終章、君が想う聖魔騎士【5】
カイルがまた戻ってきたことで、リーダー格の男は愕然とする。
「なっ! お前、また戻ってきやがって──」
しかも、さらにカイルの背後からは四人の聖魔騎士が追ってきている。
「ちょっと待て! 敵が増えてんじゃねぇか! 何考えてんだ、てめぇは!」
「事情は後だ」
リーダー格の男の前へと割り込んで、カイルはラドラフ国の聖魔騎士二人と対峙する。
慌てて背中合わせになるリーダー格の男。
後ろから追ってきた別の聖魔騎士とはリーダー格の男が対峙し、魔剣を構えて相手の動きを止めてくれた。
背中越しにリーダー格の男がカイルに向けて喚く。
「どーすんだよ、この状況!」
「うるせぇ! 黙ってろ!」
喚き返して、カイルはラドラフ国の聖魔騎士と鋭い目で睨み合った。
ラドラフ国の聖魔騎士が鼻で笑う。
「どこにも逃げ場が無いと知り、戻ってきたのか?」
「違う!」
カイルは右腕を激しく払って否定した。言葉を続ける。
「今すぐ王のところへ行け! ラドラフ国王がエバリング国の聖魔騎士に襲われて──」
「知っている」
真顔で淡々と即答を返してくるラドラフ国の聖魔騎士。
カイルは顔をしかめた。
「なんだって?」
「我等に与えられた王命はお前を抹殺すること。王を守る者は別にいる」
唸るようにして、カイルは声を低め言い返した。
「関係ねぇだろ、そんなこと。聖魔騎士なら王を守ることが仕事だろうが」
ラドラフ国の聖魔騎士は微笑する。
「生意気なヒヨっ子が。
王命に従うのが聖魔騎士。忠実に従ってこそ誉なのだ」
「じゃ、その指示に従っている間に王が死んでもいいって言うのか?」
「王は別の者が守っている。我等が行く必要はない」
「……っ!」
返された言葉にカイルはぐっと奥歯を噛み締める。矛先の向けようもない苛立ちに、自然と拳が握り締められていく。カイルの口から漏れ出た言葉は、もはや絶望でしかなかった。
「なんだよ、それ……」
拒絶するように視線を落とし、首を横に振る。
幼き頃から聖魔騎士になることに憧れ、必死に目指して頑張っていたあの頃。
自分だけじゃない。学校にいる奴等も、卒業していったアイツ等も、学校に入れなかった奴等もみんな、みんな、聖魔騎士になれることをすごく憧れていた。
【何の為にこの学校で勉強していると思っているんだ? 全ては聖魔騎士になる為だろう?】
【僕だって聖魔騎士になりたいんです!】
これが現実だというのか?
隠されてきた現状だというのか?
何だろう。情けないとか悔しいとか、そんなんじゃなくて……。
「これが聖魔騎士だというのか? これが俺達が必死に目指してきた──」
今まで何の為に努力してきたんだろう。
王命を受ける為?
忠実に従うことを誇りにする為?
王の都合の良い駒になる為?
【敵国の放つ聖魔騎士と戦い続け、王を守って聖魔騎士に殺される。
──これって、何か矛盾していると思わないか?】
カイルは何かに苛立つように前髪を掻き掴んだ。
(馬鹿みたいだ、俺達……)
【君は聖魔騎士のことを何もわかっていない】
知っていたんだ、アレクの奴。聖魔騎士の現状を。
だから聖魔騎士になりたくなかった。その答えを見つけ出すまで──。
カイルは癇癪を起こすように顔を上げて、ラドラフ国の聖魔騎士に向けて声の限りに叫んだ。
「王を守ることが聖魔騎士なんじゃないのかッ!」
ラドラフ国の聖魔騎士の表情が少し、ハッとしたように変わった。
カイルは尚も叫び続ける。
「都合の良いパシリ騎士になってんじゃねぇよ! 俺達はこんなんで命張る為に目指してきたわけじゃねぇだろ!」
鋭く、カイルは視線を変えた。
さきほどラドラフ国王がいた場所へと。
遠く二階の来賓席では、ラドラフ国王が今まさにエバリング国の聖魔騎士に襲われようとしていた。
守っていた者は皆やられてか、ラドラフ国王の傍に聖魔騎士の姿はない。
じわりじわりと王を追い詰めるエバリング国聖魔騎士。
(ここから走っても、もう間に合わない!)
カイルは宙に浮いていた【風】の魔剣を手に取ると、強く握り締めた。
【君が思う聖魔騎士って何?】
カイルは魔剣に命じ、叫んだ。
「これが俺の答えだ、アレク!」
──フッ、と。
【風】の魔剣が応えた。
カイルはラドラフ国王の前に立ち塞がるようにして姿を現した。
向かってくる魔剣の切っ先。
全ては一瞬の出来事だった。
魔剣がカイルの腹に深々と突き刺さる。
刺したエバリング国の聖魔騎士は何が起こったのか理解できず、突然のカイルの出現に驚き、目を見開いている。
耐え難い激痛に襲われ、カイルは顔をしかめて苦鳴をあげると、その場に膝を折った。
エバリング国の聖魔騎士が魔剣から手を離し、一歩二歩と後退する。
カイルの背後から、ラドラフ国王が驚愕に声を荒げる。
「な、なぜお前……!」
駆け寄ってきて、突き刺さった魔剣とカイルの顔を交互に見つめて叫ぶ。
「なぜお前、ワシを助けた!?」
痛みを噛み締め、カイルは答える。
「聖魔騎士……だから」
想像以上の痛みに声が震える。
「俺達は……競り落とされる……家畜じゃないし……ゲームの駒でもない。王を……守ることに誇りを持つ……聖魔騎士なんだよ」
一瞬、目の前が霧のようにサッと白んだ。
ぐらりと体が傾いて、カイルは地面に倒れこむ。
止まらない冷や汗。潮引くように顔から血の気が引いていくのがわかる。
刺し傷が燃えるように激しく痛み、真冬のような悪寒が全身を襲う。
この感覚を味わうのは二度目かもしれない。
死という言葉が脳裏を過ぎる。
同時に思い出す、エリの言葉。
【今度は絶対、帰ってきて】
ここで死ぬわけにはいかない。
今度はちゃんと、エリのところへ帰るんだ。
カイルの意識はそこで途切れた。