016 侵入と人権無視
城へ向かう道中、俺達は周囲の人間の視線を全て集めながらに進むこととなった。
その要因となっているのは恐らく、紙袋で顔を隠した筋肉女という名のベルンハルドに加え、何故か変装する必要のないアニェッラまでもがバケツを被って顔を隠しているせいだろう。
そんな中、俺だけが周りに笑顔を振り撒き、遠回しに通報しないでアピールしていた。
トランク片手に、此方を見る通行人全てに手を振りながら。
……腕疲れた。
若返る前の俺であったなら、この程度の重さなど何の問題も無かったというのに。
「と、止まれぇぇぇぇ!?」
城門前、俺達を見た兵士の開口一番に言った言葉はそんな絶叫交じりなものだった。
何時の間にやら午前が終わり午後になっているせいか、警備の兵士が代わっている。
俺は笑顔を振りまいて、私怪しく無いですよーとアピールするが、流石に城門前でそれは通じない。
「勇者様が探していた黒髪黒眼の家政婦二人、用意させて頂きました」
お前が喋るなバケツ女。物凄く怪しいだろう、がっ!
「お、おぅそうであったか……二人? こっちの少女と……え、ちょ、お前コレ……こいつも家政婦か!?」
「はて、何かおかしい点でも? どちらも黒髪黒眼ですが……?」
「いやお前コレ、女か? いや、例え女でも女超越してねぇか?」
「はは、英雄色を好むと申しますし、勇者様も……ねぇ?」
「いや勇者様なんだと思ってるんだ貴様!」
アニェッラを中心に、話が進んでいく。
微塵も前進していない気がするが、俺の瞳の色をちゃんと調べる余裕も無いようである。
ベルンハルドは元より喋ることを禁じているから仕方が無いのだから、俺も何か言うべきだろうか。
「貴方が勇者様の何を知っているというのです?」
「知らんでも分かるわ!」
「何を根拠に言っているのです? 頭ごなしの否定ばかりでは新しい発展は生まれませんよ?」
「生まれる必要あるのか!? 家政婦募集だぞ!?」
無いな。
家政婦に新しさとか求めんなよ。
何だ? 家事だけでなく、歌って踊れる家政婦になれとでも?
出来るぞ、両方。
「まあまあ、片方は私が褒賞を二人分頂ければポイ捨てOKですから」
「それお前が金貨欲しいだけだろうがぁぁ! そっちのデカいのは連れて帰れ! 不採よ……」
「待て、ヘイジル」
「何だよ!」
「そっちのでかいの……勇者様がお気に召さなかった場合、俺が貰おう」
「…………えっ」
「…………ぬっ」
「…………えっ」
「…………!!」
先程まで黙っていたもう一人の兵士の発言により、周囲に嫌な空気が流れる。
ベルンハルドは激しく何か言いたそうであるものの、確実性を重視したことにより、ベルンハルドは現在、口に布を入れて喋れないようにしている。
まあ、そんなことはどうでも良い。
兵士が、愛おしそうにベルンハルドの太腿に手を置き、優しく撫でる。
「この筋肉……たまらん」
「いやバイロン……そいつそもそも女かどうかも怪しいんだぞ……!?」
「それならそれで……やりようはある」
「……! …………!!」
兵士バイロンは、頬を赤めながら舌舐めずりする。
アニェッラはショックの余り貧血気味に倒れかけたが、何とか持ち直す。
きっと今アニェッラの中では、ベルンハルドを助けるべきか葛藤していることだろう。
というかベルンハルド、絶対に喋れないから諦めろ。
現在進行形で動けなくするツボを突いてるし、お前にはどうする事も出来ん。
「という訳だから、二人をさっさと城へ通し、そいつに褒賞渡してやれ。怪しいし、城の中へは入れられんだろう? こういう場合に備え、褒賞を預かっていただろう」
「いや怪しいって点ではそいつが一番怪しいわ!」
「いいから、早くしろ」
ヘイジルは、未だ何か言いたそうにしながらも、バイロンが何を言っても聞かなそうであった為、諦めた様にアニェッラへ金貨20枚の入った袋をアニェッラに手渡す。
アニェッラは茫然として、何とか受け取りはしたものの、そこから動けていない。
俺がポンと肩に手を置くと、ロボットの様なカクカクとした動きのまま回れ右をして元来た道を去って行った。
……大丈夫かあやつ。
「では開門する。お前達、城の中でおかしな真似をすれば即時首が飛ぶと思え」
