032 手紙への対処法
最近の日本で、『ラブレター』という単語を知らぬ人間は逆に少ないものと思う。
また、恋文という良い方も出来る……要は愛の告白を言葉から文字に代えた文書のことを言う。
俺も過去に幾分か頂いたことがあるが、唯の文字である筈のそれからその人の気持ちが伝わってくる手紙であったことが随分と印象的である。
つまりこれは……。
「あれ、久遠さんその手紙どうし……ラブレターッ!?」
「優人? どうかしたのか」
「いや、これから姫様達と昼ごはん食べに行くから久遠さんもどうかなーって……」
「……昼食?」
この世界における学校は、40時間もある一日の中の午前中に全行程が終わる。
その為、学校で昼食を摂る生徒は殆どなく、居るとすれば放課後も学校に残る者位であり、生徒のほとんどが学校帰りに友人と買い食いで済ませる傾向にあるらしい。
これは質問攻めの際、逆に質問して知ったことだが、昼休みが無いなんてやってられなかろうに。
……さて置き。
「早弁か?」
「何言ってるの? 今日は体育で終わりだよ」
言って、優人が射した先には制服への着替えを完了したクラスメート達。
その殆どが、漸く一日の授業が終わったと、長かったと、そんな感じの話題で盛り上がっていることに気付き、俺は唖然とさせられる。
……5時間弱……寝てたのか。
授業中堂々と寝ていたにも関わらず誰一人として俺を起こそうとしない事実にはどう反応すれば良いのだろう。
というか、クラスメート達が起こさないでも、教師は起こすことも仕事の内じゃないのか……?
女子生徒達も、着替え終えた者からチラホラと戻って来始めている。
チャイムが鳴って、担任のHRが終わり次第、今日の勉学は終了となる訳か……睡眠学習と超能力使うことしかしてねぇ……。
あぁ、軍曹殿はこの後の授業が無いから走らせてんのか。
「誰か起こせよ……」
「乱暴に起こそうとしたお嬢が寝ぼけた久遠さんに反撃を受けてから誰も怖くて近寄んなかったんだよ」
ふむふむ成程……弔が俺を起こそうとして反撃を……。
あれ、物凄く嫌な予感がするのだが。
「……何やった? 眠れる俺を反応させるってのはきっと敵意が籠ってたんだろうが、そんなのは置いといて……俺何やった?」
「えっと……お嬢の拳を躱してのベアハッグ」
「…………」
「からの動きを封じられたお嬢の首筋へのキス」
「体操着渡さなかったの復讐だろソレ」
何してんだ俺。
変態か。変態なのか。
……デビットのせいか? あいつの俺に植え付けた変な癖のせいか? 『デビット直伝! 寝込みを襲う悪女への眠りながらの対応法! ~睡眠学習編~』CDの影響による女の敵意有る奴への反射なのか?
試作品だと貰い、胡散臭く思いながらも友から貰った物だと試しに眠りながら聞いて見た結果、変な反射が付いた。
結構歳食ってからだったから、もしやっても変態親父扱いだったが、今は拙いだろ。
……元々、どんな反射が身についていたのか自身では知らなんだのだが、よもやそんなモノとは。
デビット……あいつブッ飛ばす。
人を眠りながらのセクシャルハラスメントマシーンへと仕立て上げるなぞ、許されないぞ。
どうりで女の友が一人、そっけなくった訳だ……眠ってても性欲に駆られるむっつりスケベだとでも思われたのだろう。
クソが。男女間に生まれた友情が……!
