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魔術師と銀の龍  作者: 千雲楓
トーキョーの魔術師たち
1/1

prologue ~闇夜を行く者~



 月のない夜。

 一人の男が、高いビルとビルの間をひたひたと走っていた。

 薄汚れたズボンに、黒っぽいパーカー。目深に被ったフードからのぞく顔には疲れたような皺が刻まれている。大した特徴もない、ただの中年の男である。

 何故、一人でこんな夜道を走っているのだろう。もしも早く帰ろうとしているだけであるならば、こんなに切羽詰った捨て身な走り方をするだろうか。アスファルトでこけて膝には血がにじみ、ガス灯の柱に肩をぶつけるが、男はそれらを気にすることもなくただ走っていく。血走った目には、余裕とか冷静さとか理性とか言ったものの、ほんのひと欠片もうかがうことが出来ない。


 まるで―――――――猫に追われている鼠のような。


 鬼気迫ったものを背負って、男はひたすら走る。

 不意に狭かった路地が開け、広い草地が広がった。都会の近郊にしてはどうにも不自然な、大きなすり鉢上のくぼ地だった。明らかにそこだけ人の手が入っておらず低木や野草が野原のように我が物顔で茂っている。男は少し躊躇したが、やがて分け入ろうと手を伸ばした。


 その時。



「無駄だよ」


 透き通った青年の声が辺りに響いた。

男がはっと振り返る。そしてそのまま、一瞬にして凍りついた。

立ったまま身動きのできない男に、ゆっくりと、しかし確実に気配が近づいていく。

そして気配は、手を伸ばせば触れられる距離までくるとふっと止まった。



「ようやく見つけたよ、ハイエナ君」



 静かに雲が流れ、月光が帯のように雲間から差しこむ。

 男が震えている前で、その人物は闇からゆっくりとその姿を現した。


 濃い色のマント、

 均整の取れた細長い手足、

 青白く陶器のように滑々とした肌、

 闇にとけこむ漆黒の髪、

 そして長い睫毛が縁取るのは―――――――獲物を映し爛々と光る月色の瞳。


 思わず見とれてしまうほど美しい青年が、甘い微笑みを浮かべてそこに佇んでいた。その背後から差す月光は、凄みさえ感じさせるほどの神々しさを青年に添える。男には、まるで青年が月からやってきて人々を断罪する使者のように思えた。


「君かい? 俺が狩ったサラマンダー4齢の種を盗んだのは」


 青年が美しい顔を男に近づける。逃げるわけにも行かず、男はじりじりと後ずさりしながら上ずった笑い声を上げた。


「はは、は、盗むだなんて・・・・・・一体何の話だ?」

「ふーん、今更しらばっくれるんだ。西方の魔術師って汚い上に根性悪いもんだね」


 もう、全てばれている。

 男は血の気が引いていくのを感じながら、それでも歯を食いしばって荒い動悸を必死に沈めようとした。頭に浮かんでは消える様々な選択肢は、皆違うことなく『死』へと落ちていく。この青年は、何が起こっても自分を殺そうとするだろう。今更あがいたところでもうそれは変わらないのだ。だったら―――――――

 だんだん呼吸が落ち着いてきた。鼓動の音が、しっかりと胸に響く。


 ―――――――だったら、せめてその瞬間までめいっぱい生きてやろうじゃないか。



「そうさ、あんたの言うとおりサラマンダーの種は俺が盗んだ。そして、まだここにある」


 男は胸ポケットを破り切ると、布ごと天に掲げた。強く握った拳が、月明かりに白くきらめく。


「・・・・・・だがこれは、俺があんたから命がけで手に入れた物だ。だから死ぬまで渡しやしない」


 男の勇ましい言葉を聞いて、青年の目が新月の間際の月のようにすぅっと細くなる。

 そして、吟味するようにゆっくりと、柔らかい声が唇から紡がれた。


「――――――大人しく渡してくれたら楽に殺してあげるつもりだったけれど、君がそれを望むのなら俺もそうはいかないよ」

「ああ、もちろん」


 長く黒いマントから、鋭い澄んだ音と共に白銀に輝く長剣が現れる。そのとがった切っ先を見て、男の喉がごくりと鳴った。そういえばあんな剣、故郷じゃ見たことがなかった。そう思うと、ふと子供時代をすごした故郷の空気が懐かしくなった。男は目を閉じて穏やかに夢想した。

 黄金色の稲穂に真っ赤な夕暮れ。黒々とした森に響く、ひぐらしの声。そして、自分の手を包み込む母親の柔らかい手――――――







 月がようやく天頂から西へ向かい始めた頃。

 人間のそれとは言い難いようなおぞましい悲鳴が、静寂な夜の街に長く尾を引き、消えていった。











 ようやく始まりました、『魔術師と銀の龍』!

 ずっと暖めてきた話ですので、ようやくこうして出せるようになってとても嬉しいです。脳内のプロットどおり順調に進めていけたらと切望していますが・・・・・・ははは((おい

 それでも、皆さんに少しでも拙作を楽しんでいただけたら幸いです。どうぞ末永くよろしくお願いします。

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