三、あの頃にはもう戻れない【22】
カイルは窓の風景を見つめたまま、ぼそりと呟きを落とす。
「魔剣が扱えないのに聖魔騎士になるって、やっぱりヤバイよな?」
にこにこと笑ってラフグレ医師。
「そういうのは逃げる口実にはなりませんよ?」
「いや、冗談抜きで」
「笑えない冗談です」
「笑うな。俺は本気で魔剣が扱えないんだ」
その言葉にラフグレ医師は笑みを消す。
「……それは困りましたね」
「ってことで俺、今から海に飛び込んで逃げます」
じゃぁ。と片手を挙げてさりげなく逃げ出そうとするカイルの腕を、ラフグレ医師はがしっと捕まえた。
「今ここであなたを逃がしてしまったら、僕が処刑されてしまうじゃないですか」
「知るか。俺は逃げる」
「それはできません。──が、しかし。時間を稼ぐ方法ならあります」
「時間を稼ぐ、だと?」
カイルは眉をひそめ、問い返した。
ラフグレ医師はにこりと笑う。
「はい。卒業までにはまだ時間がありますよね? その間にあなたはシン聖魔騎士の魔剣を扱えるようになってください。フェイラ宰相には僕から上手く言って今から船を港に戻し、あなたを学校へ送るよう頼んでおきますので」
「お前にそんな権限があるのか?」
「ですから、上手く言うって言ったでしょう?」
「お前、どっちの味方なんだよ」
「それともこのまま牢獄暮らしを味わいたいですか?」
「…………」
しばし無言で考え込んでいたカイルだったが、やがて多少不安を覚えながらも了承する。
「わかった。じゃぁそうしてくれ」
「わかりました。そのようにした方が少なくとも牢獄暮らしは免れ……」
「……?」
…………。
空白を置いて、続けてくる。
「……免れればいいですね」
「オイ、なんだ今の間は! すげー不安になるだろ!」
たまらずカイルはラフグレ医師の胸服をワシ掴んで喚いた。
フフと笑ってラフグレ医師。ズレた眼鏡の位置を人差し指で正しながら、
「大丈夫ですよ」
「──え?」
カイルは間の抜けた顔で問い返した。自然と掴んだ手も緩む。
ラフグレ医師が緩んだカイルの手をそっと退け、言葉を続ける。
「大丈夫ですよ、カイル。そう不安がる必要なんてありません」
少し悲しげな表情を見せてラフグレ医師。
「アレクにもそう伝えてあげられていれば良かったのですが」
「アイツに……?」
ラフグレ医師の表情に再びいつもの笑顔が戻る。首を横に振り、
「いえ、なんでもありません。こちらのことです」
そう言うと、カイルの肩をぽんぽんと叩いた。
「あなたの前を塞ぐものなんて最初からないんですよ」
意味深な言葉を残し、ラフグレ医師はくるりと背を向けると無言で部屋から出て行った。