020 敗北への勇者様
へ゛ルンハルト゛はにけ゛た゛した。
しかしまわりこんだ。
いや、逃げんなよ、私が犯人ですって言ってるようなもんだろうが。
優人のベルンハルドへ向ける目が冷たい。まるで絶対零度だ。
結城のベルンハルドへ向ける目が語る。変態発見と。
久遠のベルンハルドへ向ける目が無い。目も当てられずに頭痛で目を瞑っているから。
だが幸いにも、俺の行動が速かったお蔭か他の兵士達にはその事実は伝わっていないようだ。
結城はどうやら物分りが良さそうであるし、捕らえに来たと言いつつも、良く知る人物である優人が此方側の見方をしている時点で何かしらの理由があるものと考えているようで、すぐには告発し無さそうである。
となると問題は……。
「む! こっちだ! こっち側から臭うぞ!」
「……何で俺、こいつとワンセット扱いなんだろ」
ヘイジルが黄昏る中、バイロンは我が道を行くといった風な態度を崩さず、女装したベルンハルドを探している。
取り敢えず、ベルンハルドを連れて行かせる気はサラサラない。
戦の神とやらから、既にギフトは受け取った。
必要ならこの場の兵士全てを皆殺しにし、ついでに国王をも殺し、ベルンハルドの罪が霞み、無かったことになるまで暴れ続けてやろう。
俺は俺のせいで友達が不幸になるなぞ、絶対に許さぬ。
例えそこで冒険が終わろうと。
例えそこで死に絶えようとも。
俺は友を助けよう。
俺は友を救うのだ。
ましてや、今回は完全に俺のせいであり、ベルンハルドが見つかったせいであると責任転嫁する気も無い。
だから……!
俺は何気ない動作で鞄に手を突っ込み、布に包まれた黒い短剣を取り出して弄ぶ。
敵意も、殺意も、そもそも相手に晒す者では無い。
憎悪も、邪気も、全て飲み込んで、相手が俺に気付く前に殺す。
冷静さを損なわず、闘志を燃やして殺す。
殺しが伴う戦いに、武士道も騎士道も無い、皆無にして不干渉。
あんな生き方していたら、生き残れない。
「見ぃぃ付ぅけぇたぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁあ!」
「ぎゃあああああ゛ああああああ゛あああああああ゛ああああああ!」
バイロンにロックオンされたベルンハルドは、その視線から逃げる様に自身の身長の二分の一以下である俺の後へ回った。
動けない時に恐怖を植え付けられたせいか、酒場で男共にさん付けで呼ばれていたような男の姿は何処へやら。見苦しくも弱々しく、俺の背後へ隠れたのだ。
まあ、逃げるという観点からいえば、俺の後ろ程安全なものはないがな。
「……一応聞くが、身柄を渡す気はあるか?」
「無い。全員、それ以上前進してみろ。……どうなるかは進み具合次第だ♪」
頭を横に倒しながらにニコリと笑って言う俺に、全員が一歩後退する。
何だよ、キモいってか? まあ後退する分には構わぬがな。
「フッ甘いな! そんな脅しで俺の進撃を止められると思うなよぉぉ!」
「……脅しじゃないよ。まあ、別に死を早めたいなら別に構わな……」
「ぎゃあああああああああああああああああああああ!」
「っ!? おい待て! 俺の後ろから離れるな! おい!」
バイロンの向う見ずな前進に対し、俺が剣戟を披露しようとしたところで、ベルンハルドが絶叫しながらに逃走。
その動揺に乗じて、バイロンが俺の目をすり抜け、逃走したベルンハルドの後を凄い速さで追っていく。
そんな光景を見せられた俺達は、それを茫然と見送るしかない訳だが、状況が何一つ好転しないどころか、むしろ悪化していることに、俺は焦りを感じた。
ベルンハルドの一人きりでの逃走。
これは俺がベルンハルドを守ることに専念できないことを意味している。
ベルンハルドが走り去った後、茫然と見る事なぞせずに、即時その後を追うべきだった。
ここ数年の平和ボケが仇となった。
全ての国を廻り、敵の居なくなった世界で、俺という刀は錆び始めていたという訳だ。
……気功も使えない。
これは一度、研ぎ直す必要がある。
気功に関しては、開門しないことには始まらない。
