013 供物と贈り物
「ふむ? 理由を聞いても良いか? 俺の知る世界に置いて、王宮という場所は平民が簡単に立ち入り出来る場所では無かった筈なのだ」
「そりゃここもそうだ。だが、お前の場合は特別だな」
「……特別?」
確かに俺は、この星……いや、世界か。
この世界の人間では無い。……こっちの方がしっくり来るな。
兎も角、特別と言われれば特別なのかもしれない。
しかし、しかしだ。
その話はベルンハルドにしていない。
酒の場で、肴としてちょろっと言って笑ったが、あれは笑い話で終わった。
そんな訳無い。
その場にいる全員の総意で。
「あぁ。この町……つーか人間の世界では、10歳になる前に最寄りの教会へ行って、戦の神アレースに歌を捧げに行くんだ。これは早けりゃ早い程良いらしいが、心からその神に歌を捧げなきゃならん」
「ベルンハルドは、その心から捧げることが出来ずにかなりギリギリでしたけどね」
「うるせ。どうせ4歳で既に終わらせてたお前とは違う。で、だな。その戦の神アレースに歌を捧げると、二つのギフトを授かるんだ」
……神に歌を捧げる?
俺の顔が渋いものになって行ったのは、ベルンハルドから戦の神なんていう単語が出てきてからだろうか。
宗教はもう懲り懲りなんだがな。
だが、ベルンハルドは恐らく善意のみで俺に何かをしてくれようとしている。
その厚意を無下には出来ぬか。
「ギフト?」
「レベルとスキルだ」
「……良く分らないが、漸くレベルとやらに辿り着いた訳か」
「人間っつー弱い生き物が、段階的に強くなれるモンだ。レベルってのはな」
……強く?
訳が分からない。
いやそもそも、この世界は神が実在しているのか?
ギフトとやらを歌を捧げることによって受け取っているのであれば、信憑性がある。
強くなれる、要するに潜在能力の向上を促すそれは、人間の力を超えている。
ただ、そうなるとこの世界での宗教の重さというのは尋常なものではない。
……少し、嫌な予感がするな。
「どういうことだ?」
「戦の神が決める経験値。それを貯めることによって強くなれる、それがレベルだ」
「……経験値?」
「あぁ。魔物を狩るなんかもそれに入るんだが、後は日常生活なんかでも得られたりする。まあこの辺は職業によるんだろうが……」
「ふむ」
良く分らないが、その人それぞれの人生における方向性での努力や経験を数値化したものが経験値ということになるのだろう。
まものとやらが何なのかは分かりかねるが、狩るという単語から察するに獣の仲間だろう。
「さっき早い方が良いって言ったよな? それはギフトを受け取ってからの行動でないと経験値換算されないからなんだ」
「成程な。スキルはまぁ今は良い。それで、何故城へ?」
「それは向かいながら説明する」
勿体ぶりおってからに。
別に急いではおらぬのだから、ここで説明してからでも問題無かろうに。
「……でも、今王宮へ入れるかしら」
ベルンハルドが俺を急かし、部屋の外へ押し出そうとする最中、アニェッラが思い出したように首を傾げながら言った。
俺はアニェッラの言葉の意味が分からずに首を傾げる。
逆に入れないのか? なら何故そんな話しが出たのかすら分からないのだが。
するとベルンハルドも、思い出したように「あっ」と声を上げた後、頭を掻きむしった。
「そうだった……アレを忘れてた」
「アレ?」
「おう。この国には今、勇者が居んだよ」
ふむ、成程な、今この国には勇者が居て、そのせいで城に入れるかどうか分からない、と。
………………む? 勇者?
