三、あの頃にはもう戻れない【13】
よほどお気に入りなのか、ラドラフ国王は待ちきれないとばかりにスープを飲み始めた。
その様子をしばらく見つめていたカイルだったが、やがてそっと自分のスープへと視線を落とす。
右へ左へ、そしてまた右へ。
カイルはスープ皿のサイドに並べられている器具に目をさまよわせた。
いつまでも手を動かさないカイルを心配したのか、ラドラフ国王の食事が止まる。
「どうしたんじゃ?」
「い、いえ別に……」
動揺して声が震えた。視線は相変わらずスープ皿のサイドを右へ左へ流れている。
早く何かを掴んで食べなければ。
気持ちだけが焦っていた。
するとラドラフ国王がまたテンションを落としてくる。
「そうか。テンテル魚介のスープは嫌いじゃったか」
──って、そんなこと一言も言ってないぞ俺は!
カイルは今にも泣きそうになった。
(もうこの際、なるようになれだ。この距離ならきっと見えないはず。適当に使ってしまおう)
一番でかいスプーンを手に取り、スープ皿に突っ込むと急いで口に運ぶ。
うっ! 美味い、美味すぎる!
夢中になってスープを飲みまくった。
そんなカイルの姿を見てラドラフ国王はご満悦の表情を浮かべた。そのまま食事の手を止め、テーブルに肘をつき、両手を少し組み合わせると陽気に話しかけてくる。
「さて。お前さんの緊張も解けてきたところで、正直に話してほしい」
ラドラフ国王の目つきが変わった。
「──現段階でワシ以外に、お前さんに声を掛けてくる国王はどのくらいいる?」
ぶほっ!
カイルは思わず噴き出した。
ラドラフ国王が何かを直感したようでニヤリと笑ってくる。
「……そうか。どうやらワシが先手じゃったか」
否定も言い訳もできず、カイルは胸を叩いて激しく咳き込んだ。
「ところでお前さん。なにやら学費に困っておるそうじゃな」
カイルは目を丸くして驚いた。
「な、なんでそれを!」
ラドラフ国王は気楽に手を振って、
「なぁに。そんな驚くほどのことでもない。学校からお前さんの資料をちょいと取り寄せて調べてみただけじゃ」
あぁなるほど、そういうことか。
カイルは納得した。
「お前さん、最近事故に遭ったそうじゃな?」
「あ、はい。なんとか生きています」
中身は変わっていますけど。と、胸中で付け加える。
ふむ。ラドラフ国王は納得して話を進めた。
「それにしてもなぜ、お前さんは闘技場で見せたあの実力を持っていながらも、ずっと不出来な候補生を演じていたのじゃ?」
「うっ! そ、それは……」
「上階クラスにいれば、ワシがすぐにでも声を掛けてやったというのに」
「えっと……」
カイルは返答に困った。なぜと問われてもアレクでないとそれは分からない。
言い訳を言い喘いでいると、ラドラフ国王はクツクツと笑った。
「まぁ良い。こうしてお前さんと出会えたのは何かの縁じゃ」
急にラドラフ国王の表情から笑みが消え、真顔となる。
「お前さん。今すぐワシの──ラドラフ国の聖魔騎士にならぬか?」
「……え?」
カイルは呆然と問い返した。
(どういうことだ? まだ聖魔騎士と決まったわけじゃないというのか?)
「お前さんのことは色々こちらで手間をかけて詳しく調べさせてもらったよ」
ラドラフ国王はそこで少し息を吸い込むと、吐き出すように言葉を続けた。
「──ご両親のこととかをな」
カイルはごくりと唾を飲み込んだ。次に来る言葉が外れたものであって欲しいと強く願いながら、汗ばむ手をぐっと握り締める。
「お前さんは、あのシン聖魔騎士の一人息子だそうじゃないか」
「…………」
カイルはラドラフ国王の目から逃げるようにテーブルへと顔を俯けた。