物理以外の何かで体に衝撃を与え、無理に開門し、気功を制御し直すのが一番手っ取り早いが、体内に衝撃を与える方法なぞ、俺は気功以外に覚えが無い。
雷なら、それに近いかもしれないが、アレは広い意味で言うのであれば物理の部類に入る。
さて、どうしたものかな。
「取り敢えず、取り残された俺達がどうするか、という議題で話し合おうか? 勇者二号」
「……俺達は王命で奴を取り押さえるよう言われてる」
「追いたいか? 別に構わないぞ。ここを通れると本当に思っているのならな」
「うん。正直、結城が連れて来たあの人にヘンタイが追われてたのを見て酷い目に会ってたのは分かった。既に酷い目に会って、更にそれで捕まるなんて間違ってる」
の割に、呼び方は未だヘンタイなんだな。
まあ、ベルンハルドの印象が少しだけ良くなったようではあるが、ヘンタイからベルンハルドへなるにはまだ時間が必要そうだな。
俺は木剣しか持っていない優人に、鞘に収まった剣を投げて渡す。
「使え」そう言って、俺自身は先程から遊んでいた布の中から黒い短剣、略して黒剣を取り出し、空へ放り、回転するそれを華麗に掴んで結城達へと向ける。
「……これ、真剣?」
「当然だ。木剣で戦う気か?」
「うん……そっか。それもそうだね」
優人は、覚悟を決めた様に頷き、鞘からその刀身を抜き、光り輝くその刃を、上段の構えで相手へ向ける。
「……あー、俺どうすりゃ良いんだ? 優人と戦うとか無謀過ぎだろ」
「じゃあ降参して城へ帰れ」
「そうしたいのは山々……つーかもう帰りてぇ。あーでも駄目だ。お嬢に狩られる」
「お嬢?」
誰だ? ヤクザか?
ヤクザなぁ……懐かしい……昔やったよ。俺VSヤクザ100人。
昔は若かったなって思っちまうよ。
まあヤクザ共は俺の友に手ぇ出したのが運の尽きってことで、ついでに命も尽きて貰ったが。
「っ。お嬢も協力してるの?」
優人が動揺し、焦りながら結城に尋ねる。
……何だ? 頭の中に、最悪の可能性が浮かび上がってくる。
優人の動揺した様子に、結城の何かを企むような、その笑み。
「あぁ……クク」
「!! 久遠さん! 今すぐヘンタイを追わなきゃ!」
「チッ、分かった」
その言葉は俺に、伏兵が居る事を察しさせた。
即座に動こうとした俺の前に、結城と兵士が立ち塞がる。
立ち塞がった奴らの顔は、あからさまではないものの、勝ち誇ったように口端を吊り上げ、武器を手にしながらに、笑っていた。
「行かせねぇよ」
「…………カッ! クハハ。俺も舐められたものだな」
よもや伏兵とは。
逃走者相手に数で攻めるのではなく伏兵を控えさせた追い立てを主とした作戦を立てるとはな。
俺は笑い、その後俺の前に立ちふさがる人間共に告げる。
「のけよ。それが愚行であることすらも、分からぬか?」
俺は黒剣を振るいながら言う。
そして、黒剣は俺の感情に答えたかのように、その刀身を燃やした。
赤い、朱い、紅い。
真っ赤な炎が刀身から空へ、空から地へ、地から人へ。
立ち塞がった壁共に、業火を見舞う。
ベルンハルドはこれを見て『まぐ』と呼称していた。
恐らくまぐというのは摩訶不思議な力を秘めた道具の総称。
あの、石壁の幻影を造り出した物がまぐそのものという訳では無く、まぐの内の一つだったという訳だ。
成程、不思議な世界だな。ここは。
一振りにより生み出された業火は、脅しである。
振り下された業火の位置的に、この一撃で焼けるとしても前衛に陣を組んでいた者共の服や髪といったもの位だろう。
ただ、その炎は鎮静化されない。
一応、殺さずを貫けば優人も仲間のままだ。
逆に、殺さずを貫けなければ、恐らく優人は離れていく。
色々な人間を見ていた俺という人間の感覚が、そう告げている。
「優人、火による足止めの間に、ベルンハルドを追うぞ!」
「は、はい!」
「……逃がさねぇよ」
走り出そうとした俺と優人の前を、結構な水圧の水弾が遮る。
何処から水を、なんて問うまでも無い。
声の主、結城の仕業に違いないに決まっているのである。
向き直ると、炎は一直線に鎮静化していた。
そしてその線の先には、結城が居る。