俺の聞き間違いでは無ければなのだが、今しがた筋肉ダルマたるベルンハルドの口から、空想上の生物の名前が出て来たような気がする。
人に空想上の生物に殺られることを望まれてる癖に。
いや、ユニコーンは友達だけど。
ペガサスやワイバーンは流石に見たこと無いから、多分居ないんだと思うが、ユニコーンは友達だぞ。
名前はデシレ。
あいつはなぁ、あ、メスだったんだが、とても愛らしかったぞ。
同族がいないことを悲しんでたな。
もう数百年位生きてるとか嘯いてたが、流石に馬の亜種がそこまで長寿じゃないだろ。
……というか、嘘であって欲しい。
彼女は生まれてからずっと一人ぼっちだったって言っていた。
数百年も一人ぼっちだなんて、悲しすぎる。
……って、デジレは今関係ないか。
兎にも角にも。
「勇者というと……おとぎ話に、魔法が出てくるような物語に主演として出る、魔王を倒す為だけに生まれて来た……アレのことか?」
「いや魔法は普通にあるが……まあ、そうだな。魔王を倒す為に召喚されたんだよ」
「あの、無責任に悪者退治を強いられながらも、ラストにも英雄と崇められることは決してない、ささやかな幸せしか得られない、あの勇者か?」
「滅茶苦茶嫌な言い方すんな。そうだよ! その勇者だ!」
ほうほう、成程な。
俺の認識通りの勇者が現在この国に滞在していると。
しかも、魔王を倒す為に召喚されて。
クックック、成程、成程……って。
「フハハハハハハハハハハハ! おいおいどんな笑い話だ? 勇者? 勇者だと? 100が1より強いか? 現実、国が倒せぬ魔王を、勇者が一人で倒せるわけないだろう!」
「いや、召喚された勇者は4人らしいぞ」
「多っ!? 何だ? 魔法使いやら戦士やら盗賊やらを引き連れずに、勇者だけで勇者パーティを組むのか? フハハッ! 随分とバランス悪いな!」
「つーかどうしたクオ!? テンションがヤバいぞ!?」
高笑いを続ける俺に、狼狽するベルンハルド。
うむ、なんともカオスな光景だ。
「いや、すまない。だが勇者4人とか邪道だろ」
「あぁ、兵士が言うには、何か出てきちまったらしいぞ」
「出てきちまったって……」
「まあ多い方が良いだろ」
「いや……」
1人だろうが4人だろうが大差ねぇだろ。
どんな歴戦の戦士でも、軍隊には敵うまい。
俺じゃないんだから。
……いや、俺ですら、軍勢には敵わなんだ。
「王は馬鹿か」
「まあな、余所者を入れねぇっつー条例も、勇者を外敵から守る為のものらしいしな」
何だと?
「……それは、王宮へ行く理由が一つ増えたな」
おいおい、外敵恐れてどの辺が勇ましい者なんだよ。
笑えねぇなぁ。
そんな理由で民を苦しめるような愚王の死には暗殺が相応しい。
殺れそうなら、即決行……いや、それで国が混乱したら本末転倒か。
一番良いのは王にその条例を解除させること。
まあその方法は力づくで良いって分かったけどな。
俺の場合、この国に愛嬌なんてのは一ミクロンも無いし、というかこのヴェネツィアもどき来た事あるような気がするのに来た事が無くて何と無く気持ち悪い。
水の都と謳われたあの場所より綺麗って訳でも無し、見た目の綺麗さで言うなら劣化版だぞ。
……完全に俺主観で、客観的思考なんて微塵も感じられない感情論だが。
俺が口端を吊り上げて笑みを浮かべ、その顔の歪み方にベルンハルドがドン引きしている最中に、アニェッラが思いだした様に言う。
「後、勇者様の一人が黒髪黒眼の家政婦を求めてるって。給金は流石の勇者様。一日金貨20枚。紹介者には金貨十枚だって」
何故それを今思い出した?
何故それを今思い出した?
何故それを今思い出した!?
俺は二人の金づるを見つけた様な視線に晒されていることに気付く。
無論、ベルンハルドなんかはそんなこと全く知らなかったようであるが、気付いた途端コレである。
「…………あ、そう言えばクオ君って……」
「お、クオ黒髪……」
「俺は黒髪茶眼だ。勝手に目の色を変えるな」
俺は身を乗り出し、青筋を浮かべながら二人に自分の眼を見せる様に顔を近づける。
アニェッラに対しては女に対して無神経だったと反省してる。
ベルンハルドに対してはヘッドバット食らわした方が良かったと反省してる。
「惜しい……」
「いやそもそも、家政婦って女だろ」
「惜しい……」
「おいアニェッラ。お前は今どういう意味でその言葉を使った」
二人が笑う。
息ピッタリだこと。
腹立ったから結婚のスピーチは頼まれんでも俺がやるからな。
飛び入りでやってやるからな。
まあその前に二人をくっ付けるキューピットもやんなきゃならんのだがな。
こいつら自然の流れに任せたらずっと幼馴染のままだぞ。
感じからしてまず間違いなく。
「ゴホン、城に行かなきゃいけない理由だけどよ。10歳を超えた奴は城の地下にある聖域で捧げないと戦の神よりギフトを授かれないんだよ」
ベルンハルドは思い出したようにして、歩きながら言うと言った内容を言った。
それはあからさまに話を逸らしているといった風で、逸らせていると思っている所が腹立たしい。
やはりヘッドバットは必要だったか。
むしろ必須だったか。
「何故だ?」
「んーと。何でだったっけかな」
「それ位知っておきなさい。……そこが、この国の中心点だからです。中心に近ければ近い程、歌は届きやすいと、神父様が言ってました」
「ふむ……宗教染みていて好きになれん、というのが本音だな」
「まあ、それは仕方ねぇよ。けど、これはやっとかないと不味い。そのカードって身分証明にもなるんだけどよ、20歳を超えてレベルが無いと、異教徒として死刑に会う」
「異教徒として死刑に会う。ってサラッと言って良い事実じゃないな」
異教徒は死刑……ということは宗教国家なのか?
