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俺がアイツでいる理由。  作者: 高瀬 悠
第三章 あの頃にはもう戻れない
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三、あの頃にはもう戻れない【20】


「──ん?」

 熱が下がったせいか、カイルは目を覚ました。と同時に、寝ているベッドのあまりの心地良さに疑問を抱く。

 何かが変だった。

(なんか、やけにフカフカしてないか? このベッド)

 カイルは上半身を静かに起こした。

 そのままべッドへと視線を落とす。

 見た感じ、何も変わっていない。

(俺の気のせいか?)

 状況を把握しようと周囲を見回す。

(あれ? 部屋も広くなってないか?)

 その目に映る風景は何も変わらぬ寮の寝室。でもなぜか部屋の四隅やドアまでの距離が、ものすごく遠く広い気がする。

 思わず眉間にシワが寄り、寝ぼけ頭で記憶を巡らす。……巡らしたのだが、

(なんかフラフラするなぁ)

 病み上がりのせいか、部屋全体が波打つように揺れ動いている感じがする。

 すごく気分が悪い。

 ふとカイルは窓へと目を向けてみた。

 厚地のカーテンで全て閉ざされた窓。そのカーテンから薄く漏れる光が日中であることを知らせてくれている。

 あれからどのくらい寝ていたのだろうか。

 なにげなくベッドから足を下ろし、窓へと歩み寄る。

 そしてカーテンに手をかけ、それを一気に左右へと開け放つ。


 そこから見える風景は一面の海だった。


「…………」

 その風景をしばらく呆然と見つめていたカイルだったが。

 やがてハッキリとしてきた思考に目を大きく見開き、信じられない思いで驚愕に叫ぶ。

「海ぃぃぃぃぃっ!?」

 べたりと窓に張り付く。

「な、なぜだ……? いったい何が起こったんだ?」

 さきほどから感じているこの揺れは病み上がりだからじゃない。

「船に乗っているということなのか?」

 でもなぜだろう?

 理解できなかった。

「なんで俺が船に乗っているんだ?」

 ドアの開く音が聞こえてきたが、今はそれどころではない。

 とにかくまずは落ち着こう。

 自分を安心させるように独り言を呟く。

「──あぁそうか。きっとこれは夢だ。俺は夢を見ているんだ。俺ってそんなに船に乗りたかったんだなー」

 窓にそっと頬と両手を当てて、しんみりと小さな幸せを噛み締める。

 しばらく幸せを噛み締めていたカイルだったが、ふとその幸せをぶち壊すかのように自分以外の声が聞こえてくる。


「これも薬の副作用によるものなのか? ラフグレ医師」


 聞き覚えのある声と名前に、カイルは嫌な予感を覚えた。

 ぎこちない動きでゆっくりと顔を部屋のドアへと向ける。

 開かれたドアには見知った男が二人、佇んでいた。

 その二人と目が合う。

 一人はあの時拉致してきた黒服の銀髪男。

 そしてもう一人は同じく黒服の格好をしたラフグレ医師だった。

 カイルはぎこちない動きで窓へと顔を戻す。空笑いしながらブツブツと、

「ははは。なんて最悪な夢だ。なんかよくわからんが逃げなきゃいけない気がする。

 あ。そうだ、俺は空を飛べたんだ。急にこの窓が割れて俺は空に飛び立つんだ。──いや待て待て、その前に早く目を覚ませばいい。

 さぁ目覚めろ、俺。早く、早くしないと……」


「奴に幻覚の症状が出ている。これは何が原因だ?」

 銀髪男の問いかけに、ラフグレ医師が呆れたように答えている。

「いいえ。あれは何の原因でもありません。脳の混乱が招いた、ただの現実逃避ですよ」

「あのような姿を国王が知ったらどんなに嘆き悲しまれることか」

「僕たち、首が飛ぶかもしれませんね」

「すぐに治療しろ」

「治療、と言いますか……ただ普通に今までの経緯を説明してあげれば済む問題なんですけどね」

「ではすぐにそうしろ」

「御意に」


 一人が──というより、会話からしてラフグレ医師だろう──こちらに近づいてくる足音が聞こえてくる。

 そして、トントンと肩を軽く叩かれる。

「お久しぶりですね」

 その呼びかけに振り向きもせず、カイルはため息をついて幻滅の声を漏らす。

「お前もアイツ等と──エバリング国と繋がっていたってわけか」

 暢気な声でラフグレ医師。

「まぁ、そういうことになっちゃいますね」

「『なっちゃいますね』じゃねぇだろ。何開き直っているんだ」

「そういうわけで、これから重要なことを説明したいと思います」

 カイルは両耳を塞いでラフグレ医師の言葉を遮断する。

「言っとくが、俺を拉致して聖魔騎士にしたところで何の得にもならんぞ。これは親切心で言ってやっているんだ。最悪な結果を生む前に今すぐここで最善の判断をしろ。

 俺をあの学校に戻せ。俺はアレクじゃない。学校始まって以来の落ちこぼれ生徒カイルだ」

「そうやって我々から逃げれば逃げるほど、最悪な結果を生むのはあなたの方ですよ。カイル」

「…………」

 カイルは耳を塞いでいた手を静かに下ろしていった。

 核心を突かれたといってもいい。

 ラフグレ医師の言葉を素直に聞き入れる。

「あなた自身、もう薄々気付いているのではないですか? 自分がどんな立場に置かれているのかを」

 カイルはゆっくりと振り返った。

 ようやくラフグレ医師と目を合わす。

 ラフグレ医師がにっこりと笑い、

「これは損得の問題じゃないんです。存在価値ってわかりますか?

 シン聖魔騎士の息子。

 それを保持し続けることが、エバリング国が大国でいられる理由なんです」

 


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