兵士はそう警告した後に、城門の上に居た兵士へ開門を求め、すぐに門が開き始めた。
それと同時に、堀の上を通る橋が此方側に掛かり、兵士達は先に進む。
俺はベルンハルドのツボを突くことを止め、城内へ入ろうとしたのだが、一瞬突くのを止めた瞬間に足の筋肉が逃げに使われることが分かり、再度突き直す。
「……ベルンハルド、何処へ行く」
「…………!」
俺は帰るぞ! いや、返して下さい! と、言わずもわかる程に目が語っていた。
しかし、俺がそれを許す訳も無い。
「ベルンハルド、俺に女装させてお前だけ逃げるなんて真似、しないだろうなぁ?」
俺はベルンハルドにだけ聞こえる程度のドスを効かせた小声で言う。
ベルンハルドは、何も言えなくなる。
というか、言えなくなるように若干の暗示も言葉に混ぜた。
ただこの暗示はすぐに解けるし、あくまで本人の意思を尊重してしか指示できないものだ。
だから……一応は安心しておけベルンハルド。
城の中へ入ってしまえば逃げるなんて出来なくなるだろうから、喋れないお前は俺に着いて来るしかないがな。
「あの、すみません」
城内に入ってすぐ、俺は先を歩く兵士達に声を掛けた。
恐らくは勇者を待つ事になるであろうその部屋がどの位置にあるのかは分からない。
分からないだけに、出来る限り早くアクションを起こさねばならない。
「何だ?」
「ベルンが……その、お花摘みに行きたいと……」
「は? ……我慢しろ」
一瞬、何を言いたいのか伝わらなかったようだが、最終的にはしっかりと通じたようで、兵士はそう応対して来た。
ベルンハルドは俺の後ろを歩きながら何か言いたそうに俺の耳許へ顔を近づけて来るが、俺はそれを無視する。
更には、ベルンハルドのその行動を利用して、言葉を続ける。
「……いえその、なんていうか……大きい方みたいで」
言わせないで下さい。
俺はそう言わんばかりに頬を赤めて俯く。
無論、当たり前の様に演技なのだが、見ている方からしてみれば違う。
というか、俺の演技は俳優顔負けなのだ。
アレタに教わった演技は、誰にも分かり得ないのである。
何故ならアレタの職業は俳優や劇団員等では無く、身分を偽りキャラを演じて他人から金を毟り取る、詐欺師だったのだから。
「いや、しかしな……」
「さっきからずっと我慢してたみたいで……もう限界だそうです……」
「限界……!?」
「安心しろ。そうなった場合には俺が受け止めてや……」
「よし、仕方ない。厠へ案内するから着いてきてくれ!」
「すみません、ありがとうございます」
バイロンの言葉を遮って言ったヘイジルの言葉には、当然の様に必死さが感じられた。
というか、バイロンというこの男、自分の性癖を赤裸々に晒し過ぎだろう。
どういう神経していたらそんなこと出来るというのだろう。
……いや、知りたくも無いが。
そんな羞恥心を失ってそうな神経のことなぞ。
手洗い場は、そう遠くない場所にあった。
公共施設の様に、男女別に分かれているそれは、兵士達に手洗い場内での行動を見られる心配が無いということ。
俺達にとって、これ以上の好都合は無いだろう。
「王宮の手洗い場は、ここだけですか?」
「いや、他にもあるが、それがどうした?」
「いえ……私達はまだ身分証明も終えていない人間です。今この手洗い場の中から気配は感じませんし、私達が出て来るまで誰も入らないようにしていただけないか、と」
「……その理由は?」
「私達がその人を人質に何かしらの反逆行為を取る可能性を無くすため、です。また、私達にそういう疑いを掛けさせない為、と申しましょうか……」
「ふむ、たかが家政婦がそのようなことを気にするとは」
「勇者様にお仕えするのですから。この程度の知識は必須かと思い、学んでまいりました」
「そうか。まあ、分かった。お前達が入った後ここには誰も入れぬよう見張っておこう」
「お手数をおかけします」
何やら、物凄く上手く行っているが、ヘイジルは自分が体良く見張り番にされていることに気付いた様子は無い。
やはり、綺麗な少女の姿をしていると、相手の警戒を緩めることは容易いな。
あまり取りたくない手ではあるが、その便利さは結構なものだ。
