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111Affronta  作者: 白米
prefazione
1/73

001 111歳の人生観

 俺は俺と言う生物として戦うのが好きだった。


 歳はもう、百を超えた。今日で確か111歳。

 ハッピーバースデー俺、ということになるのだろうが、百年以上生きてみると、年齢と言うものが如何に下らないかが分ってくる。

 俺は11の時に武道の道へと足を踏み入れ、この歳までで剣道を極めた。

 無論、俺は俺の強さを自己満足の内に完結させる気などさらさら無く、柔道、剣道、弓道、相撲、空手道、合気道、少林寺拳法、なぎなた、銃剣道、短剣道、居合道、杖道、日拳法、空道、抜刀道、躰道、護道、日本泳道、親英体道、新体道、自成道、御互道、掣圏真陰流、柔法徹化拳、骨法、躰全道、相生道、截拳道、真剣道、合氣拳法、心体育道、拳正道、長剣道、禅刀道、小太刀道、太道、刀道、槍道、棒道、双節棍道、忍道、中国拳法、散打、ブラジリアン柔術、ムエタイ、クラヴマガ、十手術、鎖鎌術、馬術、手裏剣術、砲術、ルタ・リーブリ、サンボ、システマ、ドラッカ、モンゴル相撲、シュアイジャオ、シルム、シマ、テコンドー、アーチェリー、フェンシング、カポエイラ……etc。


 一つの武術に固執せず、色んな国を回り、様々な人に様々な戦い方を教わった。中には、武道として確立されてないものまで。

 去年まで俺はブラジルに居た為、カポエイラが一番印象に残っているともいえるが、やはり俺の本質は剣の道にある。


 俺はよく、若いですねと言われる。

 引き締まり、しわの少ないその体の年齢はまだ50代前半のモノだとも。

 多分、中国を旅していた際に迷い込んだ少数民族の住む村で教わった気功が関係しているのだと思う。

 彼らの祖先は気功を使用して戦に出たというのだから感服する。……俺は銃を使った戦にしか参加した事が無かった。もしこれから俺が死ぬとして、心残りが有るとすれば正にその一点だろうと常々思う。

 だが、失った戦友達のことを思うともう一度戦争に参加したいとは言えないし、思えなかった。


 日本に帰って来て思うのは、この土地が恵まれているということだ。

 他人が怖いと言う理由で引き籠っていられる国なんてのが数える程しかないことは、世界を回って居れば良く分る。

 俺は基本、帰ることを考えずに旅をする。飛行機代なんてのはその出発点で稼ぎ、逆に稼ぐまでそこに留まる。

 貧困地域から飛び立つのには、かなりの苦労が強いられた。

 何ヶ国語喋れるかと問われれば、全部と答えられる程に、俺は人と接し、大切なモノを教わった。


 だが、今日で人生が終わるような気がした。

 辛い事もあった。悲しい事も、数えきれないほど。

 だが、それでも、どうしようもなく楽し過ぎる人生が、終わるような気がしていた。

 無論、寿命では無い。寿命などに負ける鍛え方等していないのだ。


 俺は掃除の行き届いた武家屋敷を外から眺めた。

 俺の家で代々受け継がれて来たその家は、俺と言う最後の家主を失い、もうすぐ役目を終える。

 そう考えると、留守にすることが多く、長らく暮らしながらも余り帰ってこなかった家だが、必ずそこで帰りを待っていてくれたこの家は、死後も俺の帰りを待ち続けてくれるのではないか、と思えた。


 ありがとう。口に出して、感謝を述べてみた。

 風が吹き、庭の木がザワザワと揺れて、気にするなと手を振った様に感じた。


 ……気功を習得してから、抽象的なことを考えるようになったが、物に魂が宿ると信じる風習は日本のものだったか。


 俺は目的も無く、自分の生まれたこの町を見て回る。百年も立てば、世界は変わる。そう俺に告げる様に、記憶と違う街並みが、俺の視界を流れていく。

 俺はとある民族に教えて貰った歌を口遊みながら鍛え抜かれた足を進める。もし生まれ変わりなんてのがあったとして、努力の結晶であるこの肉体が無くなるのなら、俺の魂は俺と言う存在で完結で良い。

