二、俺の体を返してくれ【14】
「──それが理由になると思っているのか、アレク!」
バン、と。カルロウ教師が激しく机を叩く音が教員室に響き渡る。
「反省文も未提出、外出時間は前代未聞の十四時間オーバー、そして謝罪の一言も無いその態度!
生真面目だったお前があの事故以来、まるで別人のようだな! これもあの隣校舎のカイルとかいう生徒の影響か?」
カイルは俺です。と言ってやりたい気持ちをグッと我慢する。
あれから定期便の最終運行時間に間に合わなかったせいで学校に帰ることができず、その夜は適当に知らない民家をあたって一晩泊めてもらい、翌朝になって定期便馬車で学校に帰ってきて現在に至るわけだが……。待っていたのはやはり、教員室でのカルロウ教師の説教だった。
説教を受けて、軽く二時間は経過したと思う。
ようやく──と言ってはあれだが、カルロウ教師が疲れたように肩を落としてフッと息を吐いた。
「まぁいい。あの堕落生徒と比べれば、お前はとても真面目で優秀な生徒だ」
なんかすげームカツク。
カイルは影でそっと拳を握り締めた。
「ところで──」
と、カルロウ教師は急に話を変え、バツ悪そうな表情で手短にあった書類へと手を伸ばした。
「非常に言いにくいことなんだが……」
「なんですか? 反省文の追加ですか?」
「あー、いやその……だな。実はお前の学費の件で少し問題があって……奨学先から打ち切りの話が出たんだ。冷たいようだが他の奨学先を探すか、あるいは退学という処分に──」
カイルの脳裏に昨夜拉致してきた銀髪の男のことが浮かんだ。影で舌打ちしてぼそりと呟く。
「しまった。そういう手段でくるか」
「ん? 何か言ったか?」
「いえ。なんでもありません、カルロウ教師」
在学生が突然居なくなったら不審だが、退学者が居なくなるのは自然のことだ。
退学さえしなければ拉致られないと思っていたのだが、どうやら考えが甘かったようである。
この学校から出されたが最後、金銭的な問題もあるし、何より頼る場所が無い。このままでは彼等が拉致しやすい環境に身を投じるだけだ。
武器、襲ってくる人数。あらゆる面において自分は不利だ。
せめて魔剣が上手く使えれば何とかなるんだが……。
相手は拳銃持ちで場慣れもしている。もし負けて意識を奪われ、エバリング国なんて果ても遠い大国の王宮に連れて行かれたらと考えると、背中がゾッとした。
(とんだ巻き添えを食らっちまったもんだ)
厄介なもんに巻き込んでくれやがって、アレクの野郎は。
この先の生涯を他人の体で過ごすなんて死んでもごめんだ。
「カルロウ教師」
「ん?」
「とりあえず、その退学の件は適当に保留しておいてください」
今は何とか時間を稼いでおいて、なるべく早めにアレクと連絡をとって体を入れ替えておかなければ、このままでは大変なことに巻き込まれてしまう。
「適当に保留だと?」
「はい」
「新たな奨学先でもあるというのか?」
「まぁ、そんなとこです」
「そうか。ならばこの書類を──」
と、カルロウ教師が机の引き出しを開けて何やら書類を探し始める。その隙に、
「じゃ、そういうことで」
カイルは慣れた仕草でさりげなく、教員室の出入り口ドアへとせかせか後退していく。
引き出しから顔を上げてカルロウ教師。
「ん? どこへ行く、アレク。話はまだ終わって──」
出入り口ドア前でカイルは申し訳ない表情をして両手を合わせた。
「ごめんな、カルロウ教師。急に用事思い出したんだ。続きはまた今度聞くから、その退学処分は適当に保留でよろしく!」
言い終わると同時に、カイルは教員室前から逃走した。
「あ、おいコラ! 待ちなさい、アレク!」