽剣を持ってみてくれるかしら?」
このままにしておくと話が進まないと感じたのだろう。
エレアノールエミリーがそう言い、俺はエゼリアを放置して疑問を告げる。
「Lv10まで使えぬのだろう?」
「レベル制限のある武器はこの世に聖剣ただ一つ。偽剣にレベル制限なんてない」
「そういうものなのか」
俺はエゼリアを引き剥がし、装置の中に納まっている偽剣アロンダイトの柄へ手を伸ばし、そして掴む。
重い。偽剣アロンダイトを持ち上げてみて思った感想はそれだった。
刃の広い造りの剣が重くない筈もないのだが、それでも想像よりは1.5倍程重く感じた。
……しかし。
「……それ程の力が宿っているようには見えないな」
これなら、黒剣の方が魔力が籠っていたように思える。
「所詮レプリカだから。出せて聖剣の力の二割程度」
「ふむ、魔王を殺す力は備えども、魔具として優秀という訳では無い、ということか」
「そう」
成程な。
しかし、それも仕方なく思えるような環境での研究である。
公けに出来ないだけでなく、何処か機械的なコレをここの科学水準でこなそうとすればそりゃあ上手く行く筈も無かろうな。
……ただ、これで二割程度の力だというのなら、聖剣自体には期待できそうである。
「でも、それはレプリカの中でも試作品。別の場所で常時研究中」
「そうなのか?」
「……王宮を隠れ蓑にするのは、流石に無理」
良く考えれば、確かにそうか。
二年間の閉鎖はあれども、基本は出入り自由な王宮だったようだし、こんな場所で聖剣の偽物を作る研究なんてしたらバレるのは時間の問題だろう。
だが無暗に奇をてらっても同じことが起こりそうだし、意外なところに本拠地がありそうである。
「現状の際限度はどの位だ?」
「……六割が良いとこ」
「ふむ、いい線まで行っているのだな」
「行ってる」
エレアノールエミリーは若干誇らしげである。
「……そういえば、LvUPとやらはここの何処でやるのだ? やるならやるで、すぐにでも始めたい」
「その前に、勇者が何レベルか見せて」
「ステータスカードか?」
俺は持っていたか不安になりつつ鞄を探ると、黒剣は入っていなかったというのにステータスカードは鞄の奥より見つかり、若干腹立たしかったが、そんな気持ちは飲み込んでカードを差し出す。
千壌土 久遠 15歳
職業:勇者 Lv3
レベルが二つ上がっているのは恐らく、昨日の奴らを殺ったせいであろうな。
エレアノールエミリーはステータスカードを一目確認すると、直ぐに返却してきた。
ステータスカードを確認したのは、どれだけLvUPしたかを確認する為だろう。
「で、もう良いなら始めよう」
俺がそう言うと、エレアノールエミリーは少し考えた後に「分かった」と言うと、奥にあった扉を開き、自分は入らず俺を誘導する。
中へ入る前、エレアノールエミリーは奇妙な布で俺の視界を塞いだ。
薄い布地にも関わらず、全く光が入ってこないのはどうやら周囲が薄暗いからだけではないようである。
何故目隠しを、なんて指摘する前に扉が閉ざされた事が音で分かった。
手には偽剣アロンダイト。無理すれば扉を斬る事も可能だろうが、今はその時じゃないだろう。
『ではこれから、魔物を放つのでその状態で奴らを狩って下さい』
エレアノールエミリーの声が、何処からか聞こえる。
魔物を放つ? 目隠しした状態で狩れ? 何の冗談かと思ったが、アチラさんは微塵も冗談ではないようである。
『来ますよ、勇者』
目に見えぬ、気配が襲い掛かって来た。




