019 追手なる勇者様
城を出てすぐ、俺達は人通りの少ない裏街道へと入った。
太陽の光が当たりにくく、基本的に薄暗いここは人通りが少なく、恐らく来るであろう追っ手を撒くには複雑な構造となっているこの場所を使うことが最前だろう。
朝から町を歩き回っておいたことがこんなすぐに役立つとは思わなんだが、取り敢えず追手が来る気配は無い。
優人はベルンハルドを地面へ下し、多少乱れた息を整え、汗を拭う。
俺は、多少走っただけだというのに息切れする自身の軟弱さに心底嫌悪しているせいか、その表情は暗い。
「久遠さん、これからどうする?」
「そうだな、取り敢えず俺の泊まっている宿へ戻ろう。ベルンハルド、お前は組合でアニェッラを呼んできてくれないか」
「お前の泊まっている宿って何処だ?」
「名前は分からん。お前と出会った酒場から一番近く、陽気な女将が印象的なところだ」
「あぁ、あそこか。でもあの位置取りなら組合は通り道じゃねぇか」
「…………え、お前その格好のままで宿屋へ来る気か……?」
ベルンハルドは現在、言わずもかな気持ち悪い格好をしている。
そんな格好で行動を共にしていたら、私達が犯人ですと宣言しながら歩いているようなものだろう。
「やっぱり、ヘンタイか」
優人が警戒しながら言う。
「おいボウズ、誰がヘンタイだ」
「お前だよベルンハルド。自分の格好見直せ馬鹿」
ベルンハルドは、顔を下にして自分の恰好を理解したようで、自分の発言が自分を貶めている事に気付き、優人に弁解しているようであるが、俺は聞き流した。
ベルンハルドとは、行動を共にすると目立ち過ぎるという理由から別行動を取る事にした。
兵士が追って来るにしても、編隊を組んでから行動に移すだろうから、追手が来るまでにそれなりの余裕はある。
しかし、後から追手として街中を徘徊する兵士達に少年二人と変な巨漢一人がセットで歩いている姿を目撃された町民に通報されるのは芳しく無い。
だからこその別行動。
ただ、ベルンハルドはその意図を理解出来ず、自分だけが晒し者に会っていると感じ、不満そうな顔をしていたが、今は気にしていられない。
宿の食堂を集合場所とし、俺と優人は街道に戻ってそのまま宿屋へ。
ベルンハルドは一度組合へ寄り、アニェッラを連れてくると同時に自身の身形を整えてから宿屋へ。
話が纏まったところで、俺と優人は裏街道から宿屋へ進みつつ、街道へと進む道を代え、そこであることを思い出した。
「そういえば、優人は勇者なんだったな」
「え? うん。まあ、実力が伴わない半端者だけど」
「顔は町民に割れているのか?」
「……あ。このままじゃ僕のせいで行動筒抜けか」
どうやら、顔は割れているらしい。
というか、町を自由に歩いて良いのなら、城を封鎖している意味は半減だろうに。
取り敢えず顔を隠せるものをということで、俺はその辺でやっていた露店で能面と般若を足して二で割ったようなお面を発見し、購入。
財布を預け忘れたのが幸いしたな、なんて考えながらそれを優人に手渡した。
「それ、被れば顔は分からんだろ」
「コレ……何のお面? 呪われたりとかしないかな」
「大丈夫だ、それからは何も感じない」
実は、それの横に置いてあったハイエナとオオカミを足して二で割ったようなお面は、想像を絶する邪気に覆われていたりもしたのだが、触れるのも躊躇われる程だったので放置してきてしまった。
……大丈夫だよな?
「ふーん。ま、久遠さんが言うならそうなんだろ」
優人は、特に気にすることも無くお面を被った。
これで一応は顔バレの心配は無い。
本当なら俺の服装もどうにかしたいところだが、この格好は知らない人間が見たら表現に困る作りをしているし、多分大丈夫だろうと、楽観的に考えておく。
俺達は町の中に溶け込み、難なく宿屋へ辿り着いた。
入ってすぐ、真正面にあるカウンターの奥に女将がいないことを確認すると、今朝死闘の末に朝食へありついた食堂に入り、奥の方にある席に腰掛ける。
「あれ、ここって……」
「む? どうかしたのか?」
席に着いて、何やら落ち着かない様子の優人に気付いた。
どうしたというのだろう。まさかとは思うが、男というだけで既にエウフラージアの父親からの死線を受けているのか?
