011 廻り合せの行先
いや、そうなると言語は?
地球語の範囲内で何とかなったぞ。
俺は、言語を理解した数秒後には殺害した三人の男達を思い出しながら思う。
星を跨いでしまえば、それはもう言語の壁を越えられるものでないことは、エイリアンと戦った時にもう分かっている。
あいつらの言語は俺達人間に理解出来るものではない。
ただ、あいつらはこちらの言語を理解している風だった。
しかしあいつらは、此方の言語を理解していても当然の様に話し合いのテーブルに着く事は無かった。
出会った場所はとある砂漠だった。
周囲に建造物があれば一瞬で消え去る熱線を、子供の玩具で簡単に発するそいつらは、余りに問答無用だった。
恐らく人間以上に優れていたであろうその頭脳は、下等生物と話す為には出来ていなかったのだ。
本当は、分かりあいたかった。
しかしそれは無理な話で、俺は奴らを殲滅した。
戦力差は圧倒的で、『人間』VS『UFOの軍勢』。
敵は武器こそ強力だが、しっかりとした仲間意識があり、一度UFO内へ潜り込んでしまえば殲滅は容易かった。
後味が悪いことは、どうしようもなく否めなかったが。
…………。
フハハ。
「クオン? 大丈夫かい?」
女将の心配する声が、過去の記憶から現実へ呼び覚まされる。
兎にも角にも、星跨ぎの言語理解は不可能だ。
あれほどの技術力を持つ地球外生命体でも、話し合いに応じる事は無かった。
それに、女将やエウフラージア、トラウゴット、ベルンハルドといった奴らは全員、人間に類似し過ぎている。
同じ成長過程を踏まなければ、ここまで同種の生物が生まれるなんてのは有り得ない。
科学水準も、短い間ではあるが見た感じ、俺のいた場所より低いようである。
……分からないな。
あまりに分からず、不可解過ぎる。
だが。
「大丈夫だ。何の問題もない」
そうだ、問題ない。
一日、つまりはこの星が一回転するのに40時間も経過するということは即ち、この星が地球より遥かに大きいと言う事だ。
自転、公転の速度によって大きさはまちまちだろうが、小さいことはまず有り得なかろう。
……地球より広い星を、あんなに大きかった大地以上の大地を、お前は、千壌土 久遠は一生を賭けずに回り切れるとでも思っているのか。
否だ。
否定する。
ならば問題ないだろう。
帰る必要などない。
俺はただひたすらに力を求め、この世界を駆け巡れば良いだけだのだから。
この世界のゴールは、遠いだろう。
長い、長い、旅先を俺は歩むこととなるだろう。
俺は女将に店の位置の情報提供の礼を言うと、宿屋を出て歩き出した。
時間が早いだけに、昨日酒場へ向かう際に路上で賑わっていた屋台や露店は無い。
俺は状況の確認を済ませたところで尚の事早く筋肉を戻さねば、なんて思いながら周囲を見る。
ちらほらと見える人は皆、俺と同じ生物である。
それは何と言うか、人間としての俺がそうであると言っている。
だからこそ星の違いが分からないのだが、また考えてしまっていると首を振る。
体を動かして全てを忘れたいところではあるが、今の所体力を荒削りすることは得策じゃないように思える。
一日40時間ということは、20時間も朝なのだ。
睡眠により数時間を浪費しているとはいえ、今までより時間があるのは確かだ。
のんびり行って遅いってことはないんだろうな。
まあ、のんびりする気はさらさらないのだが。
取り敢えず、この町の位置情報を確認して行くことにより、今後動きやすくしておくか。
それから俺は、何時間もかけて町を歩き回った。
学校や城、それを近くでみたり、やはりまだ開店していなかった女将情報の店や、その他の店、特権的同業者組合……ギルドというんだったか、そういう建物も発見したし、協会なんかもあった。
途中、早くから開いていたパン屋で買ったトロリとしたチーズの乗っかるパンを頬張りながら、俺は歩いた。
飲み水が欲しければ、付近の井戸を使った。
その際、水汲みをしていた人間と仲良くなりもしたが、余り長居はしなかった。
そして、そろそろ店が開いた時間だろうと思い、向かおうとしたのはホットドックを片手に持っていた時の事だった。