「アンタ……久遠さんか? 優人曰く。アンタ結構えげつないな」
「ふむ?」
「一歩間違えば俺達のほとんどがお陀仏。焼け死んでたぜ」
「ふむ。お前はどのような言葉を望んでいるのだ? 殺すつもりは無かった、か? 愚かだな。話すことを優先し、火消しを後回しにする愚者らしいわ」
火は消せるなら、即座に消すべきだ。
位置的に、宿へ燃え移る事は無い。だが、街道が火の海では馬車は、町民は、通るのに困るだろうな。
流石、守られるだけの勇者は違う。
「……ハハ、愚者結構。俺の仕事はアンタを足止めすることでね」
「そうか。なら俺は先を急ぐとしよう」
愚行を積み重ねた先に至った結果なぞ、良いものでは無い。
そのことが分からぬ程、幼いのだな。
「優人、火消しとアイツの相手、頼めるか?」
「え?」
「出来るか? このまま行くと、俺はあいつを殺す」
「出来ます。任せてくれ」
「あぁ、任せた」
俺は優人に背中を預け、走り出した。
背後で、騒音が鳴り響くも、俺は振り向かずにベルンハルドが走り去った後、追う。
土の地面でないせいで、足跡を辿ることは出来ない。
だから途中からはどうしても勘で道を選ばねばならなくなる、が、ベルンハルドの思考を予想し、走れば多分大丈夫だ。
直ぐに息が切れる。
そんな現実に、俺は舌打ちするしかない。
舌打ちして、呼吸が乱れようとも走り続けるしかない。
軟弱の権化たる自分の身体に、虫唾が走る。
これ程までに腹が立ったのは、本当に久方振りだ。
疲労に対して、一度も生まれぬ弱音。
それだけだろう、現在の俺が褒められる点を粗探ししたとしても、その程度のことしか褒められない身体。
笑えないな、俺は重くなりつつある足を問答無用で動かし続け、そこで俺は人だかりを見付ける。
そんな中に、見知った顔を見つけ、俺は息を切らしながらにその名を呼ぶ。
「トラウゴット!」
「ク、クオー!?」
「これは何の野次馬だ!」
「あ、あぁ大変なんだ! ベルンハルドが勇者に!」
「っ!? おい馬鹿共、どけ! 道を開けろ!」
俺は大声を出し、野次馬共を掻き分けて、最前列の先、当事者共の巣窟へと、足を踏み入れた。
「……あら、少し遅かったわね」
「……!」
そこにあったのは、バイロンに拘束され、猿縄で口をも塞がれて喋る事も叶わないベルンハルドと、それを棒立ちのまま眺めている女児。
そいつもまた、日本人だった。
歳はまだ十代だろうに、にも関わらず美しいというのが相応しいその顔立ちは、厳粛たるその目付きによって誰も寄せ付けんとしていることが伝わってくる。
ただ、その顔に何処となく見覚えを感じる、気のせいであるかは定かじゃない。
長い黒髪が、風で流れる。
絵になる様であるが、俺はその様に違和感を覚える。
何だろう、印象との齟齬?
あぁ、今はそんな事どうでも良いか。
ベルンハルド、助けなきゃ。
俺は無意識の内に、有る筈の無い刀身にべっとりと着いた血を払う様に、横へ剣を振り下しながら、女児とバイロンへと近づいて行く。
その時俺がどんな目をしていたか、なんてのは奥にいた野次馬共の俺を見る目で、容易に予想出来た。
どうでも良いけどね。
一度拘束されてしまった以上、もうこの国を一度滅ぼさなければベルンハルドの居場所がなくなる。
だから、もうじきこの国とはお別れを告げるのだから、どうでも良いに決まっている。
「動かないでくれるかしら?」
「断る」
「彼が、どうなっても良いの?」
「どうにかなる前に助ける」
「それは無理よ」
反射的に、その言葉を聞くと同時にバックステップで後退した。
虫の知らせ、直感。
ベルンハルドを死なせたくなければ進撃を止め、後退しろ。
俺は、自分が何故そう感じたのか、分からなかった。
「もう一度言うわね。動かないでくれるかしら?」
「……肯定しよう」
「良い子ね、じゃあ一緒に着いて来て貰うわよ? 逃亡者の一人さん」
ま、服装があまりに目立ちすぎるのだ。
バレていることは分かっていたよ。
俺は女児の言葉に従い、女児と、ベルンハルドの巨体を担ぐバイロンの後を、無抵抗のままに歩き出した。




