三、あの頃にはもう戻れない【6】
◆
安全を確認したカイルは、そっと腕を下ろす。
(……ん?)
何かが変わっていた。
いつの間にかリーダー格の男が一人になってしまっている。
(まさか!)
ハッとして、カイルは激しく周囲を見回した。
誰もいない。
──いや、そんなはずはない。
「どこだ! どこに隠れやがった!」
ファイティング・ポーズを崩さず、カイルは鋭く警戒の声を飛ばす。
「攻撃するならさっさとしろ!」
「おいっ!」
叫んできたリーダー格の男にカイルは目を向ける。そして叫んだ。
「やるならさっさとやれ!」
「そりゃこっちのセリフだ!」
なぜか意味不明なことを叫び返してくるリーダー格の男。
…………。
カイルは現状を理解できず、頭上に疑問符を浮かべて首を傾げた。訊ねる。
「いったい何があった? なぜお前一人になっている? 他の奴らはどうした?」
「うがぁーっ!」
リーダー格の男は突然ゴリラ並みの癇癪をおこして、手持ちの二本の魔剣を激しく地面に叩き付けた。
びくりと身を震わせてカイル。怯えるように一歩身を引き、
「ど、どうした? いきなり」
リーダー格の男はカイルを指差してわめいてくる。
「『どうした』じゃねぇ! てめぇの前に魔剣があるのがわからねぇのか!」
言われてようやく、カイルは自分の前の地に突き刺さっている魔剣の存在に気付いた。
あれ? これ、どこかで見覚えのある──
(アレクの魔剣じゃねぇか。なんでこんなところに?)
呼び声に応えたからここまで飛んできたというのか? 木箱に入っていたはずの物が。
カイルは小さく自嘲した。
(ははは。そんな馬鹿な)
魔剣が生きているなんてあり得ない。
カイルは現実逃避するかのように首を横に振った。
リーダー格の男が自分の魔剣を拾い上げて苛立たしげに叫んでくる。
「さっさと魔剣を構えやがれ!」
何はともあれ、いったい何がどうなって出てきたのかはわからないが、魔剣が出てきてくれたのならこっちのものだ。
カイルは地に刺さった魔剣の元へと近寄り、その柄に手をかけた。
(悪いな、アレク。状況が状況なんだ。ちょっと借りるぜ)
使いこなせる自信はなかったが、無いよりマシだ。
それに今はアレクの体だ。このときばかりはなんだか上手く扱えそうな気がした。
カイルは柄を持つ手に力を込めると、突き刺さった魔剣を一気に引き抜く。
ぐっ…………。
なぜか魔剣が抜けない。
根でも張っているかのように頑固に突き刺さっている。
「なにやってんだ! 早くしろ!」
飛んでくる罵声にカイルは苛立って叫び返した。
「うるせぇ! 今やってんだから黙ってろ!」
カイルはもう一回、今度は力の限りに一気に引き抜く。
…………。
やはりビクともしない。
またもや飛んでくる罵声。
「いいかげんにしろ! 攻撃するのか、しないのか、そこんとこハッキリしろ!」
ビキッと。カイルのこめかみに浮かぶ青筋。射殺すような目でリーダー格の男を鋭く睨む。
リーダー格の男がその気迫に怖気づいて一歩身を引く。
カイルは大きく息を吸い込むと、怒涛のごとく叫んだ。
「地面に突き刺さった魔剣は、いったいどうすれば抜けるんだぁ!」
深海の底よりもさらに重苦しくなるような沈黙が辺りを包み込んだ。
やがてぷるぷると、リーダー格の男が怒りに拳を震わせる。
「いいかげんにしろよ、てめぇ。今すげービビリ損したじゃねぇか」
拳を払って叫んでくる。
「ンなもん普通に抜けばいいだろうが!」
カイルも負けじと叫び返す。
「普通に抜けねぇから訊いているんだろ!」
「だったら素直にやられちまえばいいじゃねぇか! 敵に情報求めてくるんじゃねぇ!」
「情報を求めているんじゃない、助けを求めているんだ!」
「敵に助けを求める奴がいるか! 馬鹿じゃねぇのか!」
「馬鹿はそっちだろ!」
「なんだと!」
「来いよ、コラ!」
カイルの挑発にリーダー格の男が再び二本の魔剣を構えた。
言った手前、カイルも後に退けなくなり、魔剣の柄を握り締める。
双方睨み合ったまま退くに退けない緊迫した沈黙が続いた。
その状態がどのくらい続いただろうか。
ふと、一定のリズムある拍手が二人の沈黙を破った。