 なんて、輪廻転生は宗教的に何処のモノだっただろうか。



「おいオッサン。訳わかんねー歌歌ってんじゃねェよ」


「……オッサン、な」


 そんな歳は遠い昔に終わってしまった訳だが、そんな声の方へ向き直ってみると、明らかな日本人顔で似合わない髪の色に矯正している服装のだらしない数人の若造共が俺を見る。


「ンだよその顔」


「いや何。最近の若造共は111歳の人間をオッサンと認識するんだなと思っただけの事だ」


「ハァ!? 嘘ついてんじゃねェよ」


「まあ後は、友人に教わった歌を、訳わかんねーとか言われて、腹が立っているだけの事だ」


 俺はその苛立ちを、若造共に殺意としてぶつける。……何時からだったかな。何もせずとも相手に格の違いを思い知らせることが出来るようになったのは。まあそんなことはさて置いて、仕置きが必要な若造共はどうしてくれようか。


「ま、まままっままま待ってくくくれれれ、いや、待ってくだっささい」


「待たない」


 気付いた時には手遅れと、そう言う事なのである。



 若造共の服装がキッチリして、日本人にお似合いの黒髪に変わったのは、それから二時間後のことだった。

 俺は辺りがすっかり暗くなっており、肌寒い。昔なら、この程度の寒さ全裸でも問題なかったのだが、こういう時に老いというものを感じさせられる。

 星の見えない曇り空を眺めていたら、雪が降ってきた。

 そして、今日が誕生日であるということが、世間ではクリスマスであったことを思い出させた。

 どうりで商店街の装飾が派手だったわけで、生きていたら俺以上のご年配である赤い服のサンタ公がそこら中に居る訳だ。


「そこのおにーさん。寂しい夜をうちで慰めないかい? かわいい子一杯いるよ」


「更に若返っただと!?」


 無論それがおじさん(ではないが)に対する口説きであったことは明らかだが、先程オッサン呼ばわりされたことで無駄に大きなリアクションを取ってしまう。

 俺は人受けが良い方だ。俺自身は自分を鍛えることにしか興味が無いと言うのに、人が集まって来た。

 特に女児が多かったようにも感じる。俺が『いけめん』だったかららしい。


 まあ今となっては昔の話だが。


 俺は大きなリアクションを取ってしまったが客引き自体は完全に無視した。エロジジィじゃあるまいし、この歳になって色欲なんてあるものか。

 ……いや、あった記憶も無いわけだが、泊めるのを条件に交尾を求められたこともあるから不能じゃないことを知っていたし童貞ではないのだが、当然の様に結婚はしていないし、恋愛なんてのもした記憶が無い。

 そんな人間が女児という餌に食いつく訳も無い。


 さて、まだ今日と言う日が終わるまで五時間は余裕である訳だが、後は何をしよう。

 なんて考えながら歩いていたら、ベンチで一人ただずむ女児を発見。見た感じ高校生だろうか。

 聖夜に随分と暗い表情をしているのがとても気になった。

 俺には子供がいないが、子供と接してきた回数はその辺の親の100倍以上子供と接してきたという無意味な自信と経験がある。



「こんばんはだ女児。クリスマスだと言うのに、何故そんな顔をしているのだ?」


「…………」


 むぅ……無視か。まあ当然といえば当然ともいえる反応なのだが。

 ただ、こっちを向いたところを見ると、別に会話する事が嫌と言う訳では無さそうだ。

 幸い、俺の顔は『いけめん』という整った部類に入る物らしいし、今日は初めてそのフェイスを活用して見ることにしよう。


「話したくないか?」


「…………」


 女児は首を振る。


「ふむ、ならこの老害に話してみることだ。思いとは、口に出すことで軽くなる」


 経験談だ。俺は笑いながら言う。


「……約束、すっぽかされちゃった」


「む……それは災難だな。この寒い中待たされたのだろう?」


「……うん」


「だが幸運だったな。そいつの人間性を理解出来た。特別な日に約束を破る人間は嘘吐きだ。もしその者が男児なら、きっと他の女児にも手を出している事だろう」


「……どうしてそんなこというの?」


「ふむ、男児だったか。なに、簡単な話だ。コレは一時の不幸を代償としたサンタからの贈り物だ。お前はその男に騙されている。これから先の人生でもっといい相手が出来る。だから一時の感情で流されるな、というな」


