三、あの頃にはもう戻れない【19】
──水を飲んで。
ようやくカイルは落ち着きを取り戻した。
ベッドにごろりと仰向けに寝転がる。
それを見たロザリオがフフと笑って、
「今日は一日ぐっすり寝てくださいね。まぁ、薬の副作用で激しい眠気に襲われますから否応なしにそうなりますけど」
言って、濡らし絞ってきたタオルをカイルの額にそっと置く。そして、
「何か欲しい物はないですか?」
問いかけに、カイルは唸りながら思考を巡らした。
「うーん……。たぶん無いと思う」
「そうですか。たまには様子を見に来ますから、その時に何か欲しい物があったら遠慮なく言ってください。
──あ、そうだ。水はたくさん飲んでくださいね。風邪が早く治りますから」
「そりゃどうも」
礼を言って、カイルは眠りにつこうとした。
「……」
しかし、いつまでもロザリオがその場から離れようとしない。
カイルは不機嫌に顔をしかめて、
「なんだよ」
ハッとしたような顔でロザリオは慌てて手を振った。
「あ、いや、別に、なんかその……」
語尾を萎めながら顔を逸らし、表情を沈ませていく。
「アレクさんって、やっぱりどこかカイルに似ていますよね……」
「そりゃどうも」
素っ気無く言葉を返して、カイルは額のタオルを二つ指で摘んで目の上へと運んだ。
「じゃ、僕はこれで。自分の部屋に戻りますね」
「あぁ」
閉ざした視界の中で、カイルは短く返事をした。
ロザリオの去っていく足音が聞こえる。
ドアが開き、
「──なぁ、ロザリオ」
カイルの呼びかけに足音が止まった。
一呼吸置いて、カイルは言葉を続ける。
「……ありがとな」
しばらくの間があった後、ロザリオの優しい声が返ってくる。
「気にしないでください」
そして、ドアは静かに閉められた。
※
どのくらい寝ていただろうか。
熱と眠気で朦朧とした意識の中で、複数の乱れた足音を耳にする。
そっと目を開けば、靄のかかった視界に見知った人物の顔が映った。
(……あぁそうか。俺、まだ入院していたんだっけ。風邪ひいたから薬でも持ってきてくれたのかな)
安堵するように目を閉じる。
首筋に針を刺すような軽い痛みを感じた後、カイルはさきほどよりもさらに深い眠りへとついた。