028 覗きに加え肩車
どうやって制服の場所を知るか、なんてのは人に聞く以外に知るすべは無い訳で、俺は近くにいた家政婦に声を掛け、何故か逃走しようとした家政婦を捕獲。制服の場所を聞き出すことに成功した。
その捕獲した家政婦というのが偶然にも俺の制服を用意した人間だったらしく、制服の場所は知っていたが俺の身形から不審者だと思われていたらしい。
……俺をこんな姿に貶めたのは優人だぞ。
つまりは、勇者のせいでこんな扱いを受けている訳だが、多分言っても信じられないだろうから言わん。
どうせそれなりに親しくなった相手にも信じられない人間だからな。
フンだ。
「あ、あの……此方の部屋に」
「そうか、ありがとう」
俺はそれだけ言って、部屋へ入る。
ここは客間なのだろう。制服は、ベットの上に綺麗に畳まれて置いてあり、その横には大きな鏡が置いてあり、他にも生活に必要な家具は揃っている感じだった。
ベットの上に置かれた制服は、エウフラージアと同じブレザータイプの制服だった。
とはいっても、この国の風習が出ているのだろうか。
一般的なブレザーより随分と装飾が派手に感じられる。
まあ、着るのも躊躇われる程では無いし、何の問題も無い。
「あの……」
「うお!?」
早速着替えようと、インナーに手を掛けたところで、既に去ったと思っていた家政婦に声を掛けられ、驚きの声を上げる。
気配が全くなかったぞ、こやつは達人か。
「何だ?」
「御着替えの手伝いをさせて頂きま……」
「要らん。去れ」
ふむ、その辺は王政らしい風習が残っているのだな。
主人の着替えを手伝うなぞ、何時の時代の家政婦なのやら、といった感じだ。
俺はふとして見た鏡に写る自分がかなりホラーな状態になっていたことに気付く。
何だこりゃ、長い黒髪が災いして一種の妖怪になってるじゃねぇか。
風圧によって、強制的に固められていたようだが、手櫛を使って髪を元の状態へと戻していく。
……優人の奴、どれだけ速く走っていたんだよ。
というか、この状態で笑ったらそりゃ奇妙な物を見る目で見られるわな。
優人も気付いたら言えよ。
「え、あの……」
「要らんと言っとろうが。それともお前は男児の着替えを覗き見る趣味でもあるのか?」
今度はちゃんとしている。
顔に目脂や涎が付いていないのは鏡で確認済みだし、髪もキッチリしてるとは言い難いが、何時も通りの髪型だ。
そんな俺がニヤリと笑いながらに尋ねたところ、家政婦は顔を真っ赤にした。
愛い奴よのう。カカカ。
『ホラー少年』から心機一転。
あっと言う間に『いけめん少年』へ早変わりした俺に言われればそりゃあそうなる。
自意識過剰か? 経験談からだぞ。
……いけめんの意味も良く知らねぇ癖に言ってんじぇねぇ、とか浩二に言われたが経験談なのだぞ?