「いや、ここって友達の家じゃなかったかなって」
どうやら違っていたようだが、友達の家?
「友達? エウフラージアか?」
「え、じゃあやっぱり?」
「ふむ、お前はエウフラージアと知り合いだったのだな」
宿屋の娘と勇者の接点とはこれ如何に? 寝泊まりはまず間違い無くあの城であろうに、その娘と知り合う可能性なぞあるものなのだろうか。
「うん、学校で知り合ったんだ」
「あぁ、成程な。……しかし、となると今日学校はどうしたのだ?」
「今日は色々あって休んだんだ。用事を済ませて、やる事が無くて特訓していたところに君が来た」
やる事が無くて特訓、ね。
その程度の努力で魔王を倒せるのなら勇者は要らぬと思うのだがな。
その後も、下らない談笑に耽り、1時間足らずでベルンハルドとアニェッラが来て、ベルンハルドは何時も通りの姿を見せて優人に驚かれていた。
気持ち悪い女装男が、屈強な戦士へ早変わりしていたら、誰でも驚くだろうな。
「ヘンタイに……美人な妻……!」
あ、そっち?
ベルンハルドはその呟きを聞き逃し、アニェッラは聞こえながらに顔を赤めて否定しなんだ。
というか、優人はいい加減ベルンハルドの評価を変えてやれよ。
女装までして侵入したのに、何を成すでも無く窓に挟まり窓ぶっ壊して帰ってきただけの哀れな奴なんだぞ。
まあ7割程俺のせいでもあるが。
「全員揃ったところで、これから来るであろう兵士の追手をどうするか考えようではないか」
「は、兵士? ベルンハルド貴方、一体何をしたのよ」
「何もしてねぇ、つか何も出来てねぇよ!」
「ホモに狙われたり、厠の窓ぶっ壊したりしただう」
「……誰か縄、持って来てくれ。大男が首吊り出来る位丈夫なやつ」
「落ち着けヘンタイ。死ぬことでは何も変えられない! まず性癖を何とかするところから始めるんだ!」
「殺せ! いっそ殺してくれぇ!」
いや、優人それは追い打ちだ。
ベルンハルドは絶望の余りテーブルに突っ伏し、そんなベルンハルドの背をアニェッラが摩る。
流石に追い打ちを掛けようとはしないか。
取り敢えず、優人のベルンハルドへ対する評価が底辺通り越してマイナスの域に達しているのをどうにかしたい。
そんなことを考えながら、優人のベルンハルドを見る眼差しがゴキブリを見るそれに相違無い事実を知り、無理じゃね? という結論に辿り着く。
暗示を掛ければ出来ないことも無かろうが、それはもう既に優人の意思じゃない。
「……取り敢えず、どうするか決めよう」
「どうするって。話し合いじゃあ無理なの?」
「優人、兵士達の言葉を忘れたか。このままだとベルンハルドは死刑なんだぞ」
「いや、お前もだろ」
ベルンハルドの下らない事への指摘を、俺は無視する。
「それは……そうだけど」
「ただ、奴らがベルンハルドの姿を認知していない点では、やり過ごしも効くかもしれん」
「いや、お前はバレてるだろ」
ベルンハルドの下らない事への指摘を、俺は無視する。
「となると、だ。問題は優人と俺。この二人がベルンハルドの存在を黙止しておけば大丈夫な可能性が高い」
「……うぅん。でも彼を見分けることの出来る人間が居たら?」
「……居るか? あんなのとコレを同じと認識出来る奴なんて」
あまり考えたくない。
十中八九居ないと考えているのだが、城内の人間である優人がそう感じるのなら、居る可能性はかなり高い。
ただ、俺は軍略を練るのには向かず、良い案なんてのはそうそう浮かんでこない。
その後、3時間に及ぶ作戦会議の末にも、完全なる相手任せな案しか円卓の上には出て来ず、全員が息絶え絶えといった感じにテーブルへ突っ伏している。
途中で、何処へ行っていたのか女将が帰って来たが、俺達の死臭漂うオーラから逃れる様に見て向ぬふりを決め込んでいるし、エウフラージアに関しては最早帰ってくることすらしない。
さては……男か。
宿屋の手伝いもせず男遊びとはまったく、近頃の娘ときたら。
なんて、エウフラージアに男の影は全く見えなかったから有り得ないんだけれどもさ。