まあ、勇者なんていう眉唾物に頼ってる時点で宗教染みてると言えばそうだが。
「これから行くんだし、関係ねーよ」
どうやら、そもそも20歳までギフトを受け取らないこと自体がそうそうある事では無いらしく、ベルンハルドから危機感は感じられない。
その、強制的に神へ歌を捧げさせられる異常性に、こいつ等は気付いていないのか。
いや、気付けるわけないのか。
物心ついた頃からそれが当たり前と教え込まれて来たのだから。
人から教わる教育とはある意味、洗脳だ。
「んじゃ、そろそろ行こうぜ。入れるか分んないにしてもどの道行かなきゃなんねーし」
「……そうだな」
心の底から神へ歌を捧げる、か。
俺に出来るだろうか。
俺は、他人へ歌を贈ることが好きだった。
友の、歌の師匠の、ドミニカが言っていたことだが、歌は他人に聞かせるためにあるのだそうだ。
だから俺は何時でも他人の為に歌を歌う様に心がけていたが、目の前に居ない相手に向かって歌った事は無い。
歌えるだろうか。
神の為に。
いや、歌おうか。歌うのだ。
何故なら人間も、動物も、神すらも関係ない。関係ないのだ。
他人の為に、歌うのだ。
そうだろう? ドミニカ。
俺とベルンハルドは組合を出てそのまま城へと向かうが、アニェッラは当然の様に勤務があるらしく、行くメンバーに変更は無く、男二人となった。
組合を出る前、俺はベルンハルドを外に待たせ、アニェッラに声を掛けられた。
「えっと、クオ君」
「どうした? 恋愛相談なら同性の方が分かって貰えるぞ」
からかう様に笑って言う。
アニェッラに呼び止められる理由なぞ、一つ位しか思い浮かばないしな。
「ち、違うわ。……違わないけど違うのよ。……気付いちゃってるのよね?」
「気付いてるぞ。俺を前に気付かれない訳が無い。……まあ今回に関しては結構露骨だったがな」
「うぅ……そんなに分かりやすいのかしら……」
「分かりやすいぞ」
「……でね、ベルンハルドには……その、私からちゃんと伝えたいから、その、ね?」
ふむ、要するに、余計なことは言わないでくれと釘を刺したい訳か。
まあ逆の可能性、アニェッラの好意を伝えて欲しいといったことを言って来る可能性もあったが。
アニェッラのキャラなら無いか。
というか、ベルンハルドの前以外では乙女すぎるぞ。
仕事の顔、ベルンハルドの前での顔、乙女の顔の三種類あるのか。
「…………そんな男らしく無いこと、ベルンハルドにはさせられん」
「え?」
「いやなに。なんてことは無い。ただもたもたしていると、ベルンハルドから告白することになる、それだけのことだ」
「え……え!?」
「まあそうなると、アニェッラのキャラからいって素直になれなければ断る以外の選択肢は無さそうであるがな」
今度は、企みがあるように笑う。
アニェッラはまさか断られるとは思っていなかったのだろう。
その表情はとても焦った風であり、俺の言葉を聞いて確かに、とでも思ってしまったのだろう。
俺は外からベルンハルドに呼ばれて、アニェッラの頭に二度手を優しく置いた後、外に出て、ベルンハルドの前に立つ。
「アニェッラ、お前に変なこと言わなかったか?」
「ベルンハルド、お前はフェンリルに食い殺されれば良いと思う」
「酷くね?」
酷くないぞ。
俺は笑って返した。