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俺がアイツでいる理由。  作者: 高瀬 悠
第三章 あの頃にはもう戻れない
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三、あの頃にはもう戻れない【16】


 ※



 今日の風はやけに重苦しい湿気を感じた。

 さっきまで晴れていた空はどこへやら、今は厚い灰色の雲に覆われている。


 カイルは自分の名が刻まれた墓標の前に佇んでいた。

 相変わらず、自分の墓には真新しい花が飾られている。

 それをしばらく見つめた後。

 カイルは墓標に語りかけるように口を開いた。

「なぜ、こんな最期を選んだ?」

 もちろん墓標から言葉が返るはずもない。

 それでもカイルは一息の間を置いて語り続ける。

「俺を助けるなんて馬鹿だぜ、アレク」

 独り言をこぼしているみたいで、カイルは小さく自嘲した。

 

 空を見上げる。

 もうすぐ降り出しそうな空だ。

 こっちの気分まで沈みそうになる。


「君が思う聖魔騎士、か……」


 風が、カイルの金色の髪を撫でていった。


 墓標へと視線を下ろし、確認をとるように訊ねる。

「俺がその答えを見つけてもいいんだな?」

 ふわり、と。

 誰かの墓標に飾られていたであろう花びらが一枚、風に乗ってカイルのところまで飛んできた。

 カイルがそっと手を差し出すと、花びらはまるで意思があるかのように手の中へと舞い降りる。

 手の中の花びらを見て、カイルは微笑した。

「お前らしい答えだな……」

「誰と話していたの? アレク君」

 突然背後から声をかけられ、カイルはびくりとして慌てて振り向いた。

「──ステイル教師」

 見慣れたスーツ姿のステイル教師に、どこか懐かしさを覚える。

 でもたしか彼女は学校を辞めて実家に帰ったはずじゃ──

「どうしてここに?」

 訊ねると、彼女は当然とばかりに答えを返してきた。

「教師が生徒に会いに来るのは変かしら?」

 相変わらずな人だな。

 カイルは微笑して首を横に振った。

「いえ。彼もきっと喜んでくれていると思います」

 彼女がフフと笑う。

「あなたがそんなことを言うなんてね」

「え?」

 カイルはきょとんとする。

「あの事故以来、あなたは随分と変わったわ」

「そんな風に見えますか?」

 彼女はカイルの隣に立つと、風で少し乱れた髪を耳にかけて答えた。

「えぇ。あなたのことを、ずっと人形だと思っていた」

「人形?」

「誰にも心を開かず、話さず、何の感情も示さず、喜怒哀楽が欠落した人間の形をした可哀想な人形。

 ──そう思っていた」

「そうですか……」

「もしかしたらカイルがあなたを変えてくれたのかもしれないわね。

 あの子は出会った頃からそんな力を秘めていた。不思議な子だったわ。強いんだか、弱いんだか。結局それは最期までよくわからなかったけど……」


 ぽつり、ぽつりと。

 雨が降り始める。


 彼女は昔を思い出してか、墓標を見つめて懐かしそうに微笑んだ。

「実は私もあの子に変えてもらったの。

 女だからと周囲に嘗められて、聖魔騎士に選ばれることなく教師として生きることとなった私を、失意の底から救ってくれたのがあの子だった。

 あの子と出会った時、あの子は私にこう言ったの。

 『僕の夢は世界一の聖魔騎士になること』だと。

 子供の言う事だから大それた夢を語るのは仕方ないと思ったけど、でも……。

 あの子の言葉を聞いた瞬間、私の忘れかけていたモノが蘇ってきたわ。私の前を塞いでいたものが全部ぱぁっと消えてなくなったの。

 もしかしたらこの子が未来を変えてくれるのかもしれないって。

 でもまさか、こんな形で彼を失うことになるなんて……」


 彼女の頬を涙がつたい、流れ落ちていく。すぐに頬の涙を拭って、彼女は言葉を続ける。


「ダメね。もう泣かないって……振り返ったりしないって、決めたばかり──」

 皆まで聞かず、カイルは黙って彼女の腕を掴んで引き寄せると、そのまま抱きしめた。

 呆然と声を漏らすステイル教師。

「……アレク君?」

「泣きたい時は思いきり泣けばいい。俺の恩師・・はそう言っていました」

 カイルはステイル教師のことをそう表現した。きっと名を言っても彼女には伝わらない。だからアレクとしてこの場を演じ、言葉を続けることにした。

「一つだけ、質問してもよろしいですか?」

 彼女はフッと微笑すると、静かに頷いた。

「えぇ。いいわよ」

「ステイル教師が思う聖魔騎士とは何ですか?」

 間を置いて、彼女は答える。

「私もカルロウ教師も『教師』よ。あなた達を間違った道へは導かないわ」

 カイルも微笑する。

「それを聞いて安心しました」

「ねぇ、アレク君」

「はい」

「少しの間、あなたの胸を借りてもいいかしら?」

 カイルは彼女の背を優しく二度叩いて、

「この雨の中なら誰も気付きませんよ。ステイル教師」

 その言葉に、彼女はカイルの胸に顔を埋めると激しく泣き出した。



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