それは同時に、店へ行く理由を削ぎ落とされる出来事が起こる瞬間でもあったのだが。
「ちょいとそこの」
「む? 俺か?」
「そうだ。ちょっと見ていかないかい?」
声を掛けられた方を見ると、小汚い布の上に置かれたガラクタの山の奥に老婆が座っている姿があった。
俺は特に気にするでもなく、残りのホットドックを全て口に放り込み、一口で食べきってからその老婆に近付き、しゃがんで視線を合わせる。
「これは何の店なんだ?」
「ヒッヒッヒ、何、ただのガラクタさ。それよりお前さん、そのポシェットの中、珍しい物を入れているね?」
「珍しい物? ……あ、このナイフのことか?」
俺は鞄の中から入れっぱなしにしていた金色のナイフを取り出し、老婆に見せる。
そして、何故老婆が俺の鞄の中身を知っているのか。
そんな疑問に辿り着くのに時間は必要無かった。
「お前……誰だ?」
「ヒッヒッヒ、誰でもないさ。強いて名乗るなら、ベアトリーチェ」
「ふむ、まあ名が無い相手に名乗る気はさらさらないから名乗らないが、俺に何の用だ?」
今この老婆が名乗ったベアトリーチェというのが、この老婆の名前であるとは思えない。
口調からも察する要素はあるが、そうではない。
意図的にそうしているのか知らないが、他人に名乗る必要性を失せさせることをする奴だ。
「まあ用と言う程のものでも無いんだが……そのナイフを私にくれないか?」
「名乗る事も拒む奴に善意を施せと?」
「名乗りはしたじゃないか」
「殺すぞ、大嘘吐きの老婆よ。何故かは知らぬが今の俺は感情を抑えられる気がしない」
どうしたのだろうか。
悪意に、敵意に、過敏なる反応をしてしまう。
今、宿屋の店主に会ってしまえば友好どころでは無い。
問答無用で斬り捨ててしまいそうだ。
「おぉ怖い。まあ善意の施しなんてのは必要ない。ちゃんとした等価交換を強いるつもりだよ」
「金なら要らんぞ」
「安心せよ。取引材料はコイツだ」
そう言って老婆が取り出し、ガラクタの山の上に置いたのは、黒剣。
長さは俺の持つ短剣と大差ない、つまりは、黒い短剣か。
一瞬黒曜石かとも思ったが、どうやら鉄製のようである。
剣先から柄頭まで黒一色、鍔の部分には小さな赤い宝石が収められている。
そんな奇妙な短剣を前に、そんな風変わりな形よりも、嫌な気配が短剣より溢れ出ている。
昔から霊感は強かった。
この短剣から感じるのは、悪霊に近い何か。
「……呪われているな」
「呪い? 何を言っている」
「恍けているのなら当てずっぽうでもなんでもないから今すぐ止めろ」
殺すぞ、とまた言いそうになって、俺は言葉を飲み込んだ。
いや、呪いなんてのが地球より表に出てくるのだとすれば、この異常な感情変化も何らかの呪いであると考えるのが妥当か。
「……ハァ、コレは呪いじゃ無い。魔術さ」
「……まじゅつ?」
何を言っているんだコイツは。
「まあこれで駄目ってんなら……こいつもつけてやろう」
そう言って置かれたのは、一本の小刀。
「分かった。交渉成立だな」
俺は即答を返した。
小刀、まさか出会えるとは。
まあ鞘に収まっているからその刀身を確認は出来ないが。
パチモノではないことを祈ろう。
俺は手に持ったナイフを老婆へ渡し、小刀、後ついでに黒い短剣を手に取った。
……確かに、呪われているのではないな。
というか、これの効果は外ではなく中へ向けられているな。
何かを閉じ込めているというか……。
まあ詳しい事は分からん。
正直専門外なんだ。
霊関係程才能に任せただけの技術は無いぞ。
見えながらに眉唾物と馬鹿にしているし。
「……何か釈然としないんだがね」
「釈然とされる必要は無い。俺が自己解決したに過ぎないのだから」
「マぁ、イイさ」
俺は立ち上がり、体を伸ばす。
どちらにせよ、ベアトリーチェとやらは目的のものは手に入れたのだ。
とやかく言われる筋合いは無い。
取り敢えず、感情変化を誘う何かがあるこの場所に長居は無用だ。
「老婆、俺は……」
いない。
つい数秒前まであったはずのガラクタと、居た筈のベアトリーチェは、それこそ元から無かったかのように、姿を消していた。
……狐にでも化かされたか。