「早く済ませろよ」
「それは私では無く、彼女に」
そう言って苦笑する俺に、ヘイジルも苦笑を返してきた。
バイロンは興味が無さそうに欠伸を噛み殺している。
ベルンハルドは……何かを諦めた様に無抵抗のまま、俺の指示を待っている。
俺達は手洗い場へ入ると、ため息を漏らす。
ベルンハルドは紙袋を脱ぎ捨て、口を封じている布を外すと、手洗い場にも関わらず深呼吸を始めた。
恐らくは息苦しかったのだろうが、ここでその行動は逆効果じゃなかろうか。
「…………」
「……さて」
俺の出した声は、恐ろしく小声である。
ベルンハルドはその恐ろしい顔をこちらに向け、恨めしそうに此方を睨んでいる。
ただ今は時間が無いため、構っている余裕はない。
この手洗い場は、王宮の物だけあって、音漏れを防止する工夫が施されていたため、外に声が漏れる事は無いだろう。
ただ、念には念を。
ベルンハルドに小声である場合に限り喋ることを許可すると、ベルンハルドはただ一言、こう言った。
「クオ様、ホモ野郎の相手だけは勘弁しろ下さい」
「いや、何を遜っている」
「マジ勘弁して下れさい。ガチで無理だです」
「口調が変だぞ、落ち着け」
俺はそう言いながら、トランクを開く。
中には、袴を初めとした俺の服、鞄、武器、そして化粧落としが収まっている。
俺はまず手始めに着替えから始める。
「な……そん中お前の着替えが入ってたのか……!?」
「は? お前も持って来てるだろう? 旅の荷物にカモフラージュして渡したと、アニェッラが言っていた」
「渡されてねぇ……」
「…………」
「アニェッラ……帰ったらマジぶっ殺す」
……まあ、その辺の痴話喧嘩は勝手にやってくれ。
いや、流石に痴話じゃ済まんか?
さて置き、俺は早急に村娘の恰好から袴に着替え、鏡に向かって化粧落としを始める。
科学水準は低そうなのに、蛇口があって、ちゃんと水が出てくる。
……というか、町では普通に井戸があったぞ?
王宮だけ、ということなのだろうな。
元々、それ程濃く化粧していた訳では無い。
すぐに化粧を落とし終えて鏡で落とし忘れが無いか確認すると、ベルンハルドへ向き直る。
「……ということは、武器も無いのか?」
「あぁ……無い」
「仕方が無い、コレを使え。流石に丸腰は拙いだろう」
俺はそう言って、腰に挿したばかりの剣をベルンハルドへ放って渡す。
武器の基礎は、近接戦で言うのなら結局のところ剣に他ならない。
例え現在使い慣れた武器が別の物であったとしても、一番最初に振るった武器は木剣である筈だ。
村を出て傭兵をやってるような腕白坊主なら必ず、な。
幸いにも、俺の持っていた剣はどちらかというと切れ味より丈夫さを重視した物だった。
ベルンハルドが無理をしなければ途中で折れたりはしないだろう。
「だが、そうなるとお前が丸腰に……」
「安心しろ。短剣が鞄の中に入っている」
ただ一つ、財布を抜いて来るのを忘れたのが心残りだ。
ミスをして捕まった場合、例え極刑を逃れたとしても、金は全て没収されそうだ。
俺は黒い短剣を取り出し、ベルンハルドへ見せる。
小刀も……まあ見せ掛けにはなるか。
俺は小刀を腰に差したが、黒い短剣は鞘が無い。
……どうやって携帯しろと。
「それ……魔具か? ンなもんどこで手に入れた?」
「まぐ? それは前にも聞いたことがある。……? コレは相手を惑わす為の物なのか?」
「は? そういう魔具なのか?」
「……?」
「……?」
話がかみ合わない為、取り敢えずそれは置いておこう。
鞘は、ここを抜け出してから何処かの店で頼もう。
俺は黒い短剣の方は、再び布に包んで鞄の中へ仕舞う。
「ベルンハルド、取り敢えずもう一度紙袋を被れ。気持ち悪い」
「……分かったよ」
ただし、もう口を塞がれるのはご免だからな! なんて言いながら、ベルンハルドは先程投げ捨てた紙袋を再び頭に装着する。
「では、行動開始だ」
俺は、幸いにも存在した手洗い場の窓から外に出たのだった。
ただ、そそれから5分もしない内に。
「……あっ」
「……あっ」
見つかった。
それもこれもすべて、ベルンハルドのでかい図体が窓に挟まって動かなくなったせいである。