三、あの頃にはもう戻れない【18】
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心からお礼申し上げます。
「すまんな、ロザリオ。本当に俺の部屋……何もなくて……」
昨日の雨が嘘であるかのように、今日の空はスッキリと晴れ渡っていた。
窓から燦々と降り注ぐ日差しが、寝室を快適に暖めてくれているものの、カイルだけは凍えるように何枚も重ねた毛布に包まり、ベッドの上に座ってガタガタと震えていた。
体温計を力なく口にくわえて、寮母にもらったタオルを頭に乗せて冷やし、目もどこか虚ろでぼぅとしている。
そのベッドの脇で、ロザリオがさきほどのカイルの言葉に手を振って答える。
「気にしないでください。
それより今朝はびっくりしましたよ。呼び鈴が聞こえて扉を開けたら、アレクさんがいきなり倒れてくるものですから。──もしかして昨日の雨の中、外出されたりしたんですか?」
「んー……」
何をどう説明しようか、カイルは悩んだ。
悩んでいる間に、ロザリオが「でも」と言葉を続けてくる。
「本当に良かったですね。ただの風邪で」
カイルは口の体温計を取り、半眼で唸る。
「ロザリオ。お前、優しい言葉の中にさりげなくトゲのある言葉を含んで──」
急にポンと手を打ってロザリオ。
「あ、そうだ。僕の実家が薬屋を営んでいまして、風邪によく効く薬を毎月送ってくれるんです」
「無視かよ、おい」
ロザリオはごそごそと内ポケットを探り始めた。
そして取り出したそれは白い紙に包まれており、中から小さな黒い丸薬が出てきた。
その薬を手に、ロザリオがニコリと微笑む。
「水無し一錠。噛まずにすぐに飲み込んでくださいね」
その『すぐに』というところが妙にひっかかる。
「あ。でも俺、喉が痛いんだ。水無しってのはちょっと」
「薬は水無しが基本です。噛まずにすぐに飲み込んでください」
「…………」
いやだから、その『すぐに』という言葉がすごくひっかかるのだが。
受け取って、カイルは手の中の丸薬へと視線を落とす。
まぁ、たしかに飲み込めない程の大きさではない。ないのだが──
カイルは微苦笑ながらに肩を竦め、
「今の喉の状態だと、これはちょっと無理な気が……」
がしっ、と。
ロザリオがいきなりカイルの丸薬持つ手を掴んでくる。
「な、なんだよ」
笑顔で一言。
「『ちょっと無理』ぐらいなら大丈夫です」
言って手の中の丸薬を奪うと、それをカイルの口の中に突っ込んだ。
「……うっ!」
丸薬を口にした瞬間、舌の上で何とも言えないほどのすごい悪臭と苦味が広がっていく。
思わず吐き出そうになるが、ロザリオが手で塞いでそれを阻止する。
「子供用の薬だとでも思ったのですか! さぁ、早くそれを飲み込んでください! でないとその味が、次はゲロ吐くような味に変わりますよ!」
さすが薬屋の息子だ。
飲み込まないと本気で離してもらえず、丸薬をごくりと飲み込む。
ようやくロザリオから解放され、カイルは激しく咳き込んだ。
口の中の苦味と臭みがなかなか消えてくれない。
喉に手を当て、カイルは苦しみ呻いた。
「み、水……」
ポンとロザリオが気楽に手を打つ。
「あ、そうだ。水を準備するのを忘れていました」
落ち着いた足取りで部屋を出て行くロザリオの背に、カイルは呪詛のような言葉を吐き捨てた。
「い……いつか仕返ししてやる……」