『イケた麺つゆ』の略称だ。
それを他人の容姿を褒める際に流用しているのだ。
「い、いえあのその……」
「男のヌードなぞに興味が有るなら好きなだけ見学して行け。手伝いは要らんのでな」
「し、失礼します!」
家政婦は慌てた様子で部屋から去って行った。
ハハ、全く持って若い。
兎も角、着替えなくては。
まず、服は全部脱がなければならないだろうな。
何故かトランクスタイプの下着まで置いてあるのだが、もしかするとこれも指定なのかもしれない。
下着まで指定なぞ聞いたことも無いが、ここは風習が違うしな。
俺は久しぶりにワイシャツを着て、ネクタイを締めた。
社会人じゃあるまいしシャツインはせず、ブレザーのボタンも止めずに開けたままだ。
一度たりともしっかり着ないとは、不真面目だな。
なんて、自分で考えて笑う。
さて、と。俺は退室しようと何故か半開きな扉を開けたところ、先程の家政婦がその隙間よりこっちを覗いていたようで、顔を真っ赤にして扉に押されて尻餅ついている。
「…………」
「……別に盗み見る必要は、無いのだぞ?」
「ウワワワワワワワワワァァァァァァァァァ!!」
しかし、本気で気配が無い。
視界から消えた時点で、去ったものと思い込んでいた。
今度こそ、四足歩行で尋常ならざるスピードを見せながらに家政婦は去って行き、俺はそれを見送った。
……で、だ。
「……これからどうすれば良いのだろう」
制服に着替えたまでは良い。
ただ問題となるのは、俺が次に何をすればいいのかという事だ。
順当に行けば学校へ行くべきなのだろうが、俺の元々着ていた服があるし、何より学校で何をすればいいのか分からない。
考えてみれば、そもそもブレザーなんて物に袖を通すのも初めてだし、真面な学び舎へ行くのも初めてかもしれない。
今の時代は女児も普通に一緒の学び舎で勉強するのだろう? その辺は楽しみだ。
色恋とかも一杯ありそうだ。
さて置き、いや、心底どうでも良い思考へ転じてしまったが、この後どうすれば良いのか、というのは現状かなり深刻な問題として俺に圧し掛かっている。
そもそも学校というのは途中から入学可能なのか?
もし可能にしても、直に教室へ向かう訳にも行かなかろう。
「……何をしているのかしら?」
「ぬ、弔」
「名前で呼ぶのは止めてくれるかしら? 着替えたならさっさと行くわよ」
「それは断るが、学校へか?」
「そうよ。だから早くしなさい」
あっと言う間に道標が出来た訳だが、何故にその道標がよりにもよって弔チョイスなのだろう。
曲がり角で、何故か隠れていた十も加わり、三人で歩く訳なのだが、何分会話が無い。
親しくないのだから当然かもしれないが、二人の間にすら無いとはこれいかに。
「十」
「は、はい!? 私が十ですがっ!?」
「いや知っているが……」
「は、はい!! 貴方が人間です!!」
「いや、お前は種族が十なのか!?」
意味不明だ。
「い、胃腸炎にならぬよう日々頑張ってます!」
「食事に気を使ってるんだな」
「はい! 食べるの大好きです!」
「奇遇だな。俺もだ」
しかし、昨日とは打って変わって結構な声量で話すな。
昨日はなにやらごもごもと何を言いたいのか分からない感じだったが、今は何やらハキハキとしている。
言ってることはまるで理解出来ないが。
「オールドファッションが大好きです!」
「十って美人だが何か秘訣があるのか?」
「でも最近は食べてません……」
取り敢えず、会話になってないことは理解した。
というか、見てみれば結構な汗を掻いて此方に顔を向けているものの、全くこっちを見ていない。
目が泳ぎ過ぎて『∞』を描いている。
「落ち着きなさい、十」
「え? は……は!? …………申し訳なく……十です」
どうやら、重度の人見知りであるようだ。
俺に声を掛けられただけでパニックになり、何とか受け答えしようとした結果あぁなった様である。
……しかし、オールドファッションか。
「…………十、今日学校から帰ったらお爺ちゃんが甘いお菓子あげるから放課後俺の所まで来なさい」
「あ、甘いお菓子……」
「十、釣られたらヤられるわよ」
