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俺がアイツでいる理由。  作者: 高瀬 悠
第三章 あの頃にはもう戻れない
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三、あの頃にはもう戻れない【25】

■ お気に入り登録くださった方、ありがとうございます。

  心からお礼申し上げます。


 ※



 あれから雨の日が何日も続いた。

 そして今日、ようやく久しぶりの快晴となった。


 穏やかな風が吹き抜ける墓地に一人の白衣を着た男が馬車から降り、現れる。

 ゆっくりと落ち着いた足取りで、男はある墓標へと向かって歩き始めた。

 そして、目にする。

 その墓標の前に佇む一人の見知った人物の後ろ姿。

 聖魔騎士候補生の制服に身を包んだ金髪の彼──

 男は彼の近くまで歩み寄ってから、親しげに声をかけた。



「こんなところへ呼び出して、一体何のつもりですか? カイル」

 カイルは微笑めいた表情で振り返り、答える。

「手紙の礼がまだだったな」

 男は肩を竦めて惚ける。

「さぁ。一体何のことでしょう?」

「俺が死ぬ時も、アレクに同じことをしたのか?」

 男──ラフグレ医師は微笑する。

「だからあなたは生きている。違いますか?」

「じゃ、あんたは最初からこうなることを全部わかっていたわけだな?」

「いいえ。予想外でしたよ。彼があなたと入れ替わるなんて」

「…………」

 カイルはそこで会話を一時中断した。

 少し考えを整理し、言い換える。

「ここへ来るのは初めてか?」

「二回目、とでも言っておきましょうか。いまだに彼がいないという実感が持てないんです。不思議ですよね……」

 答えず。カイルは墓標へと視線を移し、呟きを落とす。

「俺っていったい誰なんだろうな。もしかしたら俺は、自分をずっとカイルだと思い込んでいただけなのかもしれない」

 ラフグレ医師はフフと笑って眼鏡の位置を正す。

「あなたはアレクにはなれませんよ」

「だがカイルでもなくなった。最近、そう思えるようになってきたんだ」

 ラフグレ医師から笑みが消える。真っ直ぐに墓標を見つめ、

「そうやって自分を追い詰めても、もう誰も救ってはくれませんよ? カイル」

 間を置いて。カイルは視線を落とし、答える。

「そうだな。その方が一番楽かもしれない」

「…………」

 会話が途切れる。


 一息置いて。

 カイルは前を向くと、呼び出した本来の目的を口にした。

「俺はエバリング国の聖魔騎士にはならない」

 ラフグレ医師の片眉がぴくりと動いた。カイルへと視線を移す。

「僕が監視役であることをお忘れですか?」

 鼻で笑う。

「だからお前をここに呼んだんだ。後悔はしていない」

 カイルは睨み据えるようにしてラフグレ医師へと目を向け、きっぱりと言い放つ。

「俺はあんた等と──エバリング国とは決別する。抹殺したければすればいい。ただし、こっちだってタダで死ぬ気はない。

 三日後に卒業イベントがある。世界中の王たちを闘技場に迎えてゲームを披露するそうだ。

 それに俺も出る。出場権はすでに手に入れてある。

 ──そこで何をするかは、想像つくよな?」

 ラフグレ医師はフフと笑った。

「ご自由にどうぞ。それであなたの気が済むならば……」



 ※



 ラフグレ医師が帰った後も、カイルは墓標の前に佇んでいた。

 墓標にそっと、語りかける。

「これで良かったんだよな? アレク」

 …………。

 墓標は答えてくれない。

 あの時の言葉を思い出して、カイルは懐かしく微笑した。

「後悔はしていない、か……」

 踵を返す。

 用事はこれで済んだ。いつまでもここに居たって仕方が無い。

 歩き出そうと足を踏み出して──


 ふと。ちょうどその時、墓地へと入ってくる喪服姿の少女──エリの姿を見つけた。

 カイルは思わず足を止める。

 彼女は相変わらず花束を胸に抱き、暗い表情をしていた。風にそよぐ長い髪を片手で軽く押さえ、こちらに向かって歩いてきている。

 ある程度の距離まで近づいてくると、彼女はようやくこちらに気付いて笑みを浮かべた。親しげに声を掛けてくる。

「カイルに会いに来てくれたのですね」

「あぁ」

 頷いて、カイルは彼女を迎えた。彼女の姿を見つめ、

「……今日も喪服なんだな」

 エリは笑みを消すと、寂しげに俯いた。

「えぇ。私の心は彼とともに死んでしまいましたから」

「だがエ──君はまだ生きている。心を押し殺したって何も変わらない」

 エリは抱いていた花束をぎゅっと胸に握り締めていった。

「……わかっています」

 それを見て、カイルは気まずく顔を逸らした。謝る。

「ごめん。余計なこと、だったな……」

 エリが顔を上げる。

「あの、アレクさん」

「ん?」

 カイルはエリへと顔を向ける。

 彼女は今にも泣きそうだった。まるでこちらに助けを求めてくるように問いかけてくる。

「私、どうすればいいと思いますか? カイルが急にいなくなって、周りが何も見えないんです」

 やり場の無い気持ちにカイルは無言で顔を背け、俯く。

 掛けてあげられる言葉が見つからなかった。

「私、時々思うんです。カイルはまだ、どこかで生きているんじゃないかって……」

 エリの声がだんだんと沈んでいく。

「なんか私……変ですよね」

 これ以上、自分の気持ちを押し殺すことはできなかった。

 気付けば無心に、カイルはエリを抱き締めていた。

「アレクさん……?」

 自分の現状を知ってもらいたくて、彼女ならきっと受け入れてくれると信じて、カイルは彼女を強く抱き締めたまま、本音を吐き出した。

「俺はここにいる。生きているんだよ、まだ」

 まだ死んでなんかいない。それなのに、なぜ? ただ体が入れ替わっているだけなのに、なぜ?

「なぜ誰も気付いてくれないんだ? 俺が俺でいた時と何が違う?」

 少しずつ自分が消えていく恐怖感。

 じわりじわり、と。

 死とは違う、染み入るように実感していく消失への恐ろしさ。

「怖いんだ。いつか、俺が俺じゃなくなってしまいそうで──消えてしまいそうで怖いんだ……」

 頼むから、俺をカイルだと認めてくれ。

「俺はカイルだ。俺はここにいる。まだ生きているんだ、ちゃんと」

「冗談はやめてください!」

 エリが叫んで突き飛ばしてくる。その表情は怒りと悲しみに満ちていた。

「それじゃ墓標の下にいるのは誰だと言うのですか? この墓標は嘘だと言うのですか? 彼に祈りを捧げる日々も、花を届けることも、全部……全部悪夢を見ているだけなのだと言うのですか?」

「エリ」

「来ないでください!」

 カイルは足を止めた。

 エリの目に溜まっていく涙。拒絶するように首を横に振り、声を震わせる。

「あなたはカイルなんかじゃありません。カイルはもう──カイルはもう死んだんです!」

 踵を返して、エリは泣きながら走り去っていった。

 その後ろ姿を愕然と見つめながら、カイルは地面に膝を折った。

「なんだよ、それ……」

 心の中で何かが崩れた気がした。

「俺がカイルじゃないって、それじゃ俺はいったい誰なんだよ……」



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