031 発火能力の真偽
腕を振るい、翳されるのは炎。
純然たる炎は、不思議無く、不可思議有りきに出現し、ベールを連想させる動きを見せて俺の手の動きに従う。
俺がコレを手に入れたのは、70年以上前。
軍に入ってから間もなく、俺の純然たる力がとある将校の耳に入った時の事である。
その将校はとある実験をしていた。
階級の差は身分の差であり、その将校に実験への参加を求められて断れる筈も無く、俺はその実験へ参加した。
実験とは、兵士個々の力を戦車をも圧倒する為のものであり、眉唾だと笑われるどころか、周囲は認知すらしていない、完全にその将校の独断であった。
一騎当千とはよく言ったもので、実験は失敗続き、最終的に成功を収めたのは俺と100人の兵隊。
俺が大佐となったのは異例であった。というのは、その100人の兵隊を束ねるに辺り、それらしい肩書きを与えられたに過ぎなかった。
我が部隊の最低階級、曹長。
お前達は特別だ、と俺達は言われ続け、それに見合った階級を貰ったのだと信じて疑わなかった。
その将校は、処刑された。
1000人を超える国民を実験に使用し、剰えその結果が訳の分からない戯言だったのだから、当然だ。
実験に関する資料は全て焼き尽くされ、実験結果は完全に失われた。
そんな中、部隊として確立され敵国へ送られた俺達は、誰一人の死者を出すことも無く、敵戦力を狩って行った。
その破壊力は確かに戦車をも越え、鬼神の様であると謳われた。
故に終戦と共に敵国へ置き去り、見捨てられた。
俺達は、奴らの手に余ったのだ。
その余りの強さが、その余りの破壊力が、その余りの非情さが、祖国を恐れさせ、結果捨てられた。
戦後、敵国の捕虜へ成り下がった我が部隊の人間は誰一人として、そいつらへ抵抗しなかった。
生きる意味を、理由を、見い出せなくなってしまったのだ。
そんな中、俺一人だけが死ぬることを拒んだ。
愛国精神? ハッ! 元々俺にはそんなモノ存在しない。
だから、故に、靖国への帰還を願っていなかった為に、俺だけは生きることを選んだ。
一人でも多く助けたかったのに、一人も助けることは叶わなかった。
体を弄られ痛みや苦痛に耐えた結果が、国に捨てられるというものだった。過去の日本人にその現実は余りに重すぎた。
俺の束ねた部隊は、『無かったことにされた部隊』。
部隊名すらも与えられず、敵の殲滅にのみ使われ、捨てられた。
そう、言うなれば、『使い捨て兵器』だった。
『発火能力』は、多くの人を焼いた。
俺の記憶の中の奥底へ仕舞って置きたい記憶が嫌と言う程聡明に映し出される為に使わなかった、千壌土久遠という兵器の本領だ。
……友よ、貴様達は国へ裏切られた。しかし、靖国へは行けただろうか。
そして今の言葉で超能力というものであると知ったのは、終戦後、俺が死亡扱いになった後だった。
「なっ……それは!?」
「……『バリスタ』」
俺の生み出す矢は、『アロー』等とは程遠い、『ミサイル』に相違無い巨大な矢は、ゼロ距離に居る軍曹殿へと向けられ、向ける俺の目は、憎悪と殺意に埋められる。
「何が騎士! 騎士道精神も知り得ぬクズが……騎士を名乗るなよ」
何故今の俺に『発火能力』を使えるのかは分からない。
俺がコレを使えるようになるまでには、幾分もの肉体改造があり、その為過去の俺の身体にはありとあらゆるところに切り傷が存在した。
しかし、今の俺にそれは無く、無かったことになっている。
にも関わらずコレを使えるのはおかしい。
────俺の身体が朱く発光している……?
疑問は募るばかりで理解は届かないが、今は別に構わない。
今は、こいつを殺そう。
俺は『バリスタ』を放ち、軍曹殿はそれを水分が一瞬で蒸発した軍服を焦がしつつ回避。
放たれた『バリスタ』はグランドへと着火し、砂の地面を恐ろしい勢いで焼いて行く。
炎では、当然の様に物理ダメージを与えることは叶わない。
だが俺の『発火能力』によって生み出された炎は、少しの水如きで沈静化出来るものでは決してない。
「っ! 貴様!」
「貴様に喋る余裕なんてある訳無いだろ」
本来であれば、矢の形状をした炎撃で服を焦がした時点で終了なのだろうが、こいつは俺を怒らせた。
戦後、敵国から帰還するのに10年を要した俺を暖かく迎えてくれた人間を侮辱した人間を、生かす気は無い。
国に捨てられた俺の生存を涙ながらに喜んでくれた人間を侮蔑した人間は、殺す以外に選択肢なぞない。
だから、殺す。
「……『バリスタ』」
こいつに他の技を使う必要性は微塵も感じられない。
『バリスタ』は『発火能力』を使う上で下の部類に入る技だが、あんな細い矢しか放てぬここでは、『バリスタ』だけで十分だ。
再び創り出した矢は、先程の矢よりも大きく、熱く創り上げられていた。
周囲のクラスメート達、勇者達でさえも、唖然。
圧倒的破壊力を持つそれを見て、それが同系統であったことを受け入れるのに時間が掛かっているのだ。
「貴様、何の真似だ!」
「何の真似? 貴様は未だに俺という存在を理解出来ていないのだな」
「何だと?」
「俺は……兵器だ。だから殺す。それだけの事」
良く分らない感覚、感情。それらが湯水のように湧き上がるのは、『発火能力』を使ってしまった故だろうか。
いやこれは……戦場に居た時と同じ感情……?