 まあ、一時の感情で流されるな、というのはまあ、一般的恋人の中で行われるアレである。


「どうせなら、良い恋人が良かったよ……」


「いや、サンタならそれも可能だったが、それはお前が幸せになれない。良い恋人は、良い恋人にしかなれない。将来を共にする相手を見つけるならば、自分の眼で見極めなければならないのだ」


「私、高校生だよ? そんな先の事……」


「ハハ、まあまだか。だがな、結構速くその時はくるぞ。約100年先輩からの忠告だ」


「100年?」


「ふふ、まあ良いではないか俺の事は。それで? お前はこれからどうする。聖なる夜を、傷心のままに過ごすのか? それは勿体無いと思わないか?」


「…………おじさんが相手してくれるってこと?」


「俺か? フハハハ! 残念ながら、俺とお前では爺と孫ほどに歳が離れているよ。だからさっきも言っただろう? 一時の感情に流されるなと」


「……嘘だよ、そんなに年取ってるように見えない」


「よく言われるよ。だが事実だから仕方が無い」


 俺は笑う。女児も、釣られて笑みを浮かべる。

 クリスマスに相応しい顔になったなと俺は思う。まあ俺にとっては誕生日でしかなかった日だが、そんな日が他人からしてみれば聖夜であるのだから、何か変な感じである。


「ケーキを買って家に帰るというのはどうだ? 俺の感覚で言うのなら、結局のところクリスマスは家族と過ごすのが一番楽しい物だ」


「……それも、経験談?」


「経験談だ」


 カラカラと笑う。女児は少し考えた後、うんと頷いた。

 夜道を女児一人は危ないと、俺はケーキを買うのに付き添い、少しの見栄を張って、ケーキは買ってあげた。

 そして家までの道のりを、女児に聞かれた俺の『クリスマスの過ごし方~オランダ編~』を面白おかしく語りながら歩いた。


「家、よってく? 一緒にクリスマスパーティしよ?」


「ハハ、だから老人を口説くものでは無いと何度言えば良いのだ? 大体、俺が居ては家族団欒というものがぶち壊しだ」


「よく言うよ。イェンスさんのお宅でそこのお子さんと一緒にクリスマスプレゼントと言う名の誕生日プレゼント貰ってた癖に」


「むぅ……余計なことを言ってしまった気がするぞ」


 女児が笑う。蓋を開けてみれば陽気な子だ。家族仲も悪くないらしい。これからきっと良いクリスマスを送れることだろう。

 俺は家の前で女児と別れて、住宅地の坂を上って行く。結局最後には女児が折れたのだ。クリスマスはサンタを待つが、サンタとはパーティしないだろう? そういうことなのだ。


 白い息が口から洩れる。南極でも問題なく暮らせるように鍛えた筈だった体は、老いると共に退化している。きっと今が限界点なのだろと、思う。

 気功を使っても、これ以上の老いを止めることは出来ない。寿命は遠ざかったが、老いは遠ざかってくれなかったということなのだろう。



 まあ、俺は生きたよ。


 よく、生きたよ。



『もしこの瞬間に自分より強い存在が出てきたらどうする?』


 きっと、生にしがみ付くことだろう。だが、そんなことは起こり得ない。



 だから、もうおしまいなのだ。


 優しき人々よ。

 楽しき世界よ。


 俺はもう去るよ。


 武道を極めるだけの詰まらない人間になる筈だったのに、お前達のせいでとんだ面白い人生を送って、とても人間らしい寄り道だらけの人間になってしまった。



 まあ、それでも言わせてもらうよ。


「ありがとう」


 俺の意識は、風と共に消えた。


 何故死んだかは、俺の知る由も無い。

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