「久遠さんー……もう謝りに行くってことで解決しないですかねー」
「あー……国のルールを歪めることになるから多分無理だろー……」
「酒飲みてぇー」
「お腹空いた……」
ベルンハルドとアニェッラに関しては、最早完全に戦力外状態。
ぶっちゃけ二人に激しく同意なので、作戦会議は一時中断。
飯を食いに町へ繰り出したいところなんだが、俺は宿屋で飯は出るからな……朝飯夜飯はここで食わないと宿代が無駄過ぎる。
「何だいアンタ達は!」
店の外から女将の怒鳴り声が聞こえて来たのは、それから間もなくの事だった。
俺と優人は跳ね起き、宿の外へと駆け出し、ベルンハルドは俺に剣を投げて返すと、重たそうな大剣片手にノッシノッシとその後を続く。
アニェッラは自身が足手まといであることを女将の声から察し、宿屋の窓から外の様子を伺う。
宿の外に居たのは、一人の少年に束ねられた十数名足らずの兵士だった。
俺達は即時斬りかかりそうになる心を抑える。
「お前達! 何しに来たんだ!」
「お前を連れ戻しにだ馬鹿」
「……って、結城?」
優人の威勢良い叫びは、一人の少年によって敢え無く流される。
そいつは、俺と同じ黒髪だった。
そして、俺や優人と同じく、日本人顔。
ただ違うとすれば、優人の様に特出して顔が良い訳では無いということか。
別に整っていない訳では無いが、別段整っている訳でも無い。
普通という言葉がここまでピッタリ当てはまる人間は、かえって珍しかろうといった風だ。
「たく、お前の奇行に巻き込まれる俺の身にもなれ。今だって、兵士何か纏めさせられてんだぞ」
その言葉を将校になりたくても成れない人間に言ったら殴られるぞ。
まあ、そうなった場合には単なる妬み嫉みでしかない八つ当たりに近い感情によるものだろうから、人の気持ちも考えず跳ね除けるのも人それぞれだが。
「連れ戻しに来ただけならば、兵士は必要ない筈だがな?」
「……アンタは?」
「人に名を尋ねる時はどうするものだ?」
「あ、すみません。相原 結城っていいます」
「ふむ、優人と結城、二人合わせて『UU』か?」
「そんなミュ○ツー見たいなセットはご免ですけど」
何だそれは、どっかの組織に居た時聞いたことがあるような気がしないでもないが。
「まあ、俺は名乗らんがな」
「名乗らないのかよ」
それが俺クオリティ。
そう言って笑うと、結城も笑って返してくる。
ふむ、中々に話が分かる奴だな、なんて思いながら笑っていると、兵士から結城へ耳打ちが入り、唐突にキリッとした結城が、俺達に言い放つ。
「優人を連れ戻すついでに、城内で暴れ回ったという変態を捕縛に来た。優人とそこのイケメン。変態の場所を吐け」
「ハッ! 仲間を売るとでも」
「思ってるの?」
「仲良しかお前ら。……これだからイケメンは」
……って、良く考えたら俺イケメンって名前じゃねぇよ。
「後、誰がイケメンだ!」
「遅!? 決まらねぇよ! しまらねぇよ! 抑えとけよその辺の疑問は!」
「一纏めにされている感があって何か嫌だ」
「子供か。感情論でしか理由を説明できない子供か」
子供だ。
だって15歳だもの、遊びたいお年頃だろう?
「……まあ、最初からお前達が居場所を吐くとは思っていない」
「……どう言う事?」
優人が尋ねると、結城は「出てこい!」と声を張り上げた。
すると後ろから、兵士を掻き分けて前へ歩いて来る二人の人影があった。
そいつらを見た瞬間、俺はうげっと声をあげ、ベルンハルドに関しては大剣を地面へと落とし、ケツを抑え、後ろへ後さずった。
ヘイジルとバイロン。
門前にて問答を交わし、厠で蒔いた、二人の兵士の姿が、そこにはあった。
ヘイジルは、何故俺まで……といった感じに絶望感溢れるオーラを漂わせているが、バイロンは違った。
あの目は、逃した獲物を追って来た、獣の目だ。
「彼らは、侵入者の匂いがここからすると言っていた」
「すみません、俺を含めないで下さい」
「あ、すまん。バイロン氏が、だ」
……ベルンハルド……貴様のせいか!