「何をだ? 餌付け?」
猫やなんかじゃないのだぞ。
というか、餌付けはフェンリルのチェザにして異様に懐かれたせいで俺から離れず、そのせいで人里に下りられなくなった時に懲りてやってないぞ。
……1098回しか。
結局、チェザが何か『しんかい』とか言う所に用があるとかであっちから離れて行ったが。
何でも、殺らねばならぬ相手が居るとか言っていたが、手伝うと言ったのに断られてしまった。
友に迷惑はかけられないからと。……良い奴だった。
もしチェザに用事が無かったら、俺は一生をあそこで過ごしていたかもしれない。
……元気していると良いのだがな。
「……本気で言ってるの?」
「……? 十、弔は何を言っているのだ?」
「…………え、えと……?」
「ハァ、優人と同タイプね」
優人? 俺は優人の何倍も強いぞ。
それに、弔の発言には異議を申し立てるべき点がある。
「良く分らないが、十も理解出来ていない。お前の中だけの常識で紡がれた言葉が、相手に通じると思うのは筋違いだ」
「そういえば、千壌土さんの言葉って日本語の雰囲気が濃い気がするのは気のせいかしら?」
話を逸らされてしまったが、まあ良いだろう。
「気のせいでは無い。俺は元日本帝国陸軍大佐、千壌土久遠にして今はただの老害だ」
「……日本帝国? こっちの世界では日本は帝国なのかしら?」
「それは俺に知る由は無いよ。例え此方側の世界に日本があろうとも、俺はこの世界の日本を知らぬ。俺が言っているのは無謀にも大国へ戦争を仕掛け、敗戦した日本だ」
「大国?」
「アメリカ合衆国。これはこっちにもあるのか?」
もしあるのなら結構興味が有る。
いや、でもそうなるとこの国は何処ということになるのだろうか。
俺の感じた印象ではヴェネツィアだが、それは最早国では無いし、首都でも無い。
となると…………パッと国名が出てこないのは歳を取り過ぎたせいか、時間が立ち過ぎたせいか。
どちらにせよ容認できないな。
「っ。まさか貴方も此方へ召喚されたというの?」
「召喚? いや、気付いたら全裸で森の中に居た」
ついでに、若返ってな。なんて言うと、弔は尚の事驚いたような顔を見せる。
十はというと、弔の質問や驚き様に困惑している様子だが、俺も十に近い感情が芽生えているが、弔は急に無言になると、進むスピードを上げ、十はそれに追いつくべく小走りになる。
強歩とはこのことを言うのだろうが、スピードを緩めてやらねば十が力尽きるぞ。
本当に勇者なのかと疑いたくなる程に、どうやら十に体力は全く望めないらしく、既に息切れを始めている。
ただ、進む速度を元に戻す様子は全くないようで、俺は溜息を吐くと、十を肩に乗せた。
「え……え……えぇ……!?」
お姫様抱っこだと、前に「このタラシ野郎!」と訳の分からん罵りを受けたので、肩に乗せて腕で足を固定する形がこうなる前は普通なのだが、今の俺では人間一人肩に乗せるのは不可能なため、肩車だ。
正直、スカートの相手に肩車はどうかと思うが、このまま行くと力尽きて転びそうだ。
許可を取る暇があるなら久遠さんタクシーの出番なのだが、弔が進む速度を緩めぬ以上そんな暇は無いし、倒れた十を起こさないなんていう選択肢が無い以上は、転ぶ前に策を討つより他ない。
俺の上に居れば、転ぶことはまずないだろう。
……俺が転ばなければ。
後ろで、こんなにも大きく動いているのに弔は気付いた様子は無く、「嘘……じゃあ……」なんて何やら訳の分からないことをブツブツ呟いている。
十も、嫌がる様子を見せないし、このままついて行けばいいだろう。
……しかし、同じ女児の十は嫌がらない。
なのに何故エウフラージアは久遠さんタクシーをそこまで嫌がるのだろう。
その後、その姿勢のままに城を出て学校へ行く事となったのだが、兵士や家政婦に好奇の死線で見られ、揚句良く考えれば弔を放置して十に尋ねれば良いだけだったという今更ながらの結論を得たのは、学校へ到着し、まずは職員室という場所へ行くのだと知った後のことだった。
ただ、十に物凄く丁寧にお礼を言われまくったので、結果オーライと考えることにした。




