一、託された願い【6】
「待てよ!」
乗り込むアレクの手をカイルは慌てて掴んだ。
「アレク、今ならまだ間に合う。考え直せ。聖魔騎士候補生だぞ? どんな高貴な身分でも入学できない学校なんだぞ? 何があったか知らないが、俺と違ってお前は聖魔騎士候補生だ。お前が金の力でそうなったとは考えられない。実力があるのになぜ退学するんだ? どうして?」
アレクはカイルの手を激しく払い、振り向いた。
「君は聖魔騎士のことを何もわかっていない」
カイルの片眉がぴくりと吊り上る。
「わかってないだと? わかっていないのはそっちの方だろ。俺はこれでも本気で聖魔騎士を目指してきたんだ。俺を目の前にして、よくそんなことが言えたもんだよな」
それは実力のせいだろう? なんて、アレクは返してこなかった。代わりに聞きたくもない答えが返ってくる。
「目指すなら目指せばいい。心配しなくても僕は消える。僕の分の候補席は君に譲るよ」
カッとなった勢いで、カイルはアレクの胸倉を鷲掴んで引き寄せた。
「俺がどんな気持ちで聖魔騎士を目指して努力してきたか、お前知ってんのか? 俺の気持ちを──候補席から落ちた奴らの気持ちを考えたことはあるのか!?」
アレクがカイルを力強く突き飛ばす。
「君だって僕の気持ちを考えたことはあるのか? 選択すら許されず、周囲が勝手に決めた候補席に居座される僕の気持ちを、君は考えたことがあるのか?」
「……え?」
カイルは一瞬、その言葉の意味が理解できなかった。頭の中が真っ白になり、胸倉を掴んでいた手を宙に浮かせた。さっきまで熱くなっていた気持ちが嘘のようにスッと沈んでいく。ようやく声を絞り出し、
「しゅ、周囲が勝手に決めたことだと……? それじゃまるで──」
アレクは皆まで聞かず、無言のまま背を向けて馬車に乗り込んだ。
すぐ後を追いかけるカイル。昇降口に手をかけ、
「おい! どこへ行──」
呼びかけると、アレクは車内で足を止めた。背中越しに、
「聞いてどうするんだい? 君も一緒に来るなら別だけど」
カイルは頷くことができなかった。静かに顔を俯ける。
「……俺は行かない」
「じゃ、どこへ行くか答えても意味がないよね」
アレクはそう言うと、止めていた足を進めた。
「待てよ、アレク!」
カイルは顔を上げると一歩、中へと足を踏み入れた。
「お前……本当にそれでいいのか?」
その問い掛けにアレクは黙ったまま歩を進め、後部座席の──向かい合わせの長椅子に腰を下ろす。顔を向け、
「僕の選択は間違っていない。後悔はしないよ。絶対に」
心を貫くような真っ直ぐな彼の目に、カイルは思わずハッとした。揺らぎない強い意志。あれは自分が聖魔騎士を目指していた時と同じ目だ。
カイルは彼から顔を背けると、昇降口から身を引いた。一歩、二歩と後退していく。
御者台の中年男が素っ気無い声をあげる。
「出発するよ」
手綱を鳴らす音が聞こえ、馬車がカイルの前からゆっくりと動き始めた。
蹄鉄と車輪の軽快なリズムを聞きながら、ふと蘇るさっきの言葉。
『周囲が勝手に決めた候補席に居座される僕の気持ちを、君は考えたことがあるのか?』
「ふざけんな、アレク!」
カイルは強く拳を握り、奥歯を噛み締めた。
(これじゃまるで便宜をはかってもらっているように聞こえるじゃねぇか!)
遠のいていく馬車を鋭く睨みつけ、
「そんな不正があってたまるか! 俺は認めねぇからな!」
カイルは走った。