033 お姫様と童子
屋上故に強い風で、髪が靡く。
今、エレアノールエミリーは俺を見て何の迷いも無く『勇者』と呼んだ。
アンジェリーヌキャロンは髪型が違った為に俺が誰か認識することが叶わなかったにも関わらず、だ。
それが何を示すのかは分からない、ただ余り良い予感はしなかった。
「俺に何の用だ?」
「手紙、見たんでしょ?」
まるで要件も書いてあったような口振りだが……。
「……場所と時間しか記されていなかったが?」
「鈍い人なの?」
「まさかとは思うが、俺があの手紙をラブレターだと誤解し、ウキウキした気分でこの場へ来ることを期待していたのか?」
優人はあの手紙を見てすぐにアレをラブレターと断じていたが、俺にして見ればあんなもの、単なるメモ書きに相違無い。
あの手紙には書いたその者の気持ちというものが全く籠っていなかったのだ。
そんな手紙をラブレターだと勘違いする人間の方が珍しいだろうし、それを目的としていたのならどうやったらあんな出来の物を使おうとしたものだ。
偽りの心は文字に乗らない。
その程度の事も知らなんだ人間が王族とは笑わせるな。
王であるのなら、人の情が分からないことは仕方が無い。だが、理解出来ないのは論外だ。
「……つまんない」
どうやらそうであったらしい。
俺は若干苛立ちもしたが、相手は女児だと自分を抑え、平坦な口調で言う。
「要件は。三行以内で答えろ」
「着いて来て
見せたいものがあるの
強くなれるよ」
「成程、分かった。それで? 何処へ行く」
実際の所は、何がしたいのかまでは伝わって来て居ない。
だが、エレアノールエミリーが単に俺をからかう為呼び出した訳では無く、本当に要件があったことと行くべき場所があることは理解した。
強くなれる、という言葉の意味はイマイチ理解出来ないが、それは吐いて行った場所で分かるだろう。
「王宮」
「……む?」
俺は何故か、再び王宮へと舞い戻ることとなった。
朝来たこの場所は、睡眠によって飛んだ時間がある為についさっき来たばかりに感じてしまってしょうがない。
王宮の城門は、朝と同様に開門されており、その横に兵士が立ってはいるものの、民の出入りが見られるのだから、出禁が解かれたのだろう。
どうやら王は迅速に約束を守ったらしい。
さて置き、俺はエレアノールエミリーに続いて城門を潜り、場内を進む。
城内に入ってすぐ目に入って来たのは、信徒達の神へ捧げる祈りであり、そんなモノに目もくれないエレアノールエミリーの後に続いて進んでいく内に、どんどん辺りの雰囲気が暗くなっていくのを感じる。
実際に暗い訳では決してないのだが、空気が重いというか……随分とドンヨリしている。
今迄見て来た城内とは空気そのものが違う感じである。
「……ここ。ここで少し待ってて」
「何処へ行く?」
「えっと……捕獲?」
「?」
言ってる意味が分からなかったが、聞き返す前にエレアノールエミリーは元来た道を戻り、俺は毒々しい程に赤いカーペットの床と窓一つ無い蝋燭の火の明るさしかない部屋へ置き去りに合った。
更に奥を見ると、明らか王宮に相応しからぬ石造りの地下へ続く階段があるが、冒険心に身を任せた行動を取る気にはなれなかった。
これが遺跡やジャングルといった過去の遺物、自然等の環境課であったなら迷わず奥へ突き進んでいったが、現在進行形で使用されている人工物を無暗に追及することには随分前から懲りている。
……まさか宙吊りになっただけでなくあんなことまで…………あぁ思い出したくも無いわ。
しかし、この二日間で、城内の見取りを粗方を理解したし、言ってくれれば一人でも来れたというのに何故エレアノールエミリーはわざわざ案内してくれたのだろう。
短すぎる付き合いだが、アイツのキャラなら案内される側の人間に先を歩かせその焦り振りを拝見して楽しむくらいはしそうなものだが。
滑稽であったがラブレターに見せ掛けたのがそれを証明している。
他人の気持ちを踏みにじって良いことなど、絶対に無いのである。
「…………」
「……ん? 童子か?」
エレアノールエミリーを待って間もなく、俺が辿って来たのと同様の廊下から、ヒョコっと小さな童子が影より此方を見ている。
その童子はなんというか……随分と人形染みているというか、とても綺麗な童子だった。
染色によるものでは決してない銀髪が栄える幼さないにも関わらず確かに存在するその美しさは、正しく人形の様だと評す以外に言葉を知らない。
俺は怯えさせぬように自分から近寄ることなく、視線だけをその童子と合わせる為にしゃがみ、童子の顔をじっと見つめる。
「…………」
童子は、俺を無害だと判断したのか此方へ駆け寄ってくると俺の胸へ飛び込んできた。
その小さな両腕を首の後ろへ回し、ぶら下がるように俺へ抱き着いて来たのだ。
…………それはおかしくないか? 童子というのは、大人以上に危機管理能力の高い生き物だ。
見も知らぬ男へ何の警戒も無しに抱き着くか?
