一、託された願い【7】
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まだスピードの出ていない馬車に飛び乗ることは容易なことだった。
身軽に昇降口から飛び乗る。
無賃乗車したというのに馬車は停まる様子など見せない。まるで最初から二人分の運賃を貰っていたかのようにスピードを落とさず走り続ける。
カイルは拳を握り締めるとアレクの元へと歩み寄った。
アレクが驚いた表情でこちらの顔を見てくる。
今にも殴りたい気持ちをぐっと押し殺し、カイルはアレクに問いた。
「それじゃ逆に訊くが、お前が思う聖魔騎士とは何だ?」
アレクの口元がフッと緩む。落ち着いた口調で、
「とりあえず座りなよ」
「断る」
「話せば長くなる。だからとりあえず座りなよ」
「手短に話せ。俺はお前と逃亡する気はない」
「学校なら僕がなんとかする。だから座りなよ」
「断る」
カイルは頑として座らなかった。
「お前の話を長々と訊く気はない。俺が知りたいのは唯一つ。『お前が思う聖魔騎士とは何だ?』──それだけだ。手短に答えてくれ」
アレクの表情から急に笑みが消える。真顔でカイルを見つめ、
「父が生前、僕に遺した言葉だよ」
「……え?」
答えになっているようでなっていない言葉に、カイルはどう反応していいかわからず微妙な表情で問い返した。
アレクは続ける。
「僕の父は、世界に名の知れた聖魔騎士だった」
「え、世界に名の……。いや、ちょっと待ってくれ」
思いもよらない返答に、カイルは思わずアレクの言葉を手で制した。眉間に指を当て、しばし考え込む。
もう一度、脳裏でさきほどの言葉を一語一語を噛み砕くようにゆっくりと思い返す。
『僕の父は、世界に名の知れた聖魔騎士だった』
世界に名の知れただと? そんなの決まっている。世界に名の知れた聖魔騎士はこの世で一人しかいない。
シン聖魔騎士。小国をたった一月で世界最強の大国へと導いた有名な人物である。生涯その国の王を守り通し、そしてその王の為に死んだという、まさに伝説の聖魔騎士。
『僕の父は──』
その息子だと? ははは。そんな馬鹿な。そんな有名人の息子に会えるはずがない。
カイルは一度否定はしてみたものの、
もし本物だったら?
いやいや、まさかそんな奇跡に出会えるほど運はよくない。勘違いだ。そうだ、勝手に結論付けるのはよくない。
苦悩の末、カイルはぎこちない笑顔を向けて恐る恐るアレクに確認を取ってみた。
「せ、世界に名の知れたって……まさかシン聖魔騎士じゃないよな?」
「僕がシン聖魔騎士の息子じゃ可笑しいかい?」
カイルは悲鳴を上げて馬車の隅っこに逃げ込んだ。言い知れぬ恐怖に身を竦め、わたわたと両手を振って謝る。
「ご、ごごご、ごめんなさい! 数々のご無礼をすみませんでした! 俺みたいな人間が軽率にあなた様のような御仁体と言葉を交わすなど──」
「別に僕に対してそんな畏まる必要はないよ。有名なのは僕の父。自己紹介した時に、君は僕の名前を聞いてもわからなかっただろう?」
カイルは土下座で必死に謝る。
「すみませんでした!」
「謝る必要なんてない。そんなものなんだよ。有名なのは僕の父で、僕は有名じゃない」
「完全な俺の勉強不足です! 本当にすみませんでした!」
「大丈夫。僕のことなんて誰も知らないんだから」
「──え?」
カイルは驚いた表情を固めたまま顔を上げてアレクを見つめた。
馬車の中から見える外の風景を眺めながら、アレクは淡々と言葉を続ける。
「僕の出生のことは学校を卒業するまで秘密なんだ。知っているのはほんの一握り。学校と──」
言いかけて、アレクは何を思ってか口を閉ざした。
首を傾げて怪訝にカイル。
「な、何か言いかけて……?」
問い掛けに、首を横に振るアレク。
「いや、なんでもない」
「そ、そうですか……」
気になったが納得しておいた。
「でもなんで俺なんかにそんな大事なことを話すんです? 言っちゃって良かったんですか?」
アレクはカイルの顔を見て微笑した。
「なぜだろう? 自分でもわからない」
「わからない?」
「そう。もしかしたら僕はいつか誰かにこのことを話したかったのかもしれない。もう、自分一人で悩むのは限界だったから……」
少し間を置いて、アレクは首を横に振った。さきほどの言葉を訂正する。
「いや、『誰か』じゃない。僕は君に話したかったんだと思う。走る馬車に飛び乗ってまで問い詰めてくる君に、僕はこのことを話したかったのかもしれない」