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111Affronta  作者: 白米
第一部 Punto di svolta nel mondo
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002 川で佇む若輩者

 水の流れる音が耳に心地よく届く。

 久しぶりに感じられるその音を子守唄に眠ってしまいそうになる自分の体に、まずは安全確保しなければ獣の餌だぞと命令、重い瞼を開いたところで、何故そんな音が聞こえているのかという疑問が浮かぶ。


「…………ここは。川か」


 脛から下の辺りに心地よく当たっている穢れ無き冷たい水に、俺はそう呟いた。

 辺りを見回すと、河原の奥には沢山の木々が聳え立つ森林の中だと理解出来る。

 地形的には山だろうか。でもそこまでの高さは無い。エベレスト山脈に比べたら平面に相違ない程度の山であることは分かった。


 これは夢か。

 俺は思う。俺はついさっきまで女児にクリスマスの何たるかを話して過ごしていた筈なのだ。

 敬愛すべきシンドバット公よろしく、大冒険にでては居ない筈なのだが、足に感じる水の冷たさ、頬を撫でる優しい風、木々が奏でる漣の音。

 それらすべてが聡明過ぎて、とても夢だとは思えない。


 俺は足元の水をすくって口に流し込む。冷たい水が体に浸透して行くのを感じると共に、自分が有り得ない程空腹であることに気付く。


 ついでに、すくった際に水に写った自分が全裸であったことも。

 水浴び中だったか。しかし、足以外に濡れている部位は無いし、体が汚れている様子も無い。というか、肌の張りが十代のそれと相違無い。

 俺は狐にでも化かされている気分で、足を動かしたことによって出来た波紋が収まるのを待ち、今度は自分の姿を覗き見る。



 若返っている。

 川に写った自分は、若きし頃の自分。まだ武道の道に入り、数年足らずの若輩者であった自分。

 俺は水に倒れこんだ。息することを止め、水を一杯飲んだ。10秒足らずで起き上がり、この現象が夢、現実、どちらでも構わないと結論付ける。

 もしもこの世に神が居たとして、死後の世界が有ったのだとして、神は自分にまだ冒険することを許したのだ。

 許されたのなら仕方が無い。楽しもう。楽しまなきゃ。楽しむしかない。ワクワクする自分の心を抑えられない。

 良く考えたら、パンツも無い状況からのスタートは初めてのことかもしれない。

 追剥といった奴らの強襲は全て追い払ってしまったから、最低限の文化的な物を失う事なんてそうそう無いしな。


 取り敢えず、飯を探そう。

 思い立ったが吉日とはよく言うが、俺の場合思い立ってなくても繰り出していた訳だが、今そんなことは関係なく、『腹減った』『何か食べたい』の一択状態。

 これ程大きな森林の中、獣の一匹や二匹居る事だろうと思う。

 ……というか、この川にも普通に、魚位居るだろ。そう考えると川は宝庫に見えたが、波紋を立ててしまったせいで一時的に魚が避難している。

 獣を待ちながら、魚捕りでもしよう。そう考えた時、俺は動くことを止め、目を閉じた。


 足から伝わってくる川の流れ。

 俺はそこから、魚が戻り始めるのを確認する。そして、クマと同じ手法で魚を水の中から河原へと、余計な波を立てずに弾き出す。

 手ごたえから、そこまでの大物じゃない。

 あまり深い川ではない。どうせなら滝壺周辺で大物を狙いたいところだが、もう始めてしまった。

 そしてなにより、空腹がそこまでの移動を許さない。

 クマ顔負けの速度で、魚を河原へと弾き出して行き、20匹に達したところで手を止め、目を開ける。


 そして、思っていたより大きな魚達に、テンションが上がる。

 俺は河原で簡易の生簀を作り、その中に魚を入れて置き、大きめの石でナイフを作る。

 枝を拾い集めて薪の準備をしながら、魚を焼く際に使う少し太めの木の棒を探す。木の棒はしけってても良いが、薪となる枝は良く無い。

 薪には乾いた枝を、木の棒には長さや丈夫さを重視して。

 俺は淡々と木々を集めて行き、河原に戻ると薪を組み、木を擦り合わせて火を起こす。

 ここまでの作業はもうやりなれている。

 ただ、魚の調理に関しては、疑問をぶつけさせていただきたい。


「……これはなんという魚だろう。美味しそうではあるが、種類が分かりかねる」


 もう若くないのだし、毒には気を付けるべきだろうと考えたところで、そう言えば若返ったのだったな、と思い出す。

 ならば致死性の毒でなければ大丈夫だろうと、一匹生簀から取り出し、苦しまぬよう一瞬で息の根を止めた後、腹を掻っ捌いて内臓を取り出していく。

 その際、毒袋が無い事を確認できたから、多分大丈夫だろうと思う。


 口から木の棒を突き刺し貫くように通すと、腹から木が確認できる。

 本当は塩を塗したかったが、無い物強請りをしても始まらない。

 素材のままの魚を食べるのは危険を知らなかった数十年振りだが、懐かしいし初めて食べる魚となるのだから、素材の味を知っておくのも良いだろう。


 俺は淡々と魚を捌き、焼くという作業を繰り返していく。