良く分らない。
やはり俺は、『発火能力』を使うべきでは無かったのだ。
まあもう、遅いのだが。
「兵器……貴様は大佐なんじゃなかったのか? 日本帝国陸軍千壌土久遠大佐。それがお前。人間では無かったのか?」
「…………? 何を言っている?」
意味が分からない。
理解不能だ。
これが魔法では無く超能力であり、脳波を乱されると超能力も乱れることを知っての精神攻撃……?
「貴様が名乗っていたのだろう!」
「……あぁ、そうだった。かも」
と、言ったところで俺は気付く。
これは、先程新兵扱いされた時と同じく、今のコレは俺が超能力者として戦場を蹂躙していた時の俺であると。
感情を殺し、敵を同じ人と考えずに殺した、そんな俺。
さっきから、この異常なまでの過剰反応と昔への逆戻りは一体……?
俺は困惑する思考による超能力の乱れを感じ、急いで『バリスタ』を消した。
思考の乱れによる超能力の暴走は、自分へも牙を向く。
故に戦場では感情を殺しての殺戮が必要となったのだが、我に返ってみると何をしているのか自分でも分からなかった。
何故あんな思考へ至っていたのか、自分でも分からない。
────発光も、しなくなっていた。
「…………一撃、当てたからな」
俺はそれだけ言うと急いでその場を離れ、芝生で体育座りしていた優人の所へ足を運ぶ。
……両親の侮辱は、俺の中で最も許せぬ行為であるのは確かだ。
しかしそれは、言葉で論破も出来た筈なのだ。決して殺意にのみ変換するようなことでは無かった。
厳密に言えばアレは、親では無く俺を侮辱していたのだと、脳の片隅で理解も出来ていたのだから、何時もなら考えなかった筈なのだ。
いくら俺が暴力的といっても、限度があるのだ。
「久遠さん、アレって?」
近寄って来た俺に優人が開口一番訪ねて着たのは、案の定その事だった。
「あぁ、アレはな、『発火能力』といって……む? …………むう?」
「どうしたの?」
「使えない。……どう言う事だ?」
俺は今、論じると共に現物を見せようと、マッチの火程度の物を指先に灯らせようとしたのだが、『発火能力』が発動することなく、指先には何も灯らない。
どういうことだ……? つい先程まで使えていたのに、使えなくなるだなんて。
超能力は、そうコロコロ使えるようになったり使えなくなったりするものでは無い。
使える様になるべくしてなり、使えなくなることは決して叶わないものなのだ。
意味が分からない。
「使えないって……さっきのアレ?」
「あぁ。何故かな」
「もしかして……あれが久遠さんのスキル?」
「スキル?」
そう言えば、昨日組合でベルンハルドが言っていたギフトの内容にそんなのがあったな。
「炎を自在に操る。それが久遠さんのスキルなんじゃないんですか?」
「……あぁ、そういえば優人には話していなかったが、俺はこの世界の常識を殆ど知らないんだ」
忘れていたが、優人に俺が何故この場所に居るのか話しておくべきだろうか。
正直、隠しておくことにメリットが無いどころかデメリットしかない。
恐らく非常識であろう質問をした際に、疑念を抱かせる要因にも成りかねない爆弾だ。早めに処理……もとい話しておいた方が良いだろう。
俺の言葉に優人は微塵も警戒することなく「そうなんだ」というとスキルについて説明を始めた。
「スキルっていうのは、その人しか覚える事の出来ない固有魔法のようなもので、僕はさっきの魔力を使用しない炎を生み出すアレが、久遠さんのスキルなんじゃないかって思ったんです」
「…………アレがぁ?」
もしそうなら、かなり不満だ。
昔から使えた能力を、プレゼント顔で与えられるだなんて、不愉快以外の何でもない。
同じ超能力にしても、『精神感応者』や『瞬間移動』であったなら喜びようもあっただろうが、『発火能力』に関しては全く嬉しく無い。
「炎を生み出すのには魔力を使わないけど、スキルを使うのには魔力を消費した。だから今は使えないんじゃないかな」
……ただ、今最も有力なのが正にそれだというのだから笑えない。
優人の理論は理にかなっているし、現状そう判断する以外の材料が全くといって良い程に見当たらない。
…………まあ、与えられるだけの力に期待するだなんてことは、最初からする気無いが。
その後、授業終了までに軍曹殿へ攻撃を当てることの出来なかった生徒は次の授業があるというのに外周を強いられ、外周の無い生徒は先に教室へと戻り、制服に着替え始める。
グランドを去る際、軍曹殿が俺を見ながらに何かを考えている様子だったが、和解は無理そうであると感じた俺はその視線を無視して戻ったのだが。
そういえば、この体操着は借り物なのだった。
外周で汗を掻いてしまった為に、汗臭くなってはいないだろうかと不安になり嗅いでみたが、エウフラージアの匂いが残っていたことに安堵する。
俺は犬では無いから、マーキングする趣味なんてないし、他人の物に匂いを残すのはご免被る。
エウフラージアの体育はもう既に終わっているようだし、洗ってから返すとエウフラージアに伝えよう。
「…………む?」
制服に着替え終え、体操着も巾着へ戻し終えてふと、自身の机に目をやって空っぽだった筈の机の中に何かが入っている事に気付き、手に取ってみる。
それは手紙だった。
差出人は書かれていないが、『千壌土 久遠様へ』と明らか日本語に慣れていない様子の拙い字で書かれ、俺宛ての手紙であることは分かる。
しっかりと白い封筒に収められたそれを、俺は怪訝に見詰めながらその中身を確認して見る。
そして、確認した手紙にはこう書かれていた。
『放課後、屋上にてお待ちしております。』




