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俺がアイツでいる理由。  作者: 高瀬 悠
第三章 あの頃にはもう戻れない
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三、あの頃にはもう戻れない【9】


 ※



 候補生寮にて──。

 ロザリオとともにアレクの部屋へと戻ってきたカイルは、居間のソファーでロザリオから借りた『魔剣の基礎』と題された一年生の教科書を顔前に広げ、気難しい表情を浮かべて唸っていた。

 片眉をぴくぴくと引きつらせながら教科書の文を読み上げていく。

「──である。すなわち、魔剣が消えるという現象がおきて初めて、魔剣はその者を主と認めたことになるのです」

 ぱたん、と。そこまで読んでカイルは静かに本を閉じた。シワを刻んだ眉間に人差し指を当て、ため息を落とす。

「まさかこの教科書を再度復習するとは思わなかった……」

 隣でロザリオが微笑する。れた紅茶をカイルの前にあるテーブルに置きながら、

「きっと、カイルがいたら同じことを言っていたでしょうね」

 カイルは顔を逸らしてわざとらしく咳払いすると、早々に話題を変えた。

「あー、その……悪かったな。ティーカップとか紅茶とか、お前の部屋から全部持ってきてもらって」

「いいですよ。どうせ部屋も一つ挟んだすぐ隣ですし」

「俺んとこは、その……色々あって、何にもなくて」

「気にしないでください」

「…………」

 カイルは気まずくティーカップを手に取り、紅茶を口に運んだ。

 ところで、と。ロザリオが話題を変えてくる。

「話を戻したいのですが。アレクさんのような候補生の方でも、魔剣の基礎がわからなくなることがあるんですか?」


 ぐほっ!

 痛いところを突かれて、カイルは思わず紅茶を気管に詰まらせ咳き込んだ。


「だ、大丈夫ですか!」

 ロザリオが心配してくる。

 そんなロザリオをカイルは「大丈夫」と手で制した。

「ごめんなさい。僕、候補生になったばかりで何もわからなくて──」

 咳き込みながらカイルは答える。

「いやもう、色んな意味で大丈夫だから、ほんと、気にしなくて、いいから」

「……本当にすみません」

 ロザリオがしゅんと小さくなって項垂れる。

 ようやく咳きも治まって、カイルはロザリオを励まそうといつものように手を振り上げた。

「…………」

 だが。気持ちを飲み込み、カイルは力なく手を下ろした。顔を逸らして言い訳を口にする。

「その、つまりさっきのは──なんというか、その、あれだ。お、思い出し笑いだ」

 苦し紛れの嘘だった。

 ロザリオがきょとんとした顔を上げてカイルに訊ねる。

「思い出し笑い?」

「あぁ、そうだ。だから気にするな」

「僕の質問に笑う部分がありましたか?」

「えーっと……」

 苦し紛れの嘘がさらに苦しくなっていく。

「えーっと、あれだ。そのー……きょ、教科書だ。この教科書を勉強していた時に面白いことがあったなぁと」

「アレクさんって、こういう本をいつ頃から勉強されていたんですか?」

「うっ!」

 だんだんと追い詰められていく苦し紛れの嘘。

 カイルは目を泳がせるように虚空を見上げて考え込んだ。

 しばらくして、恐る恐る三本立てた指をロザリオに向けて見せる。ぎこちない口調で弱々しく、

「さ、三歳の頃だったかな……?」

 適当にでっちあげる。

 するとロザリオの目がキラキラと輝いていった。

 カイルの頬が引きつる。

 ロザリオは興奮するように身を乗り出し、

「すごい! 三歳で! 三歳ですでにこの難しい本を読んでいたんですね!」

「ぐっ──!」

 嘘が肥大する。

 ロザリオは拝むように両手を組み合わせ、尊敬の眼差しで食いついてきた。

「素晴らしいですアレクさん! やはりあなたは、この国の聖魔騎士に選ばれて当然の人だ!」

「……は?」

 カイルは一瞬、時を止めた。

 怪訝に顔をしかめて問い返す。

「この国にだと?」

「はい」

「エバリング国じゃないのか?」

「え?」

 目を瞬かせるロザリオ。首を傾げて問い返してくる。

「エバリング国、ですか?」

 対応に慌てるカイル。しどろもどろと手を振る。

「あ、いや、なんでもない。気にするな。──それよりロザリオ。お前、それを誰から聞いた?」

「みんな知っていますよ。闘技場で戦った勇姿がラドラフ国王に認められて聖魔騎士に選ばれたと」

「ちょっと待て。なんでラドラフ国だと断言できるんだ? なんでみんな知っている? いくらなんでも早すぎるだろ、その広まり方」

「掲示板ですよ」

「え?」

「ラドラフ国王がアレクさんを聖魔騎士と認めたことを知らせる通知が貼り出されていたんです」

「嘘だろ、オイ……」

 カイルはようやく自分のしでかした事の重大さに気付いた。

(どうしよう……)

 蒼白した顔を両手で覆う。

 これは大変なことになってしまった。

 取り返しのつかなくなった事態に、カイルは頭を悩ませ呻いた。



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