というかそれで起きた時何か姿勢が変だったのか……。
「で、弔の反応は?」
「あ、それね……ふふ、随分と初々しかったんだよ? お嬢の普段の態度からは全く想像出来無い位顔を真っ赤に……し……て」
「優人!?」
面白げに語らおうとした優人が膝から崩れ落ち、その奥にあったのは凍てつく瞳で崩れ落ちた優人と俺を見下す弔だった。
「何の話をしているのかしら。優人とセクハラさん」
「いやそれは……『デビット直伝! 寝込みを襲う悪女への眠りながらの対応法! ~睡眠学習編~』のせいであって……」
「言い訳は見苦し……何ソレ」
「む……確かにそうだな。見苦しい。寝ぼけた俺が粗相をしたそうだな。申し訳ない」
そうだ、何を言い訳しているんだ俺は。
どんな理由があろうとも、女児に不快な思いをさせたことに変わりない。
にも関わらず、いくら要因がデビットであったとしても責任逃れするというのは男らしく無い。
人間、謝罪出来なくなってしまっては終わりだ。
「いや、そうではなく」
「例えデビットが引き起こす引き金になったのだとしても、実行してしまったのは俺だ。出来る事なら許して欲しい」
「だから……」
「だが、弔も俺に体操着を渡さないという形で報復したのだ。御相子、ということで気を抑えてくれないだろうか?」
「じゃなくて……」
「久遠さん! 体操着引き取りに来ましたっ!」
「ん? エウフラージアか」
謝罪の言葉を繰り返す最中、エウフラージアが教室の前まで来て、そう言った。
俺は弔に「後で改めて話そう」と言い、巾着片手に教室の扉まで小走りで向かい、取り残された優人と弔、優人は未だ目を回している為にどうすることも出来ないが、弔は小声で呟く。
「……デビットってどちら様なのかしら」
無論、俺の耳には届く訳も無く、俺はエウフラージアの所まで行き、言う。
「体操着、助かった。多少汗を掻いてしまったし、洗って返したいと思うのだが……」
「いいです、いいです! 別に気にする必要は無いです!」
あれ、断られた。
「いやしかし……男の汗なぞ、触れたくも無かろう」
「それは久遠さんも一緒でしょう!? 私も着たんですよ?」
「俺は別に……。色々な奴の洗濯をするのは慣れてるしな。だが、年頃の娘が進んでやりたいと思う事では無い」
俺は大概的にホームステイ先の家事を率先してやってきたこともあり、洗濯位男物の服は勿論の事、女物や着物等の注意が必要なものまで、問題無く出来る。
道具さえ揃っていればクリーニングに持っていくより上手くする自信があるし、手洗いでも何の問題も無い。
沢山洗うのにも慣れているぞ、孤児が大勢居たとある協会では沢山の童子達の服をシスターと共に一斉洗濯するのが日課だったからな。
ちなみに干すのは童子達の仕事だったが、シスターと俺の関係を色恋に繋げるマセガキもしっかりといやがりました。
さて置き、そんな訳で俺は『洗濯マスター』と言っても過言では無い為に俺へその心配は無い。
ただ、そのことを上手く説明する自信は無いために言わないが。
「いやあの……歳の近いの男の子に自分の服洗濯される恥ずかしさに比べたら全然問題無いんですが」
「ハァ? 歳の近い男なんて何処に……俺かぁ!」
「忘れてたんですか!?」
忘れてたわ。
割とガチで忘れていた訳だが、やはり体が若いだけでは心まで若くなれんか。
「と、兎に角そんな訳なのでっ!」
「そうか、まあ羞恥心に勝るストレスは無いものな」
巾着袋を渡すと、エウフラージアはホッとした様にため息を漏らす。
まあ歳の近い男に自分の服洗われる瀬戸際だったのだから当然と言えば当然だが、俺はもう少しデリカシーを身に着けるべきだと思う。
ついでに、現在の自分が若いのだという自覚も。
その後、チャイムが鳴る前にエウフラージアは自分の教室へ戻って行き、俺も自席へ戻ると未だ目を覚ましていなかった優人を覚醒させたところでHR開始のチャイムが鳴った。
グッとタイミングだと思いきや、怠慢教師による10分の遅刻でHRが始まったのはその後しばらくしてからだったというふざけたことがありつつも、久し振りの学校は殆ど睡眠学習で終わってしまった。
HRが終わり、解散してすぐに優人がアンジェリーヌキャロンを初めとした数名の女児と共に俺の元へと来た。
「さっきも言ったけど、昼ごはん食べに行こうよ」
「ふむ、後ろの奴らは優人のツレか?」
「うん。友達」
…………友達? 色恋の匂いがここまで濃いのに友達なのか……?
