二、俺の体を返してくれ【16】
腕を掴まれた生徒が不機嫌に問い返す。
「……あんた、誰?」
隣にいた生徒がその生徒を肘で小突いて知らせる。
「おい、ライ」
「なんだよ」
無言で目配せする。
「なんだよ」
伝わらなかったらしい。
仕方ないといった表情で、隣の生徒はライという生徒にひそひそと耳打ちする。
「この人がそのアレクって人だ」
「──!」
ライの態度が急変する。焦り怯えた表情で、掴まれた腕を振り解こうと抵抗してくる。
一人がライのもう片腕を引っ張って手伝い、一人はすでに逃走していた。
カイルは逃げようとするライの腕をさらに強く掴んで引き寄せた。
「なんで逃げんだよ!」
「は、離せよ! こんなのただの噂に決まってんだろ! 本気で信じるなよ、バーカ」
ライは悪態を吐きながらも必死で掴まれた腕を振り解こうと焦っている。
「あのなぁ……!」
カイルは口端を引きつらせると唸るように言った。
「そんなデマを広める時間があるんだったら──」
片足を後方へと引き、掴んだ腕を解放してやると、そのまま一気に勢いをつけてライの尻を蹴り上げた。
蹴られた衝撃で、ライは地面に前のめりに突っ伏す。
その背に向け、カイルは止めていた言葉を悪態つけて返した。
「戦闘実技の一つでもマスターしろってんだ。こんな技も回避できねぇのかよ、バーカ」
「だ、大丈夫かよライ!」
手伝っていた生徒が心配そうにライに駆け寄る。
ライは手を貸すその生徒の手を振り払い、自力で起き上がった。カイルを悔しげに睨んで、
「てめぇ、あとで覚えていろよ。絶対に後悔させてやる」
悪人の下っ端が吐くような捨てセリフを残して、ライは生徒の手を借りて保健室へと向かっていった。
──しばらくその後ろ姿を見送っていたカイルだったが。
やがて片手で顔を覆って項垂れた。情けなく呟きを落とす。
「下級生相手に何やってんだ、俺は……」
八つ当たりもいいとこじゃねぇか。
深くため息をつく。
すると、
「まるでカイルみたいですね」
聞き覚えのある声の闖入に、カイルは驚いて周囲を見回した。
その声主はカイルの背後に佇んでいた。
候補生の制服に身を包んだ、癖のある短い朱髪の馴染みある彼。
「ロザリオ!」
カイルは喜々としてその名を呼んだ。つい、いつもの癖で彼の肩を叩き、
「なにしてんだよ、こんなところで」
ロザリオはにこりと微笑んだ。
「アレクさん、でしたよね?」
言われてカイルは自分の姿に気付かされる。笑みもぎこちなくなり、
「あ、あぁ……。合っているよ。俺はアレクだ」
「アレクさんこそ、どうしてここに居るんです?」
「え?」
問われて返答に困るカイル。目を泳がせて気まずく頬を掻く。
「えっと……まぁ、なんとなくってやつだ」
ロザリオが後ろを向いて校舎の角へと目を向ける。
「アレクさん、さっきあの角の向こうにある壁際に背もたれていましたよね?」
いつから俺を見ていたんだ? コイツ。
カイルは頬を引きつらせた。
「なんで声をかけなかった?」
「声を掛けようとは思っていました。でも掛けられなかったんです。
あそこはカイルが一番好きだった場所だから、彼のことを思い出してしまって……」
カイルは顔を伏せ、沈んだ声音で答えを返す。
「そうか……」
ロザリオはカイルへと視線を戻した。
「アレクさん。一つ、お聞きしてもいいですか?」
「あぁ」
「カイルって生徒のこと、覚えていますか?」
──俺だよ、ロザリオ。
そう言ったところで信じてはもらえないだろう。
張り裂けそうになる気持ちを押し殺し、カイルは他人事のように答える。
「あぁ。覚えている」
「事故で一緒だったそうですね」
「まぁな」
「その事故でカイルが死んでいたこと、ご存知でしたか?」
「ただの噂だろ、そんなの」
「嘘ではありません。それにさきほど彼らがしていたあの話、元は僕たち──カイルの親しい五人の仲間が流した噂なんです」
カイルは顔を上げると、怪訝に顔をしかめて首を傾げた。
「いったい何の為に?」
「もちろん、あの事故の真実を知るためです」




