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俺がアイツでいる理由。  作者: 高瀬 悠
第三章 あの頃にはもう戻れない
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三、あの頃にはもう戻れない【15】

■ お気に入り登録くださった二名の方、ありがとうございます。

  心からお礼申し上げます。


 ※



 ラドラフ国王との食事を終えたカイルはその日の夜を王宮内で過ごした。

 翌朝、そして昼、夕刻と執拗に望みを訊いてくるラドラフ国王に耐えられなくなり、カイルは『考えを整理する時間が欲しいので学校に戻りたい』と頼んだ。

 馬車が用意され、カイルは逃げるようにその馬車に飛び乗り、学校へ向けて走らせた。




 ──そして、その夜。

 学校へと戻ってきたカイルは寮にあるアレクの部屋に入ると、寝室のベッドへ向かった。

 寝室に入り、すぐにベッドでごろりと仰向けに寝転んで、ため息とともに手足を投げ出す。


 しばらくじっと、天井を見つめて放心する。

 物静かな部屋の中で自分の呼吸をする音だけが聞こえた。


 思い出すように右手を動かし、持っていた物を天井へと向けてかざす。

 右の二つ指で摘んだその物は照明灯の明かりを受けて、とてもキラキラと美しく虹色に輝いていた。

 赤子の拳ほどはある無色に透き通った宝石──スーヤの宝石。

 その宝石に対して何の感情も抱かず、ただ無心に眺め続ける。

 カイルは宝石に語りかけるようにして呟いた。

「……俺、聖魔騎士として呼ばれたんだよな? シン聖魔騎士の息子としてではなく」

 今ごろになって、なんとなくアレクの気持ちがわかった気がした。

 事故に遭う前に彼と交わした会話。

 あの時の彼は、きっと今の自分と同じ心境だったに違いない。

「君は聖魔騎士のことを何もわかっていない、か」

 宝石をぐっと握り締め、その拳となった右手の甲でカイルは目を覆った。

「ほんと何もわかってなかったんだな、俺……」

 一筋の涙がつたい、流れ落ちる。

「どうすればいいんだよ。これから……」

 何一つ対処できないまま次から次に溢れてくる問題。

 そのたびに無知な自分を思い知らされ、恐怖を感じてくる。

 他人の体でいることの不安と孤独。そして──

「助けてくれ……アレク……」

 先見えぬ未来、迫られるシン聖魔騎士の息子としての選択。

 解決の糸口を掴もうとして、一人で必死にもがき苦しんでいた。






 ──夢を見た。



 それはとても不思議な夢だった。


 自分は乗合馬車に乗っていて、どこかへ向かう途中だった。

「トンブル樹海」

 あーそれそれ。その森。

 そこへ行こうとしていたんだ。

 窓の外は真っ白い光に包まれていたが、不思議と目的地を納得することができた。


 向かいの席に目を向ければ、そこにはアレクが座っていた。

 アレクは表情を曇らせた顔でこちらをじっと見つめている。


 なんだよ。

「本当にここで諦めるのか?」


 その問いかけに、首を横に振る。


 聖魔騎士になることを諦めたわけじゃない。

 ただ、色々と不安になるんだ。

 本当にこれでいいのか、て……。

 俺はシン聖魔騎士みたいに魔剣を扱えるわけじゃないし、王様が望んでいるような人材でもない。


「君が思う聖魔騎士って、何?」


 小さくため息をついて答える。


 聖魔騎士なんて店屋に並んだ商品と同じだ。結局は王様に買われるか買われないか。ただそれだけのことだ。


 すると急に、アレクが寂しそうな表情を見せた。


「君も僕と同じになってしまったね」

 ──え?


「聖魔騎士を必死に目指している人達。彼等はみんな馬鹿だということになるんだね?」  

 ち、違う! 俺はそんなつもりで言ったんじゃない!

「でもそういうことになる。君は僕にそう言ったよね?」


 …………。

 あぁ、そうか。



 失いかけていた想い。候補生に選ばれなかったあの頃の気持ちをようやく思い出す。

 全ては聖魔騎士になる為。

 絶無に等しい状況から手に入れたモノ。

 自分は念願の聖魔騎士になることができるのだ、と。

 なんだか背中を押してもらった気分になり、照れくさく頭を掻いた。


 俺、シン聖魔騎士みたいな立派な聖魔騎士になれるかな?


 アレクの表情が穏やかになる。にこりと笑って、

「君ならなれるよ。きっと。

 何も気にしなくていい。考えなくてもいいんだ。君は君の思う通りに生きていけばいい。それが君を導く答えになる」



 ※



 ──フッ、と。

 目が覚めた時、揺れるカーテンの隙間から差し込んでくる朝の光が自分の顔を白く照らしていた。

 心地よい風がそよそよと入ってくる。

 窓辺には数羽の小鳥がさえずっていて、朝であることを伝えているかのようだった。

 ベッドで仰向けのまま寝転んでいる自分。

 どうやらあれから覚えなく眠ってしまっていたらしい。

 額に当てていた右手の拳には、現実を知らせるかのごとくスーヤの宝石が握り締められていた。

(あれ? 俺……)

 まださまよう夢心地の中で、カイルはゆっくりと上半身を起こす。

 目覚めたばかりの眼を右手の甲で擦りながら、ふらふらと辺りを探す。

「アレク……?」

 ひとときの間、カイルは居るはずもないアレクの姿を探し続けた。



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