三、あの頃にはもう戻れない【11】
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※
馬車に揺られてどのくらい乗っていただろう。
腹に受けた一撃にしばらく横になって休んでいたら、あまりの座席の気持ち良さについウトウトと眠ってしまっていた。
ハッと目を覚まし、カイルは身を起こす。
窓の外へと目をやれば、暗闇に包まれた閑静な街並みが見えていた。
もう夜も遅い時間なのだろう。大通りを行き交う人々の数はまばらで、ぽつりぽつりと道沿いに明かりが灯っていた。
明かりに照らされ、昼間の街の面影が仄かに浮かび上がっている。
「あ……。もしかしてここ、首都か?」
この場所は一度だけ来たことがある。あれはまだ入学する前の頃だったか、ステイル教師に連れられて入学に必要な道具を買い揃えてもらった街だ。あの時初めて見たこの街はとても珍しく、田舎から来た自分にはすごく新鮮で華やかな世界だった。興奮して街のあちこちの色んなモノを目印として記憶したのを覚えている。
(ここに来たということはそろそろ王宮が近いということか)
カイルは窓から視線を外すと、重く項垂れてため息をついた。
(まずは王様に会って事情を話そう。魔剣がまだ上手く扱えないことを説明すれば、もしかしたら考え直してくれるかもしれない)
アレクには面子を潰すようで悪いと思ったが、今はこうするしか他に手はない。
一定のリズムを刻む蹄鉄と車輪の音。
カイルを乗せた馬車は、しだいに街の中心部にある王宮へと近づいていく。
そして馬車は小橋を渡り、重く大きな鉄扉の門をくぐり抜けた。
窓から見える広大な庭園の風景。その奥の敷地にはライトアップされたいくつかの建造物がちらほらと見えている。
夜の庭園を彩る繊細の形をした名も知らぬ白い花が、王宮への道を真っ直ぐ導いているかのように咲き乱れていた。
(平和そうな国だな)
カイルは窓辺に頬杖をついて呆然と眺めながらそう思った。
王宮といえばもっとこう、頑丈な軍事施設でガチガチに固められている要塞城のイメージだったが、そんな血みどろとは無縁な風景だ。
(ここの聖魔騎士になるのも意外と悪くないかもしれない)
常日頃に内乱がおきたり敵国の聖魔騎士が襲撃に来ていたら、こんな庭園は絶対に造れないはずだ。
(とりあえず話だけでも聞いてみて……それからだな)
馬車はようやく王宮へと到着し、馬車の扉が開かれる。
スッと目に飛び込んできた風景にカイルは頬をひくひくと引きつらせた。
王宮の入り口まで真っ直ぐに伸びたレッド・カーペット。
こんな待遇を受けて、自分はいったい何様だ?
(歓迎にも程があるだろ。何考えてんだ、ここの王様)
扉の両脇に立っていた二人の御者が、深々とカイルに向けて辞儀をする。
「ご到着でございます、アレク様」
「普通に言ってくれるとありがたいんだが……」
呟いてみたが、軽く無視された。
仕方なくカイルは重い腰を上げ、馬車から降りていく。
「ん?」
ふと、王宮からレッド・カーペットの上を堂々と歩いてこちらに近づいてくる一人の男性。歳は中年といった感じか、鳶色の騎士正装に身を包んだこの国の聖魔騎士だった。
カイルは馬車から降りてその場に佇み、男がここまで来るのを待ち続ける。
男はカイルの前まで来ると、歩を止めた。
緊張感のある間を少し挟み、そしていきなり、感情を表に出さない顔で開口一番に謝ってくる。
「すまなかった」
「え?」
カイルは呆けた。
「愚息が君に迷惑をかけたそうだな。私の顔に免じて許してやってほしい」
「あの……失礼ですが、息子さんのお名前は?」
「ライだ」
──うげっ!
カイルは無遠慮に思いっきり顔を引きつらせた。
(そう言われてみればたしかに、どことなく顔が似ている……)
男は表情に変化を見せることなく、淡々と事務的口調で言ってくる。
「王がお待ちだ。私について来い」
それだけを告げ、踵を返す。
まぁなんとなくついて行かなければならない雰囲気に、カイルは男の後についていった。