【返事~大切な君へ~】
春、となりには君がいた。
夏、私は国外へと旅立った。
秋、手紙でやり取りをした。
冬、手紙の数が段々減ってきて。
卒業も近づいた冬の終わり、君がいなくなった。
しばらく届かなかった手紙が久しぶりに届いて、嬉しさのあまり宛先を書く文字がいつもと違うことに、私は気付かなかった。
手紙に記されていたのは君の死を報せるもので、君が私にだそうと書いていた書きかけの手紙が同封してあった。
……君の死を伝える文字はやけに無機質で、遠い昔の物語を読んでいるみたいだった。
卒業も間近で卒論に追われていた私は、すぐにここを発つわけにはいかなくて。
ようやく日本に着いたのは君が死んでから二週間もたった後だった。
葬儀も納骨も済んだ後で、死に際も死に顔もみられなかった私には、質の悪い冗談としか思えなかった。
でも、仏壇には確かに見慣れた君の写真があって、それでも、涙は出なかった。
……癌だったらしい。
私が日本を発ってすぐに、発症したと聞いた。
ぼう、としたまま私は君の家を出て。
気付いたら、近所の公園のベンチにいた。
早咲きの桜が狂ったように咲き誇っていて、私は、封筒に入っていた君の手紙を呼んだ。
……自分がもうすぐ死ぬことを、君は分かっていたのだろうか。
手紙は、いつもの近況報告ではなくて、謝罪の言葉から始まっていた。
“ごめん”
久しぶりに見る君の文字なのに、どうしてそんな言葉で始めるの?
君がとなりにいるのなら、文句の一つでも言ってやりたかった。
それでも、君はここにはいないから、黙って読み進めることにした。癌になったこと、私に心配を掛けたくなくて、言い出せなかったこと。言い訳めいた、そんな言葉ばかりだった。
“僕のことは、忘れてもいい。君は、他の誰かと幸せになって。”
ふと、手紙の文字が滲んだ。
空は、宇宙が透けて見えるくらい、青く澄み渡っているのに。
狐の嫁入りだろうか。そんな風に考えた、刹那。
今度は見るもの全てが滲んで見えて、ようやく私は、自分が泣いているのだと悟った。彼の反省文のような遺書を濡らすわけにはいかなくて、私は慌てて宙を仰いだ。
───満開の桜が降り注いでいた。
幸せそうな恋人たちにも、近所の子どもたちにも、恋人を亡くした私にも、平等に。
「────っ」
どうして。
どうして。
どうして、“忘れないで”と言ってはくれないの?
どうして、“僕だけを好きでいて”と言ってはくれないの?
君が一言でもそう言ってくれれば、私は頑張れるのに。
どうして。
どうして。
文句の一つでさえ、君は私に言わせてはくれないの?
勝手に死んじゃうなんて、そんなの、ズルいじゃない。
時が流れることの怖さを。
会えないことの怖さを。
遠恋していた私たちは、嫌というほど分かっていたね。
会いたいときに会えないつらさ。
誰かに縋ってしまいたくなる気持ち。
そんな君だからこそ、そんな優しい君だからこそ。
“これから”がある私のためを思って、書いてくれた言葉。
いつか、これからを生きる私が、他の誰かを好きになった時に、私が罪悪感に苛まれることがないように。
そんな君の優しさが、今、私を痛いくらいに締め付けているよ。
ああ、いっそ。
君への想いを、君との思い出を。
涙で流せてしまえたら、どれほど楽だろう。
それでも、思い返す思い出は、どれも鮮やかに私を支えるだけで。
いっそ狂えてしまえたら、どれほど幸せだろう。
思い出だけで生きていくことは、それでも、君を忘れることよりは全然つらくなくて。
こんな時だけど、頭はやけにハッキリしているから。
思うことは、一つだけだから。
「好き、大好き、大好きだよぅ……っ」
そんな優しい君が。
こんなにも、私の幸せを願ってくれる君が。
「大好きだよ……っ!!」
これは、勝手に死んじゃった君への仕返し。
簡単に忘れてなんか、あげないんだから。君から貰った指輪も、外してなんかあげないんだから。簡単に、君以外の誰かを、好きになったりしないんだから。
……これくらいは、いいでしょう?
私の、君への最後の我が儘。
嫌だっていっても、聞いてもらうからね。
私の、大切な君へ。
私の、ずっとずっと大好きな君へ。
愛をこめて。
了