……俺は元より童子に好かれやすい性質ではあったが、ここまで最初から警戒心を持たぬ者はそういるものではないのだが。
経験則だと、騙しによるスリ等の後ろめたいことをしようとする童子程コレに近い態度を取る傾向にあるが、生憎と今の俺は財布すらも持ち歩いてない。
鞄の中は空っぽだし、何よりここまで背が低く腕を首に回してしまっては何も出来無かろうに。
俺は童子を支えながらに立ち上がり、童子をそのまま抱き上げる。
「童子、お前は……」
「ロリババァ捕まえて何をやってるの? 勇者」
「エレアノールエミリーか。ロリババァ? それがこの童子の名前か?」
「そんな訳なかろー! バカモノがー!」
童子に尋ねようとした矢先、つい先程出て行ったばかりのエレアノールエミリーが早くも帰還し、その場を掻きまわす。
童子は爺口調の随分と可愛らしい声で反論し、そんな童子を片手で支えながらに頭を撫でる。
優しく、髪をクシャクシャとしつつ撫でてみると、童子は気持ちよさそうに目を細める。
「エレアノールエミリー、事情説明」
「まあ、獲物が餌に掛かった様で何より」
「事情説明!」
「まあ落ち着こうよ。僕が捕獲しようとしてたのは、そのロリババア。で、見付けるのも面倒だったので勇者を餌に釣った。以上」
「誰がロリババアなのじゃ! ワシはエゼリアとゆー名前があるのじゃ!」
「エゼリアか。よろしくな」
そう言って、猫の様に毛を逆立てて怒りを露わにするエゼリアの頭を再度撫で回す。
エゼリアは不満そうな顔をしつつも大人しくなり、そんなエゼリアをエレアノールエミリーが微笑していたがエゼリアは気付いていないようで何より。
もし気付いていたら、もう一悶着位ありそうだった。
「……む? エゼリアを探していた……ということはエゼリアに用があったのか?」
「うん、エゼリアは……」
と、エレアノールエミリーが説明しようとしたその瞬間に、エゼリアは体を動かし、姿勢を変えて顔を此方に近付け、何事かと思っていたら、エゼリアは突如、俺にその唇を押し付けた。
つまりは、突然エゼリアが俺にキスをした。
「…………ロリババァ」
「つーん、なのじゃ」
その行動に、エレアノールエミリーは苛立ちを隠せないといった風な態度を見せるも、エゼリアは堪えた様子も無くエレアノールエミリーに目を合わせようともしない。
俺からしてみれば、体を動かしたエゼリアを片腕でさせるのは難しく右往左往していたこともあり、最初何をされたか理解出来なんだが、自分がキスされたの気付くと、エゼリアの頭を少し荒っぽく撫でまわす。
「クハハ、最近の童子はマセてるな! 何だ? 俺の事が好きか?」
何て言って、笑う。
親の育て方によっては、誰これ構わずキスをする童子は結構普通に存在する。
というか、キスを神聖視しているのがそもそも日本位な感じで、他はもっとフランクリーだったぞ。
最初の方は困惑もしたが、そんなのはすぐに適応。今じゃ挨拶感覚だ。
「勇者、騙されちゃダメ。そいつ幼女の皮を被ったババァ」
「騙される?」
「ワシは子供なのじゃ」
「どの口が。何時も子共扱いされたらキレる癖に」
「子供なのじゃ~」
「……良く分らないが、例え老化減少を促がしたとしても、ここまで若い体を保つことは不可能だぞ?」
二人の言い争いを聞き、何と無く話を理解した俺は言った。
