終章、君が想う聖魔騎士【2】
闘技場ではすでに世界中からこの地に訪れた王たちが、ぞくぞくと入り始めている。
入場を許可されているのは王と聖魔騎士と聖魔騎士候補生のみ。
理由は、魔剣の攻撃が観客席に来た際に被害を最小限に抑える為だ。
出場者はカイルを含めて七人。本当は十七人だったが、死への恐怖を抱いてか、十名が出場を辞退した。毎年、このゲームでは出場者の死傷が当然となっている。
ゲームの内容はいたって単純。
【敵対国の聖魔騎士が襲ってきた時、対処できる力を持っているか?】
昨日までクラスメイトだった者が今日は目前の敵となる。
このゲームに限らず、聖魔騎士になれば状況は同じだ。
※
闘技場が騒がしくなってきた。
闘争を煽る熱気と興奮が場内を埋め尽くす。
開始までの時間が刻々と迫ってきていた。
入場口の影で、カイルは壁に背を預けて目を閉じていた。
その耳に聞こえてくる、誰かが駆けてくる音。
カイルは目を開け、その方向へと視線を移した。
驚愕する。
「エリ……?」
幼馴染みの少女──エリだった。エリはもう喪服姿ではなく、白いワンピースに身を包んでいた。その胸に黒い一本の魔剣を抱いて。
エリはカイルの前に駆け寄ると、肩を上下させながら疲れた呼吸を繰り返した。
彼女の呼吸が落ち着くまで少し待って、カイルは問い掛ける。
「なぜここに?」
エリは落ち着かない呼吸を繰り返しながら答える。
「ら……ラフグレと名乗るお医者様が、馬車で私を迎えに来てくださって……あなたと会えるのは……今日で最後になるから、と」
なるほどね。
人質のつもりなのか、お人よしのつもりなのか。ラフグレ医師という人物は敵なのか味方なのか、本当によくわからない男だった。
カイルはエリに向け、優しく笑みを浮かべる。
「最後とか言わないでくれよ。まだ始める前なんだぞ?」
エリが悲愴な面持ちで問い掛けてくる。
「その方からこの卒業イベントのことを聞きました。
どうしてですか?
なぜこのような危険なことをされるのですか?
あの事故でせっかく助かった命だというのに、なぜまた死を招くようなことをなさるのです?」
エリの目に涙が溢れる。
「あなたを想う人はたくさんいるはずです。なぜ、それに気付いてくださらないのですか?」
涙が頬をつたい、流れていく。
「あなたが死んでしまったら悲しむ人がたくさんいます。私と同じような想いをする人がたくさんいます。
──それでもあなたは、前へ進まれるのですか?」
カイルは微笑した。エリの涙をそっと指で拭う。
「君が思う聖魔騎士って、何?」
「え?」
呆然とした表情を浮かべ、エリは問い返してきた。
カイルは続ける。
「王を守れるのは聖魔騎士しかいない。だから俺は行くんだ」
「…………」
エリは枯れた花のように項垂れていった。
「あなたも、あの時のカイルと同じことを言われるのですね……」
カイルは無言で彼女の頭を撫でた。そういえば、幼き頃に別れたあの時も、そう言って頭を撫でた気がする。
エリがふと顔を上げる。
「あの、これ……」
言って、胸に抱いていた一本の黒い魔剣を差し出してくる。
「カイルが学校を卒業した時に渡そうと、私と彼のご両親とで買った魔剣なんです。役に立つかどうかはわかりませんが、お守りとして、あなたが彼の代わりに持っていてくださいませんか?」
差し出された魔剣を無言で見つめ、カイルはその魔剣に手を伸ばした。
しかし、すぐにエリが魔剣を胸元へと引き寄せる。
「ごめんなさい。こんなの……迷惑ですよね」
カイルは静かに首を横に振る。
そして、エリの持つ魔剣へと手をかざした。
鼓動を感じる。
魔剣は仄かに白く輝きを放つと同時、エリの腕の中からフッと消えた。
「このお守りは俺が預かっておくよ。イベントが終わったら必ず返しに行く」
言って、カイルはエリとの距離を縮めた。
彼女の額に優しく唇を当て、誓う。
「死なないよ、絶対に……」
幼き頃に交わした約束。
『エリをずっと独りぼっちにさせない』
カイルは自分の額を彼女の額に軽く当てた。
「約束する。世界一の聖魔騎士になって必ずエリのところへ戻ると」
『どんなことがあっても絶対に。だからエリはここで待っていて。僕は必ず帰ってくるから』
エリが目を見開き、ハッとした表情を見せた。
それと同時、場内から割れんばかりの歓声と興奮の声が響き渡る。
七人の候補生へ入場を知らせるアナウンス。
カイルは踵を返すと、エリの前から立ち去った。
「カイル!」
エリの声を耳にして、カイルは足を止める。
「私、待っています! ずっと……ずっとあなたが帰ってくるのを待っています!」
エリの声が涙で震えている。
「だからお願い……今度は絶対、帰ってきて……」
黙って、カイルは右手を軽く挙げると足を進めた。