相手は幽霊か狐か。
どちらにせよ性質が悪いに変わりない。
だが今はそんな物より小刀だ。
俺は波紋浮かぶ刀身を想像しながら、黒い短剣を入れておいた布にくるんで鞄へしまうと、小刀の鞘を抜いた。
結果として、『抜いた』と言うよりは『取った』というのが正しかったが。
懐かしい小刀、それはその姿を模しただけの、刀身を無くした単なるガラクタだった。
「……うおい!」
俺は思わず大きな声を出す。
今度はベアトリーチェと接していた時の様な感情変化は関係ない、本気で次見つけたら細切れにしてやる。
鞘で見えなかったが、まさか刀身の無い物を寄越すとは。
ため息が漏れる。
しかも、一見懐かしいだけに投げ捨てることもできず、俺はそれも鞄へと収めた。
取り敢えず、上手い酒で自分を慰めよう。
修行でも良かったが、体を動かす以上に疲れたこの体は、酒による癒しを欲していた。
今度こそ情報収取も兼ねるから、良しとしよう。
俺は重い足取りで酒場へと足を踏み入れ、今度はまだ朝っぱらだと言うのに、昨日のメンバーが変わらず揃う中、昨日の定位置であったカウンター席に着く。
「ようクオー!」
「よう、朝から酒か?」
「違う! 朝まで酒だ! 昨日お前が帰ってから今まで飲みっぱなしよ!」
「途中記憶ねェから多分どっかで寝てんじゃね?」
ふむ、朝帰りどころの次元じゃないな。
というか、酔って尚飲み続ける意味があるのか?
お前らエールばかりで酔うのが目的だっただろ。
つーか、俺の知る徹夜で飲むと、こいつらのやった徹夜で飲むの時間はかなり差があるだろうに。
時間的に、最低でも10時間以上か、いや、確かこいつ等まだ日のある内に飲んでいたような……。
正気か。
ベルンハルドとの飲み比べ、俺良く勝てたな。
挑発して酔わせなきゃ負けてたか。
いやでも……3、4樽で高リアクションしていたような……。
……考える内容が不毛すぎる。
酔っ払いの飲む時間とか、俺知る必要無いな。
「店主、ミードってあるか?」
「おぉ、お前まで朝っぱらから酒か。あるぜ、かなり良いのが」
「期待する! まあ用事もあるし、一杯で良い」
用事あんのに酒かよ、なんて茶々が入りつつ、笑いの終わらない酒場内でふと、足元を見ると。
筋肉ダルマが転がっていた。
「……お前、ベルンハルドか?」
「……………………」
「あー、ベルンハルドさんお前と飲み勝負してからずっと目覚まさねぇの」
それはヤバくないか?
「……気になってたのだが、何故お前達はベルンハルドをさん付けで呼ぶんだ?」
「え? そりゃあ……」
男が答えようとしたところで、足元から呻き声と共に起き上がる物体が現れた。
いや、元々そこにあったベルンハルドに他ならないのだが。
「グォォォォォ……! 頭イテェ……ここは何処だ?」
「酒場だ」
「……うお!? お前は!」
「久遠だ。寝てたってことは昨日の支払いしてないな? 敗者はキッチリ支払いを済ませろよ」
ベルンハルドは飲み過ぎによる頭痛で頭がハッキリしないようだが、俺の言葉はしっかりと届いているようだった。
「そうだ……クオ……お前、その細い体で俺を投げ飛ばすとは……一体何レベルなんだ?」
どうやら、敵意は無いようだった。
そして今はベルンハルドという巨体を俺の細い腕で投げ飛ばせたのか気になっているらしい。
無論、当然が如く柔道の投げ技に他ならないのだが、遠くへ投げ飛ばしてしまった時点で柔道技としてはキッチリ決まっているか微妙なところな訳で。
どう答えたものか、そう考えたところで、ベルンハルドの言葉に気になる言葉があったことを思い出す。
ベルンハルドは、潔く昨日の酒代を店主に聞いているところだった。
「……レベル?」
「うおいクオ! テメェどれだけ食ってんだ! ……って、え?」
「……む?」
「……お前、レベル……知ってるよな?」
「価値づけや評価をする場合の標準。全体の水準。だろ?」
だから今の話の中でどうしてこの言葉が出て来たのかを尋ねている訳なのだが……。
「……え?」
「……え?」
どうやらこの国の常識は、星が違うだけあって今迄見て来た国の常識の違いとは別次元に違う常識らしかった。