表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

アジサイの花

ぼんやりと電車の中から外を見ていた。

今日は朝からいろいろとあったなあ。

なんだかたった1日で、1週間とか1ヶ月とか過ぎたようなそんな気がしていた。


お昼休み。

虹の見える屋上で楢谷くんが言った言葉。

その言葉がぐるぐると頭の中を回っている。

ある程度予想していた言葉だったけれど、でも、心の動揺は激しかった。


――眞野さんのことが好きです。

耳に付いて離れない。


ぼんやりしていたせいで、いつのも駅を一つ通り過ぎてしまった。

とりあえず電車から降り、ベンチに座る。

その視線の先にアジサイの花が咲いていた。


ああ、そんな季節なんだな…。

そういえば、去年の今頃も楢谷くんと仕事をしていたっけ。

雨の日にずぶ濡れになりながら、外回りをしたこともあったなあ。

そんなことを思い出す。


うちの課長は武者修行と称して、若手を外回りをさせることがある。

…ある意味、いい迷惑なんだけど。

でも、勉強にはなる。


去年、楢谷くんがその武者修行に当たってしまった。

楢谷くんだけでは心許ないだろうと、わたしまで一緒に外回りをすることになった。


不意に降り出した雨に、二人で雨宿りをした。

その時にも道端にひっそりとアジサイの花が咲いていた。


「綺麗ですね」

アジサイの花に見入っていたので、反応が遅れた。

「…え?」

「眞野さん、アジサイを見てたでしょ?綺麗ですよね」

楢谷くんに指摘されるほど、凝視してたのかと思うと少し恥ずかしくもあった。


「あ…うん…そう…」

「この季節になるとひっそりと道端に咲いてますよね。雨で鬱々とした気持ちも、アジサイの花を見ると、なんだか優しい気持ちになれるような気がするんですよね」

――同じことを考えていたから、驚いた。

その時、自分と同じ考え方をする人がいるんだなって気付かされたんだっけ。


「眞野さん?」

不意に前方から声が掛かる。

「…え?」

顔を上げると、そこには楢谷くんが立っていた。

「なんで、眞野さんがここにいるんですか?」

楢谷くんがここの駅周辺に住んでいたことを思い出す。

「あ、電車乗り過ごしちゃって…」

楢谷くんが笑う。

「なんで、そんなにぼんやりしてたんですか?」

その笑みに曖昧に笑みを返す。


「綺麗ですね」

「…え?」

回想の中の楢谷くんと、現実の楢谷くんが同じことを言う…。

「眞野さん、アジサイを見てたでしょ?去年も二人でアジサイの花を見ましたよね」


なんで、アジサイを見てることがわかったんだろう。

行きかう人にはただぼんやりしてるとしか映らないはずなのに…。


それに楢谷くんは忘れていなかった。

1年も前の、あんな些細なことを覚えているはずはないと思っていた。


「―眞野さん?」

楢谷くんが慌ててる。

…なんで?

いつも冷静な人なのに。


楢谷くんの手がわたしの頬に伸びる。

「眞野さん?なんで泣いてるんですか?」

そう言われるまで気付かなかった。


その涙の理由はアジサイの花が知っている。

そんな気がした。


2004.08.08(5)初出

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