三、あの頃にはもう戻れない【23】
学校の候補生寮へと戻ってきたカイルは、自分の部屋には入らず、一つ部屋を挟んだ隣のロザリオの部屋前で足を止めた。
頭をぼりぼりと掻く。
(突然部屋から居なくなったからなぁ、俺。行方不明だと騒いでいなければいいが……)
静かに一回、呼び鈴を押す。
「ロザリオ。俺だ、開けてくれ」
扉はすぐに開かれた。ロザリオがいきなりカイルの胸に飛び込んでくる。
「ぅぐっ!」
「良かった! 無事だったんですね!」
「……え?」
「あ、いえその……」
いそいそと気まずくカイルから離れるロザリオ。そして心配そうな表情を浮かべ、訊ねてくる。
「部屋へ行ったらアレクさんが居なかったので、どこへ行ったのかと心配していたんです」
カイルは安心させるように笑みを見せ、
「そっか。心配させて悪かったな。実は風邪のついでに事故後の定期健診をしてもらおうと、ちょっと病院に行っていただけなんだ」
ゴタゴタに巻き込みたくないと思い、嘘をつくことにした。
ロザリオも安心したように笑みを見せる。
「そうだったんですか。すみません。僕、変に心配してしまって……」
「き、気にするな」
彼の言葉にすごく罪悪感を覚える。
「ところで、あの……」
と、ロザリオが話題を変えてきた。
彼は懐から一枚の白い紙を取り出すと、カイルに手渡す。
「今まで言える感じではなかったので言い出しにくかったのですが……明日はお暇ですか?」
カイルは手渡された紙を広げ、中を黙読する。そしてロザリオへと目を移し、
「ザイナク国の聖魔騎士選抜試合があるのか?」
嬉しそうに頷くロザリオ。
「えぇ。明日、第二闘技場にて選抜試合があります。アレクさんに来てもらえると僕もリラックスできるんですが、どうかなぁと思いまして」
迷うことなくカイルは返事をする。
「あぁ、行くよ。それにしても良かったな。出場権を獲得できて」
その一瞬、ロザリオの笑顔が消えたように見えた。が、彼はすぐに照れくさそうに笑った。
「……ありがとうございます」
次の日。
ロザリオは見事試合に勝ち、ザイナク国の聖魔騎士として選ばれた。
──だがそれが、最悪な事態を招くこととなる。
※
トントン。
扉を二回、ノックする音が聞こえてきた。
それはロザリオの試合が終わった翌日の午後のことだった。
居間のソファで一人くつろいでいたカイルは、扉をノックする音を耳にして目を向けた。
(誰だ?)
身を起こして立ち上がり、不思議に思いながらも扉へと歩み寄る。
「──ん?」
そして気付く。
扉の下の隙間から顔をのぞかせる、一通の白い封書。
怪訝に首を傾げながら、カイルはその封書を拾い上げてみた。
裏、表を何度も返して見つめる。
宛名も送り主名も書かれていない。
(いったい誰が……?)
手遅れを知りながらも急いで扉を開き、犯人を確かめたが、当然廊下には誰の姿も無かった。
多少気味悪く思いながらもカイルは扉を閉め、手に持った封書へと視線を落とす。
封書の口は閉じられておらず、折られたままで口が開いていた。
カイルは封書の中へと手を突っ込むと、その中にあるものを取り出してみた。
中に入っていたのは手紙と写真、それぞれ一枚ずつ。
カイルは手紙よりも先に写真を見た。
──そして、息を飲んで言葉を失う。
いつの間に撮られたのだろうか。そこにはカイルとロザリオが居間のソファに座って話しているのを望遠で撮影したものだった。
嫌な予感が脳裏を駆け巡り、カイルは急いで手紙を開いて黙読する。
【この者、秘密を知る者。速やかに消すべし】
その隣に、別の手書きで言葉が添えられている。
【カイル君へ。
こういう通知が発令されたから報告しとくね。
──正義の味方、ラフグレより。】
カイルは手紙を強く握り締めた。口元に思わず微笑がこぼれる。
「なるほどな。だから俺も『消された』というわけか……」
あの時言っていたアレクの言葉を思い出す。
──僕と一緒に来てくれると、色々と助かるんだけど──
もしかしたらアレクは俺を助けようとしてくれていたのかもしれない。
「俺にロザリオが救えるか?」
鼻で笑う。
「エバリング国と対決か。面白い。全力で迎え撃ってやろうじゃねぇか」