俺も機構による老いの減少を促がしはしたものの、それでも数十年程度の違いしか体には現れず、若い頃と比べると体にはガタが来ていた。
廊下を完全に止めることは不可能であり、ババァと呼ばれるまで長生きする人間が未だ童子の容姿のままでは在れない。それは俺の100年余りの人生で知った世界の真理である。
「いや……まあ良いです。勇者、着いて来て下さい」
エレアノールエミリーは何かを諦めたような顔をした後、先程俺が下りることを躊躇した石造りの地下階段へと歩きだし、俺もそれに続く。
「自分で歩けるからおろして欲しいのじゃ」
階段の前でエゼリアはそう言って、俺から降りるとエレアノールエミリーのすぐ近くを歩き始め、俺はそれについて行く形となった。
石階段を下りて行くにつれて、周囲の空気はどんどん陰気な物へとなって行った。
その理由は分からないが、余り良い予感はしない。
こういう空気の時は大概的に良い目に会う事は無く、不幸になるかどうにもならないかの二択だからだ。
俺が存在としての生物的に小動物であったなら迷わず逃げ出していただろうが、お生憎と小動物は餌でしかない次元の生物であるが故、逃げる等と言う選択肢は初めから用意されていない。
絶対的に損な人生を歩んできていると、自分でも思う。
階段を完全に下りきると、そこには分厚い鉄の扉で遮られた部屋があり、エレアノールエミリーがそこの鍵を開けて中へと入る。
……ここだ。ここから絶対的に嫌な臭いがしやがる。
恐らくここで引き返さねば引き返せない道へ進むこととなる。
少なくとも、勇者では無くなるかもしれない。
それでも俺は進むのだ。自分のことながら、呆れるより他の思考が見当たらない。
「勇者にはここで受け取る物とやって貰う事、の二つがあるよ」
「ふぅん。それは?」
「剣と、LvUPさ」
「…………は?」
その言葉に拍子抜けさせられたのは、仕方がないことだと思っておいて欲しい。
つい数秒前まで物凄く警戒していたこれから起こることが、何てことの無い俺がしようと思っていた事と何の違いも無い事であっただなんて、拍子抜けも良い所だろう。
LvUPというのは恐らく、奥にある扉の先で行うのだろうが、剣というのはそこの何やら良く分らない物体の中へ収められているのだろうか。
……良く見るとここは、なにやら研究所のようであった。
無論、俺が超能力会得の際に使用されていた場所とは科学水準に天と地の差があれども、雰囲気は凄く似ていた。
室内の感じも全く違うというのに、雰囲気がだけが同じだというのだから、まず間違いないだろう。
「じゃ、最初に剣をプレゼントしちゃおうかな」
「うむ、じゃあ勇者よ、こっちへくるのじゃ」
そう言って、俺が見せられたのは案の定良く分らない装置。
機械でないことは確かな筈だが、何処かカラクリ染みているし、一見機械とも言えない事の無いそれを見た俺の頭の中には、何と無くフラスコが思い浮かんでいた。
エゼリアが、何んらかの呪文を唱える。
するとその装置は白い煙と共に上部分が開放され、そこから顔を出したのは、一振りの剣。
ただその剣は、今まで見て来た武器としての剣とは似ても似つかない、丈夫そうで良さそうなのに何処か機械的で、唯一無二で有る筈なのに何処か偽物のようである。そんな印象を見受ける物だった。
「『偽剣アロンダイト』これがその剣の名だよ、勇者様?」




