一、託された願い【5】
「ちょい待て。お前今、言葉の中に僕達って、さりげなく俺のことも含んでなかったか?」
表情を変えず、アレクは当然とばかりに答える。
「君が学校に戻ってしまったら、それだけ時間が稼げなくなる」
カイルは思いっきり口端を引きつらせた。
「お前今、良からぬことを考えていないか?」
「このまま学校へ戻らずに遠くに行ったら、きっとみんな驚くだろうね」
「まさか俺も一緒に連れて行こうなんて考えてないよな?」
「僕と一緒に来てくれると、色々と助かるんだけど」
「ふざけるな」
カイルはきっぱりと断った。
「いったい何が悲しくてお前と一緒に旅行しなければならないんだ? 目的はなんだ? サボりか? だったら──」
「少しの間だけでいい。僕と一緒に逃げてほしんだ」
鼻で笑ってカイル。
「逃げるねぇ……。逃げる……」
しばらく言葉を反芻した後、
「ん? 逃げる?」
カイルは反射的に体を起こした。
「──って、え? 逃げるって、いったい何から?」
「…………」
答えることなく、アレクは無視するように道の向こうへと目をやり、椅子から立ち上がった。
カイルも追うようにその方向へと目をやる。
走ってくる一台の乗合馬車。明らかに学校行きの定期便ではない馬車だった。
アレクは手を高く振って合図する。
「すみません、停まってください!」
カイルは飛び上がるようにして椅子から立ち上がり、慌ててアレクの行動を止めた。
「おい、やめろ。まさか本気だったのか? さっきの言葉」
無言でアレクはカイルの手を振り払い、馬車に停まるよう合図を続ける。
目の前を停車する、行き先不明の乗合馬車。
アレクは御者台に座っている中年男の側に歩み寄ると、
「この馬車はこれからどこへ行くんですか?」
カイルの顔から血の気が引いていく。
「おいおい、マジかよ……」
アレクの問いかけに、御者台に座っていた中年男は怪訝に二人を一瞥した後、口端を歪めた。
「あんたら、聖魔騎士養成学校の生徒だろ。これはそこへは行かないよ」
「承知の上です」
「やめろって、アレク」
カイルは再度アレクの肩を掴んで引き止めた。
また無言で振り払われる。どうやら本気だ、コイツ……。
中年男は理解できないといった表情でお手上げをした。
「ちょっとそこらの家出が希望なら次の馬車にしな。こいつぁ『トンブル樹海経由』の馬車だ。目的のない家出人がむやみに乗る馬車じゃねぇ。トンブル樹海は玄人の俺でさえ危険な場所だ。それを承知で乗るってぇんなら止めねぇが──」
「これで足りるよね?」
アレクは中年男の言葉の要点だけを聞き入れて、中年男に数枚の金貨を手渡した。
手渡された金貨を中年男はしぶしぶと確認する。と、急に目を丸くして驚いた。
「おい坊主、この金貨はエバリング国の──」
「もし不満なら別の人にあげるけど」
言って、アレクが手を伸ばすと、中年男はすぐさま金貨を引っ込めた。
「ま、待ってくれ。乗せてやる」
「ありがとう」
礼を言うアレクに、中年男が不安残る表情でもう一度確認を取ってくる。
「何があったか知らんが、本当にいいんだな? 命の保証はしてやるが退学の責任はとれねぇからな」
「覚悟しています」
告げて。アレクは堂々とした態度で昇降口に手をかけた。