 魚は、その全てが同じ種類と言う訳では無く、中に数匹毒を持つ種類の魚が居た。

 毒袋を傷付けずに取り出し、ヒレ等に毒が無いかを確認して、河で中まで良く洗ってから焼く。

 この時の俺には食べずに放置すると言う選択肢は無い。

 貧困地域に行ってからは、食べ物の有り難さを身を持って体験しているのだ。高々毒が有った程度のことで食べることを止める筈が無いのである。

 というか、フグを捌く事よりは何倍も楽だった。アレは免許が必要であることも頷けるからな。


 焼けた魚から口にしていく。

 空きっ腹には何でも美味しく感じられたが、途中から味わう余裕が出来ると、『~が有ればもっと美味しく調理が出来る』等と言う思考が頭を廻る。

 口に入れば何でもよかった時代が懐かしい。そう思える思考だった。

 すべての魚を食べ終えて思ったのは、調理に一番手間のかかった毒のある魚が一番上手かったということである。

 こうなって来ると、毒のある奴を相手にしても、毒抜きに挑戦し、食べてみるしかないのではないか。

 命を危険に晒してまで食べる必要があるのかと思いもするが、食は動物に欠かせない欲求だ。命を懸ける価値はあるだろうと思いもする。


 無論俺は、冒険する道を選択する訳なのだが。



 さて、腹も膨れたところで獣でも探しに行こうか。

 無論、肉を食べる為でもあるが、優先順位としては毛皮。

 つまりは服の調達ということになるだろう。

 全裸だと、人里に下りることすら叶わない。この川を拠点とし、まずは身形を整えなければ。

 まずは下半身だとしても、全身を覆える服を作るのなら、狙いはやはりクマだろうか。青々しい木々を見たところ、季節は春から夏。

 具体的なことはこの地域の気温に関する知識が無いと分からない。

 ついさっきまで肌寒い思いをしていたというのに、今は全裸でも問題ない気温とは、何とも変な感じである。


 森を探索し、穴倉を探してみるか。

 それとも、魚の内臓を餌とした罠でも作ってみるか。

 どちらにせよ、全裸と言う状況は人間的に羞恥心が有る。

 というか、それが無くなったらアウト。俺の場合は獣の仲間入りで、俺じゃない場合は裸族の出来上がりだ。


 葉で陰部を隠すか? ギャグ漫画じゃあるまいし。それに、被れる可能性が高すぎてやってられない。

 まあ、考えても始まらないか。歳を取って悪くなったのは、考え過ぎることだ。

 体は、この位の時の俺ほども引き締まっていない。

 細いながらもプヨプヨとした柔らかい腹部というのが、俺には新鮮でならない。

 自分の腹筋はわれていることが常。インドア派共こんにちわな身体つきだったことなど、人生の中の十分の一にも満たない昔過ぎる昔の一時だけなのである。

 それと同時に、自分を鍛える時間がこの体になる前より短い事に絶望する。

 何と言う事だ。俺は戦いに特化した細い体に収まる強靭な筋肉を作ることに成功はしたものの、それには長年の歳月がかかった。

 今回は、それが完成するとともに老いと言う逃れられない死神が鎌を振るって来る。


 ……模索する時間を減らすことが出来る分、時間を短縮することも可能か……?

 俺は考える。そして、十年程度の歳月は間違いなく短縮可能だと結論付ける。

 後はこの地にある環境次第。

 俺は人里へ希望を抱きつつ、服の案件に思考を戻す。


 なんなら、俺自身が追剥になってみようか。

 そんな思考が俺の中で一瞬出て即座に消えた。元から無いと否定されている案を、自己の中でのジョークとして出したと言わんばかりの早さだった。

 日本の武道を極めてしまえば、そういう悪行を嫌悪する性格になる。逆に嫌悪できる性格になれなければ極められてなどいない。

 早くに亡くなった俺の師が言った言葉だ。俺は師の言葉通りだと思った。


 どうしても、悪に身を染める自分が想像できない。

 生存競争に負けた敗者から剥ぎ取る事は悪では無い。そうじゃないとこの世は悪循環である。これは俺の考え方、いや、生き方だ。

 人間と動物を区別しなければ、こういう思考に達する事も容易。もっとも俺は、人間好きと言う矛盾も抱えているが。


 行動しよう。

 そういう結論に至るまで、そう多くの時間は必要としなかった。

 元々、行動しなければ何も得られないと言う至福の環境にいるのだ。行動しないことには何の意味も無いどころかむしろ状況を悪化させるという現実しかない。


 森の中に入れば、獣の足跡位見つけられる。そこから獣の住処を見つければ良い。

 人間の足跡を見つける事が出来れば、人里も近くにあることだろう。


 森に入ることは、身の危険という考えるまでも無いデメリットを除けば、良いことだらけだ。

 流石に、登山家等の人間にこの姿を目撃されるのは避けたいところだが、それに関しては河原であるここの方が見つかる可能性が高い。

 生き物は水のあるところに寄って来るものだ。目撃されたらきっと、「あっ」とでも反応する事だろう。


「あっ」


「■■」



 ……今起こったことありのままに話そう。


 人来た。来てしまったよ。

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