それは一体どういう友達なんだ? というか優人はこの先何処かで刺されそうだな。
「優人。この人と知り合いでしたの?」
「え?」
「は?」
女児達の中で、唯一知人であったアンジェリーヌキャロンが、俺を見ながらに言う。
こいつは一体何を言っているのだろうと、俺は思う。
いくら王族であれども、よもやつい数時間前に出会いし人間を忘れるとは、記憶障害に相違無いのでは無かろうか。
「久遠さんだよ? 知ってるよね?」
「はて、何処かでお会いしましたっけ?」
「会ったぞ。王宮で」
「…………まさか、5人目の勇者ですの?」
「他に誰が」
「居るの?」
久遠さん忘れるとかよっぽどだよ? と優人は続け、仲良しかお前ら、と何処からかツッコミが入る。
……それはどういう意味だ? 優人よ。
さて置き、どうにもアンジェリーヌキャロンは本気で分っていない様子であるのだが、一体どういうことなのだろう。
俺は結構な印象を与えたと思っていたのだが。
「でも、あの時会った男は冴えない感じの……」
「「……あ」」
俺も優人も、思い当たった。
そういえば俺がアンジェリーヌキャロンに会った時、髪がカオスな形に強制的な固定を受け、化け物と化していたのだった。
外見で人を見分ける人間にとって、それは致命的だわな。
「……ま、いいや。そんな訳で久遠さんも行こうよ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし。まさか5人目の勇者も誘うというの?」
「え? うん。何か問題あった?」
「大アリですわ! だって5人目の勇者は……」
「千壌土 久遠。記憶したか? お姫様」
「…………こんなにも陰険なやつでしてよ?」
「え? え? 今の何処に陰険な要素が!?」
それはアンジェリーヌキャロンのみぞ知る、だろ。
俺達のやり取りに、一緒に来ている女児達は困惑している様子で、このまま話していると取り残された女児達はさぞ居心地が悪いことだろう。
それに、これから優人について行ったとしても、あまり良いことにはならない気がする。
「優人、今回俺は遠慮しておく。また誘ってくれ」
俺のせいで女児達が不快な気分になるのは頂けない。
友の誘いだが、ここは断るのが吉だろうな。
「え、そう……? でも僕久遠さんに話したいこととか……」
「彼が良いと言っているのです。さぁ行きましょう、優人」
「え、あ、ちょ、ま。あぁー……久遠さーん…………」
アンジェリーヌキャロンに引き摺られていく優人を見送り、俺は視線を下へと向ける。
手には、先程見つけた手紙。
特にやる事も無いのだし、誘いに乗るのも悪くは無いだろう。
幸いにも指定された場所は上へ上がって行けば必ず辿り着くであろう屋上だ。
例え学校内を詳しく知らなくても辿り着ける位置にある訳だし、学校見学がてら行ってみるのも悪くは無いだろう。
俺は鞄を持とうとして、そもそも鞄を持って来て居なかったことに気付く。
そもそも黒剣は学校に持って来てすらいないところを見ると、宿屋に置いてある裂けた鞄の中に入っていることだろう。
……当たり前か。攫われてきた訳だしな。
閑話休題。
俺は屋上までの道のりを特に迷う事も無く理科室らしき場所で何かを爆発させながらも歩き、5分足らずで屋上の扉前まで辿り着き、一応身なりに気を使った後、その扉を開く。
そこに居たのは、一人の女児だった。
どうやら屋上はポピュラーな場所では無いらしく、そこに居たのはその女児一人。
その女児は、何処かで見覚えがあるどころかキッチリと見た場所まで覚えがある相手だった。
「……待ってたよ。勇者」
エレアノールエミリー。
アンジェリーヌキャロンと同様に、この国の姫である女児が、そこに居た。




